第二章 王都『ジャベリン』


 エートルは神父の下で修行をしていた。

 

「僕は無力だけど。補助と少しばかりの君の修練の手伝いなら出来ると思う」

 神父はそう言って、森から離れた場所にエートルを連れていった。


 そこは山岳地帯だった。

 この辺りは森よりも強力な魔物が出ると聞かされている。


「どんな魔物が出るんですか?」

 エートルは訊ねる。


「そうだね。具体的には、此処は一つ目の巨人サイクロプスと。それから巨大怪鳥ロック鳥の縄張りだよ。他にも強力な魔物が出るから気を付けてね」

 そう言いながら、神父は巻き物を幾つも準備しているみたいだった。

 巻き物は、様々な魔法が込められた使い切りのアイテムだ。

 大体、炎魔法や回復魔法が多い。

 ちなみに、巻き物に込められている魔法は、森などで魔物に遭遇した時に使用する為に、森林や山岳地帯の火事を防ぐ為に、魔法の炎が途中で消えるものを採用しているものが多い。回復魔法の巻き物の方も、重度の傷を治癒したり、時には毒を治療するものも多い。


「準備がいいんですね」

「こんな暮らしをしていると、こんなものを調達しないといけなくなるさ」


 二人は笑い合った。


 そして、その日は二人で山岳へと登った。


 途中、サイクロプスに遭遇した。

 全長五メートル以上はある。


 エートルの剣技が効かない。

 サイクロプスの攻撃一つ一つが重い。

 手に持った棍棒によって、岩壁を簡単に打ち壊していく。エートルは素早く、サイクロプスの足元を斬り付ける。サイクロプスは膝を付いて怯む。

 頭部を斬り飛ばそうと、エートルは跳躍した。

 だが、サイクロプスは手に持っていた棍棒を放り投げてきた。

 エートルは空中で避ける事も出来ず、そのまま棍棒を受け止めるしかなかった。エートルは刃を振るう、刃が光り輝いた。棍棒がはじけ飛び、そのままエートルの剣の切っ先がサイクロプスの一つ目を頭蓋ごと貫く。


「ふう…………。確かにこいつは、森の魔物達よりも強い」

 思わず冷や汗をかく。

 

「君の剣技はなんだい? 先ほど、剣が光ったように見えたが」

 神父が岩壁の物陰から現れる。


「いや。俺自身、自分の魔法が何かよく分かってなくて。自分の意思で発動出来る時が無くて、だから、名前も付けてないんです」

「なるほど、魔法学院で見て貰わないのかい?」

「これから…………。あと、その、神父様、さっき隠れていましたよね? 俺が戦っている時にっ!」

「仕方無いじゃないか。攻撃用の巻き物を用意しているとはいっても、僕は基本的には腕力も体力も君に遥かに劣る。せいぜい、遠くから援護する事しか出来ないよ」

「まあ…………。仕方ないですね……」

 エートルは少し不満そうに言った。


 がたがたと、地面が揺れる音が聞こえる。

 今度は、何体ものサイクロプスが現れたからだ。

 中には、十メートルを超える巨人もいる。


 エートルと神父は愕然としていた。


「じゃ、じゃあ、僕は後ろで援護するからっ!」

 そう言って、神父はまた物陰に隠れた。


「仕方無いなあ。俺が死んだら責任取ってくださいよ。幽霊になって化けて出ますからね」

 エートルは、神父に呆れながらも、刃の切っ先をサイクロプスの群れに向けた。




現在の処、諜報部隊のメンバーも現状が分からないのだと言う。

 騎士団の生き残りや魔導部隊は、キメラ狩りを行っていた。


ロゼッタは、森に閉ざされた村にある教会に立ち寄った。

 教会は王都の諜報部隊とは別途の諜報網になっていた。


 教会で聞ける事があるかもしれない。

 ちょうど、天体観測所とは、そう遠くない場所に教会はある。

 フリースも何か隠しているかもしれないが、ひとまず竜の女王を擁護する彼女は、今は信用出来ない。なので、ロゼッタ一人で手掛かりをつかむ必要があった。


「竜の魔王を信用するなんて馬鹿げている……」

 そもそも、フリースは本当に味方なのか?

