東西占星術師、聖女として召喚される

空岡

第1話

プロローグ


 秋葉沙良は占いを信じていない。

「金星が第七ハウスにあるので、結婚はできると思いますよ」

「先生、いつ頃になりますか?」

「えーと、四柱推命から見ると二年後が一番結婚運が向いてきますね。それとは別に、来年は転換期なので、生活が変化するかも知れません」

 占いは大きくわけて三つの種類にわけられる。

 偶然出たカードなどから運勢を読み解く卜術。これはタロットやルーン、ルノルマンなどが当てはまる。

 手相や人相などから占う相術は、占いの鉄板とも言える。これらは歩んだ人生により常に相が変化する。

 そして今、沙良が客の女性に使用しているのが、西洋占星術と四柱推命だ。これらは命術と呼ばれ、生まれた日にちと時間から、西洋占星術は天体の位置を、四柱推命は四柱の十干と十二支を割り出して、その組み合わせから運勢を占うものだ。人によってはこれらを統計学と呼ぶものもいるほどで、占いの中でも覚える用語や決まりが多く、また、ホロスコープや命式を出すために、昔は手計算が必要でかなり手間のかかる占いだった。

「先生、ありがとうございました」

「いえ。あくまで占いは占いなので、運命を切り開くのは自分自身なのを忘れずにいてください」

 沙良は客を送り出し、仕事場兼自宅のアパートに戻っていく。今日は全部で五人の占いをした。最近はクチコミでなんとか占い一本で食べて行けるようになった。

 沙良はボロボロの天文暦と万年暦を手に取り、ぱらぱらとめくった。

「結局、占いから離れられない」

 沙良は占いを信じていない。信じないからこそ、冷静に他人の運勢を見ることができる。

 スピリチュアルに寄った占い師なんかは、「私は星からのお告げを通訳してるだけ」とか、「タロットは天からのお告げを降ろす媒体」なんてことをのたまうが、沙良にとっての占いは、学問に近いと言った方がしっくりくる。

 沙良が初めに占いに興味を持ったのが高校生の時、同級生が「私は霊感でタロットを引くのよ」と、クラス中から注目を集めるのを見てからだ。

 好奇心旺盛だった沙良は、誰にも言わずに自分もタロットの勉強を始めた。しかし、沙良にはタロットを読む才能がなかった。いくら勉強してもカードを繋げてリーディングできない。心のどこかで「本当に当たるの?」と猜疑心があったからかもしれない。

 結局タロットの勉強は一年足らずで諦めて、なのに沙良は、どうしても占いを理解したかった。

 そんな時、ショッピングモールの一角に四柱推命の出張鑑定を見つけ、それを受けた。

 それが沙良の中でピタリとハマった。

「なんで分かるんですか?」

「先人の叡智が詰まっているからよ。先人が色々な人間を占って、その結果を集約したのが四柱推命」

 そこらのスピリチュアルとは違って、その占い師はふわりとしたことは一切言わなかった。運命は変えられないとか、宿命が決まってるとか、こうしないと不幸になるとか、自分は四柱推命を降ろしているとか。

「弟子にしてください!」

 出店最後の日に、沙良はその鑑定士に弟子入りを志願した。あまりの沙良の迫力に、女性は沙良を弟子にとることを了承した。

「弟子にはします、でも、大学には行ってください。社会人も一度は経験してください。占い師は他人の人生に関わる仕事。生半可な覚悟はダメ。人生経験は多ければ多いほど、寄り添った鑑定ができる」

 沙良は師匠の言う通り、大学にも行ったし社会人も経験した。


 独立してもうすぐ三年が経つ。社会人経験と同じ年数だ。

 ピンポン。

 仕事を終えて風呂に入り、一息ついた時だった。

 沙良のアパートのチャイムが鳴った。今日はもう占いのお客さんは来ないはずだ。集金だろうか。

 無防備な部屋着で、ドアアイから外を確認することなく、沙良はドアをガチャりと開けた。

「この! 詐欺師め!」

 ドア前にいた女が、沙良を見るなりひゅっとなにかを振りかざした。なにか、ではない。刃物だ。サバイバルナイフ。

 沙良の体が硬直する。ぽた、と左手から血が滴った。

 頭が回らない。逃げなければ。でも、どこに?

