召喚士は護りたい……何を? ~これはスライムですか?いいえ、バハムートです~

じんじん

出会い

第1話 召喚士、助ける

 用事は済んだ。

 あとは家に帰るだけ。

 すぐに帰るようにって言われたし、すぐ帰ってこいって言われたし、帰らなければいけないんだけど。


「見ろアレク!人だらけだっ!」

「見てるよ。見てるからちょっと静かにしようね、バーン」


 頭上の相棒が叫ぶのを窘めるが、それを聞くようなヤツではない。


「これが静かにできるか!人の多さは、その街の繁栄を意味する。繁栄しているということは……美味いものが多いということだ!」


 なんでも食べ物につなげてしまうのは、バーンの悪い癖だ。

 いくら召喚獣とはいえ、食べすぎは体に毒だと思うのだけど。


「メシが!我を!呼んでいる!!」

「幻聴だよ」


 そんなことはお構い無しにバーンは美味そうなものを探してキョロキョロしている。


 まぁ、高揚する気持ちは分かる。


 ここまで人が多い場所は、バーンは初めてだったはずだ。

 そして、人が多い場所に美味しいものが集まるというのは決して間違いではない。

 ここはウチのような辺境より確実に人が多い。

 見たことがない食べ物もきっとあるはずだ。


 ただ……周りからの視線が痛い。


「ほら、バーンが騒ぐから見られちゃってるよ」


 周りからの視線を感じる。

 それは、いかにも田舎から出てきた旅装のお上りさんを見る目なのか。

 頭上に黒いスライムを乗せた変人を見る目なのか。


 たぶん、どっちもだ。


「あん?アレクも我も、何も悪いことしておらんだろうが。堂々としておれ」

「半分ぐらいは君のせいかなぁって思うんだけど?」

「なるほど、我が姿に魅せられているということか。ここの者たちは良い目をしておるな!」

「相変わらずその体、謎の自信と食欲でできてるよね」


 溜息をつきながら考える。

 すぐ帰らなければいけないのは事実だ。

 けど、このまま帰ったらこの相棒が拗ね始める。


『我からメシを取り上げるというのか!鬼!人でなし!アレクなんかもう知らん!』


 とか言ってしばらく口をきいてくれなくなる。

 そうなった後のご機嫌取りが一番面倒だ。


 それに僕自身も、ちょっとくらいならいいんじゃない?っていう気持ちが湧いてきてしまった。


「……適当に、ちょっとだけつまんだら、すぐ帰るからね」

「それでこそ我が主!我が友よ!さぁ、行け!まだ見ぬメシへ!」

「自分で動いてよ……」


 頭にいつもの重みを感じながら歩き出す。

 

 ここは学都ダナン。

 我らがフェーンライル王国の最高学府であり、研究と教育の中枢である学園『アカデミー』を中心に発展した都市だ。


 道には石畳が敷かれてよく整備されており、そこを行き交う人には活気がある。


 通りに面している店には服飾雑貨なんかもあるが、それよりも書店の多さが目立つ。学都というだけあって書物が豊富みたいだ。


 左手にある書店は魔獣に関する専門書を扱っているようだ。

 ある書物には〝魔獣と召喚獣の区別もつかない人のために!〟なんて謳い文句が書いてある。


 召喚士と契約しているのが召喚獣、契約していないのが魔獣だけど、召喚士でない者からすれば、確かに意識しないかもしれない。

 だいたいは、全部魔獣!で済むからね。


 右手に見えてきたのは歴史書の店か。

 建国時の書物があれば欲しいな。

 後で寄ってみよう。


 けど、まずはバーンに何か食べさせないと。

 ゆっくり見て回ることもできないから。


「アレク!そこ!そこ曲がれ!そっちからいい匂いがする!」

「はいはい」


 通りには食堂らしきところもあったが、それよりも興味を引く匂いがするらしい。

 バーンに言われた通りに進む。


 少し歩くと周りの雰囲気が変わった。

 先ほどまでと比べると薄暗い。

 裏路地に入ったようだ。


 そんな雰囲気に反して、路地の向こうから微かに美味しそうな匂いが漂ってきた。

 何があるんだろう?