 というか、前提からして、彼女は人なのか?

 フリースは、ロゼッタが幼い頃から、まるで変わらない容姿をしている。魔族には長寿の者や、年を取っても外見が変わらない者達も多いと聞く。

 ロゼッタは、フリースに対して疑いの念を持っていた。

 そもそも、騎士団の話いわく、フリースは明らかにベドラムと通じている。それを隠そうともしていない。フリースが潔白と思えない以上、充分に彼女を警戒するべきなのだ。

 

 騎士団長のヴァルドガルトいわく、隠密活動、情報収集を行う諜報員達と話し合った結果、キメラの出現のタイミングを考えて、王都かその周辺の村で創られていた可能性が高いのだという。

 ならば、キメラを飼育していたり、キメラを創り出していた施設が王都の敷地内の何処かにある筈なのだと。


 ロゼッタは教会へと入った。


 長い黒髪のシスターが出迎えてくれた。


「あら……。教会に何の用ですか……、えっと、貴方は…………」

「ごきげんよう。私の事は知っていると思う。神父と話がしたいの、いるかしら?」

 ロゼッタは息を切らしていた。


「貴方はロゼッタ王女!? 何故、王都のお姫様がこんな辺境な場所に?」

 まだ十代くらいのシスターは、かなり驚いている様子だった。


「私は、王女だけど。いずれ、王都と民の為に、魔導部隊にも入るつもりだから……、民の為に今、動いている。それに、この村にはよく来ている。天体観測所があるでしょう? そこの管理人とは、幼い頃からの仲だから」


 シスターは少し混乱しているみたいだった。


「そうだ。貴方の名前は?」

「私ですか?」

「そう」

「私は、私はイリシュと申します。少し前に、この教会に入り、修道女見習いになりました」

「そう。神父はいるかしら?」

「神父様は、礼拝堂にいらっしゃると思います。何かお話でも?」

「ええ。教会は、村の情報網でもあると聞いているわ。もちろん、商人ギルドなんかもそうだけど、色々な場所をあたってみる」

「何か大変な事があったんですか?」

「ええ。先日、王都がドラゴンに燃やされたのは、この村にも伝わっていると思う」

「はい」

 イリシュは頷いた。


「ドラゴンが焼いた跡地に、色々な動物を合成させた化け物が沢山現れた。その化け物には人間の死体も使われていると聞いたわ」

 ロゼッタは、一瞬、逡巡しながらも、その事実を伝える事に決めた。


「王都の諜報部隊の情報によれば、夜に、何名かの人が、この村の周辺でキメラの姿を見たという情報が入ったの。場所は、多分、森の奥だと思う。村の外の森の何処かで飼われていた可能性が高いわ」


「森の奥ですか……?」

 それを聞いて、イリシュは蒼ざめた顔になる。


「やっぱり、危険な怪物が村の周辺をうろついているってまずいわよね。村の人全員に戸締りを推奨するわ。キメラは、魔導部隊の人達いわく、人の身体の素材が使われている個体は、村の封印を破って入り込んでくると聞いているわ」


「いえ。そういう事ではなくて」

「どうしたの?」


「森の奥へは、よく私の大切な幼馴染の男の子が行っているんです。いずれ騎士団か魔法部隊に入りたいから、訓練の一つだと言ってっ!」

 それを聞いて、ロゼッタは蒼ざめた。


「その男の子は、今、何処に?」

「二日くらい前から、戻ってきていないらしくて……」

「助けに行きましょう」


 そう言って、ロゼッタはイリシュの腕を強く握り締める。


「私は魔法も使えるし。剣術の心構えもある。その少年を助けに行くわ」

「でしたら、私も連れていってくださいっ! 癒しの魔法が使えます。きっと役に立てますっ!」

「決まりね」

 ロゼッタは、少年が、眼の前の少女にとってかけがえのない大切な存在だという事がすぐに分かった。大切な人を想う人間を助けたい。ロゼッタはそれこそが自分の務めだと信じている。

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