 女がドアをガッと開けて、部屋の中に入ってくる。沙良は女に背を向け、部屋の奥に逃げていく。

 リビングダイニングを走り抜けて仕事部屋に入って、ドアを思い切り閉める。鍵はない。

 ドアが開かないように体重をドアに向かって思い切り掛けて、なのに女の力は沙良よりも何枚もうわてだった。火事場の馬鹿力だろう。

 あえなく沙良の隠れた仕事部屋のドアは破られ、沙良は部屋の隅に追い込まれた。

「アンタのせいで! 私は、私は……!」

「ま、待って、」

 女のことはよく覚えている。事ある毎に沙良の占いを受けに来た、いわゆる占いジプシー。沙良の使う命術は、基本的に一度見たらある程度時間を置かないと状況は変わらない。

 女が最後に沙良の元に来たのは、女の恋人との結婚運を見に来た一年前のことだった。

 あまりの相性の悪さに、どう伝えたらいいのか悩んだ。

 四柱推命は政治や軍用に用いられた歴史があるため、運勢の吉凶がかなり断定的にキツく出やすい。

 そういう時は、補助的にホロスコープを見るのだが、こちらもあまり結果が芳しくない。

 沙良の占いの信条は、「いたずらに恐れを抱かせない」。だが、この日沙良は、女に忖度なく、どちらの結果もあまりよくない、とだけ告げた。

「アンタのせいで、離婚した。アンタがあんな占い結果を旦那に聞かせたから、私たちは離婚したんだ!」

 言いがかりにもほどがある。が、これは占い師をしているからには、避けられない言いがかりだ。今までだって、同じような言葉を向けられたことはある。しかし、刃物を向けられたことはないが。

「インチキ。詐欺師、よくも!」

 女がサバイバルナイフを持って沙良に走りよる。咄嗟に仕事机にあった万年暦と天文暦を手に取りガードするも、ぼたぼた、と沙良の体から血が落ちる。

 ずる、と沙良がその場に崩れ落ちる。血とともに、意識が薄れる。

 こんな死に方をするのなら、はなから占い師になんてなるんじゃなかった。もしも生まれ変われるのなら、次は占い師なんかじゃなく、普通の人生を歩みたい。

 沙良の意識が途絶えた。



「聖女さま!」

 眩しい光に包まれて、沙良は見慣れぬ屋敷のなかでハッと意識を覚醒した。

 両手には万年暦と天文暦。

 自分は死んだのでは?

 沙良が辺りを見渡す。

 大理石で造られた広い屋敷に、男たちはまるで、そう、まるで漫画でよく見る賢者とか、貴族とか魔法使いとか。

 沙良が知る限り、それは中世のヨーロッパのような世界だと思った。

「聖女さまがいらしたぞ!」

 魔法使いらしき男が、沙良を見て歓喜の声をあげた。

「え、待って。聖女?」

 沙良が立ち上がる。長い髪がサラリと肩から落ちた。金髪だ。

「え。私の髪?」

 ぺたぺたと自分の体を触る。背が低い。胸もない。

 沙良は屋敷の壁際に立てかけてある、姿見鏡まで走った。

 なにがどうして、自分はなにか、悪い夢でも見ているのだろうか。いや、夢がこんなにリアルなわけがない。

 姿見鏡の前で絶句する。

 金色の髪、綺麗な青の瞳。歳は十五、六くらいだろうか。おまけに、美少女だ。沙良の本来の容姿なんて、平凡を絵に書いたようなものだったのに。

「聖女さま、いかがされましたか?」

「え、と。私が、聖女?」

「さよう。国一番の魔法使いの私が召喚したのだから、間違いありません」

 そうは言われても、沙良は自分自身に魔力だとか、魔法の力なんて一切感じとれない。

「早速ですが、聖女さま。一刻を争います」

「待って待って。人違いです。私は魔法なんか」

「聖女さま? この国の存亡は聖女さまにかかっているのです。もうすぐ、先代の聖女さまが施された加護の魔法が消えてしまいます」

「でも、私には加護の魔法なんて」

「先代さまの加護魔法が消える前に、聖女さまの加護魔法を上書きせねば、この国はに魔物よって滅ぼされます」

 それは気の毒だと思うが、いかんせん沙良には、自分に魔法が使えるとは思えない。なにかの間違いだ。

「人違いです」

「人違い? ならば、ソナタは何者だ? よもや、聖女でないのなら、捕らえよ、皆の者!」

 ばばば、と沙良が兵に取り囲まれる。ああ、今日は本当に厄日だ。沙良の空亡は来年だというのに。こんな時まで占いのことを考えるなんて、沙良は自分が根っからの占い師であることを自覚した。