 そう思った矢先。


「やめてください……!」


 女性の声だ。

 近いな。


「あー、アレク?我は腹が空いて──」

「行くよ、バーン」

「うぐうぅ……我のメシが遠のいていくぅ……」


 バーンの嫌そうな声がするが、構わずに声がした方に走る。

 

「そんなに嫌がることないでしょうがー」

 

 曲がり角に差し掛かると男の声が聞こえた。

 壁に隠れて様子を伺う。

 

 すると路地の奥で、女性がガラの悪い男二人に囲まれていた。

 男たちは笑顔で女性に話しかけている。

 その顔は取って付けたような笑顔の規範例だ。

 詐欺師から赤点もらえるだろう。


「重そうな物を抱えてるからさー。持ってあげるよって言ってるだけだろ?」

「そうそう、そんな怖がらないでいいってばー」

「か、構わないでくださいと言っています!」


 女性は気丈な態度で拒んでいるようだが、その顔には明らかな怯えの色が伺えた。


 青みがかった黒髪に、褐色の肌。

 確かあれは、南方の国に住むという民族の特徴だったはずだ。

 この国では珍しい。

 珍しいが、それ以上に気になるのが、彼女が抱えているもの。


「……あれは、卵?」

「デカいな。魔鳥やその類のものではないぞ」


 人の頭よりも一回り大きな卵。

 彼女はそれを、守るように抱え込んでいた。


 あの大きさは中々無い。

 それこそ、龍種の卵などと言われてやっと納得できるような。


 つまりは希少なもの。

 周りからすれば垂涎の的だ。


「それ、どう見ても魔獣の卵だろう。その大きさだし、抱えるのも大変そうだしさ」

「落として割ったら大変だから、俺たちが持ってあげようとしただけだよー」

「ですから、自分で持てますと言っています!そこをどいてください!」


 女性が拒んでいるのに、男たちはしつこく言い寄る。

 とても不自然な笑顔を貼り付けて。


 どう見ても卵を狙っている。

 持ち逃げするつもりだろう。


 決めつけは良くないが、仮にそうでなかったとしても、こんな裏路地で女性を囲んで詰め寄っている時点で怪しさしかない。

 流石に見過ごせない。


「嫌がってるんだから、退いてあげたら?」

「しつこい男は嫌われるらしいぞ?知らんのか?」

「……あァ?」


 姿を見せて、注意がこちらに向くように声をかけると、取って付けたような笑顔が消え失せた。

 邪魔されたイライラが滲み出ている。

 さっきとは違って、とても自然な顔だ。


「なんだお前?スライムなんか連れてよ」

「こちとら親切の最中だ。邪魔だ。消えな」


 心底面倒そうな眼差し。

 おそらく、手間が増えることを考えているんだろう。

 僕をという手間が。

 気が早いことだ。


「……と、言ってるけど?」


 女性に視線を向ける。

 すると彼女は小さく、けれど確かに、首を横に振った。


 その彼女の眼は、何かに縋るようにして僕を見ている。

 良かった。

 余計なことをしていたらどうしようかと、ちょっとだけ不安だった。


「どうやら彼女はそう思ってないらしい。というわけで、邪魔させてもらうね」


 そうして、彼らの背後に向けて指を差す。

 つられて彼らが振り向いた先には、赤い全身鎧フルプレートを着た騎士が立っていた。


「こいつ、いつの間に!?」

「召喚術!?こいつも召喚士か!」

「……」


 男たちが驚いている様子も意に介さず、騎士は剣に手をかける。


 騎士のただならぬ様子に男たちは身構え、女性は後ずさりしてくる。


「はっ!やろうってんなら、やってやろうじゃねぇか!」


 男の一人が前に出て、召喚陣を展開した。

 召喚に伴う光が、暗い路地を包む。


「こっち」

「え?」




「ブモオォォォ!!」

「これが俺の召喚獣ミノタウロスだ!お前の騎士なんてぶっ飛ばして……って、騎士はどこいった?」

「あっ!女と召喚士もいねぇ!あいつら、逃げやがった!」


 という声を後ろに聞きながら、僕は女性の手を引いて表通りに走っていた。

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