「魔法が使えない聖女なんて有り得ぬ。ソナタ、その手にあるものはなんだ?」

「あ、これは……」

 いよいよ詰め寄られた時だった。周りの男たちが、屋敷に入ってきたひとりの男にかしずいた。

「お――」

「言うな。で、コイツが聖女か?」

 横柄な態度に、沙良はムッと口を結んだ。

「この者は、どうやら聖女ではないようです」

「ほう。ソナタ、聖女じゃないそうだな。このままでは、ソナタは捕らえられ秘密裏に処刑されるだろう」

「そんな……! 私がなにをしたと」

 沙良の目に涙が溜まった。見知らぬ場所に勝手に召喚されて、聖女じゃないから処刑だなんて。自分がなにをしたというのか。

 横柄な男が、沙良を指さす。

「が、俺の権限で、ソナタが俺の役に立つと証明出来れば、命だけは助けてやる」

「そんな……私……」

 沙良に出来ることなんて限られている。日本の文化を披露するとか、あるいは。

「では、私がアナタさまを占います」

 生き延びるための一か八かの賭けだった。迷う暇さえ与えられない。沙良は腹をくくった。

「ほう、占いと。また低俗なものを」

 この世界が異世界だとして、西洋占星術と四柱推命は通用するのだろうか。

「ひとつ、確認です。この世界に天体は存在しますか?」

「ああ? 太陽、水星や金星のことか?」

「……なるほど、分かりました」

 この世界にも沙良の世界と同じ天体があるのなら、沙良の使う占いも、きっと通じるはずだ。

「では、貴方さまの生まれ日と時刻を教えてください」

 天文暦と万年暦を持ってこられたのは沙良の強みだ。しかも沙良がコレクションしていた、かなり古い中世の暦だ。

「1432年11月18日、0時35分」

「本初子午線――この国の時間はどこを基本にしてますか? あと、地図はありますか?」

 沙良と男を取り巻くうちのひとりが、地図を沙良に渡した。どうやら地形も、沙良の知る世界と似たようなものらしい。

「ここは地図でいうとどの辺ですか?」

「ここだ。この国の時刻はこの都が基本だ」

 イタリアのような地形。おそらくここは首都、ローマと思えばいいだろう。緯度12.56。東経42.9。時差はプラス二時間。

 沙良の目の色が変わる。

 本来ならホロスコープを描くのに分度器とコンパスが必要だが、今はそうは言っていられない。フリーハンドで円を書き、そこに星座と十の天体を書き込んでいく。円は十二等分に分けて、十二個のハウスにはそれぞれの意味がある。

 次に四柱推命。これは万年暦を使って四柱を割り出し、支合と干合を加味し、四柱の五行を割り出す。

「出ました。まずはホロスコープから。貴方はまず、グランドトラインといって、幸運の三角形を持っています。風のグランドトラインなので好奇心旺盛で物事を注意深く、客観的に観察できる人ですが、感情を人に話さないのが欠点です」

 太陽星座はさそり座、神秘的で受け入れたものへの思い入れが深い。月星座は双子座。気を許した仲間への愛情が深い。

 よくある星座占いは、生まれた日に太陽がどの星座にあったかで決まる。しかし、月星座は、時に太陽星座よりも重要な意味を示す。月はありのままの自分を表し、太陽は社会から見た自分を表す。ならば、月星座が本来の自分を表すと言っても過言ではない。

「月と太陽がコンジャクション(重なる)なので、穏やかで愛情深い反面、繊細で傷つきやすいです」

 男がふん、とうなった。

 続けて沙良は、

「火星と土星のトラインは、枠がある中で活躍しやすいことを表し、火星と月のトラインは、気持ちの盛り上がりやすさや熱中を表します。また、月と土星のトラインは、規則や習慣を表します」

 つらつらと説明する。これが本業なため、一切臆することはない。

「四柱推命では立運が三歳なので、そこから十年区切りで転換期が訪れます。十三歳、二十三歳、三十三歳……」

「……! 確か王子さまは三歳でお母上が……」

「黙れ」

「え、王子さま? え?」

「続きを申せ」

 もしかするとこの男は、沙良の命運を握っているのかもしれない。

 沙良は男の四柱を読む。

「月支元命が印綬なので、学問と名誉を表します。これはアナタさまの本質を表します。印綬はほかに、知的好奇心が旺盛で、慈愛に満ちた優しさも表します」

 男の顔が歪む。もっと男にプラスになることを話せばいいのだろうが、偽らないのが占い師の役目だ。

 そもそも、先に説明した西洋占星術と、この四柱推命の占い結果が少なからず同じ結果を示すことが、心底解せない。

「日柱が辛亥で、これを異常干支といいます。特別な組み合わせという意味ですが、この干支を持つ方は、見た目が美しく傷つきやすい繊細さを持ち、しかし理想の達成のためには自身が傷つくことをいといません」

 ハッとする。ホロスコープには苦労知らずと出ている。四柱推命でも辛亥が日柱に出ている。それがすべてを表しているようだった。

「貴方さまは、本当に王子さまなのですか?」

「……なり損ない、だがな。どれ、ではこの娘の処遇だが」

 ごくり、生唾を飲み込む。

「これは、今日より俺の許嫁とするため、俺がもらい受ける」

「え。ええっ!? なんで許嫁?」

「ソナタのその、占いとやら。私は三つで母を失い、十三で初陣を飾り、しかし瀕死の重症を負った。ソナタがいれば、私の身の回りの危険を回避出来る。違うか?」

 確かに、四柱推命の本来の使い方はそうだ。だからと言って。

「でも、だからって許嫁は」

「そうか? それくらいしなければ、ここにいるものたちは納得せんぞ?」

 したり顔で笑う男――改め、王子の言うことは最もだった。

 沙良の波乱の異世界生活が、幕を開けるのだった。

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