第一章 森の村『グリーン・ノーム』 4
3
そして、エートルは夢から目覚める。
朝日が部屋の中に差し込んでくる。
肩の傷の手当てが丁寧にされており、エートルはベッドの中で寝かされていた。
確か昨日、小屋の中に入って、すぐに気絶してしまった事を覚えている。
不甲斐ないな、と思った。
包丁で野菜を切る音が聞こえた。
僧衣を脱いだ男が、長い髪を結び朝食を作っているみたいだった。
しばらくして、朝食のサラダとシチュー。鹿肉のソテーが運ばれてくる。
「口に合えばいいんだけどね」
神父は恥ずかしそうに言う。
エートルは夢中で朝食を口にする。
「神父様は料理も上手なんですね」
実際、お世辞抜きで美味かった。
「嬉しいね。一人暮らしをしていると、色々と覚えなければならない事が多くなる」
「そか。すみません、ところで神父様、俺に色々と教えていただけませんか?」
エートルは頭を下げた。
「僕から学ぶ事? そんなものは無いよ」
「こんな魔物が出る森の奥地で一人で暮らしている。きっと、貴方は優秀な魔法使いか何かでしょう? 俺は誰かに教えをこいて、強くなりたい……」
神父は少し考えてから、首を横に振った。
「僕が強いって? それは違うよ。でもそうだね。この部屋の棚には、魔物を撃退する為の危険な魔法が詰まった巻き物などがあるから、無暗に触らないようにね。そういった危険なもので、魔物から自分の身を守っているだけだよ」
神父は笑った。
「駄目ですか……」
エートルは露骨に残念そうな顔をする。
「処でなんでそんなに強くなりたいんだい?」
神父は首を傾げる。
「大好きな女の子の為です!」
エートルは包み隠さずに言った。
多少の恥じらいはあったけど、下手に強くなりたい理由をぼかすよりも、信頼の証として正直に思いを言った方がいいと考えたからだ。
「そうか。その子は大層、魅力的な子なんだろうね」
神父は、眼鏡をかけ直して神妙な顔付きになる。
「可愛い子なんだろう? 僕も一度会ってみたいな。スリーサイズも気になるしね」
神父は、少し邪な顔付きになる。
「おい、こらっ!」
エートルは、怒り出す。
「冗談だよ。それにしても、ふむ。君が強くなりたい理由は、そんな幼馴染の彼女に惚れている事なんだね」
神父姿の男は笑う。
「おかしい事ですかね?」
「おかしくないよ。人が生きて成長したい目的なんてそんなものだよ」
「彼女の為に、俺は王都に行って偉くならないと」
エートルは固く握り拳を作った。
騎士団でも、魔導兵団でもいい。
どちらかに所属して、強く偉くならなければならない。
でなければ、大切な人を守る資格など無いのだから。
「将来の事も考えて、人生の事を考えているんだね?」
「そうですね。昨日は助けていただいて、本当にありがとう御座いました」
再び、エートルは頭を下げる。
「それにしても、予想以上に魔物達がこの森では強くなっているね。あまり危険な事はするもんじゃないよ」
言いながら、神父はエートルの肩の傷を眺めていた。
「修行の一環なんです。魔法学院に入る為の。一流の魔法使いは剣技や体力なども試される。俺は強くなりたい。イリシュを……村の人々を、王都をこの手で守れるように!」
そう言って、エートルは握り拳を作る。
「君の“魔法”はなんなんだい?」
「それはまだ分かりません。だからこそ、魔法学院で学びたいんです」
「ふうむ。そうか」
神父服の男は、考えこんでいた。
「神父様は魔法を使えるんですか?」
「どうだろう? 僕は人を助ける為の魔法を覚えたつもりだったけど、どうもそれは上手くいかなかったみたいだ。だから……」
神父服の男は考え込んでいるみたいだった。
「神父様も、自分が神様から与えられた魔法に付いて、悩まれているのですか?」
「そうかもしれないね。きっと、そうだ」
「どんな魔法を持っているんです?」
「それこそ……。癒やしの魔法だよ。傷付き、病んだ人々を癒やす魔法。けれども、僕が救えなかった者達、助けられなかった者達も多くいた。だからこそ、僕は教会を去ったというのもあるのさ」
整った顔の元神父は、憂いを帯びた顔をしていた。
「大丈夫です! 絶対に神父様は人々を助けられます!」
「そう言ってくれて、本当に嬉しいよ」
優男は微笑んでいた。
「ああ、でも分かったよ。明日になれば、修行みたいなものを付けてあげよう。でも、危険な場所だよ」
「頑張りますっ!」
エートルは意気込んでいた。
4
ロゼッタは、魔物が氾濫したと聞いて現場へと向かっていた。
場所は、王都の戦争跡地だ。
焼け崩れた瓦礫に、大量の魔物が放たれたらしい。
単身乗り込むのは危険と諭されて、フリースも付いていったのだった。
「カモにネギって言葉があるよ。私が付いていかないと」
王都と空中要塞との戦争が勃発したのとは別件で、別の奇怪な事件が起きた。それは、大量のキメラの発生だ。キメラとは異なった生物同士、動物同士を繋げて創り合わせた魔物の総称だ。人間も混ざったキメラの怪物が王都の廃墟内で出現すると聞かされて、二人は、王都へと向かったのだった。
頭は狼の姿をしているが、手足は人間のそれを使っている。
背中は巨大な鳥の翼だ。
そんな姿の怪物が、二人へと襲い掛かろうとしていた。
「悪の女帝ベドラムは、何処までも卑劣なのっ!?」
ロゼッタは、杖から放つ水の魔法によって、怪物へと水の刃を放つ。
怪物の両脚と頭部が落ち、そのまま動かなくなる。
「多分、それは違う」
フリースは首を傾げる。
「彼女なら、そんな事はしない。それにキメラの軍団は、彼女の空中要塞では飼われていなかった筈」
「ヤケに敵に肩を持つのね」
「人間側の敵が、みな、同じ考えを持っているわけじゃない。少なくとも、これはベドラムのやり方では無い、彼女にだって戦さの好みがある」
「なんなの? フリース、何故、そこまで魔族に肩入れするの?」
「肩入れっていうか……。もう少し考えて欲しいな。逆に考えると、ベドラム以外の敵がいる筈。それもこれだけのキメラの数。戦争で死んだ者達の死体を再利用している」
天体観測所の管理人は、何かを考えこんでいるみたいだった。
「もし、私の考えが正しければ、この状況をより悪化させたい第三者がいる。そいつを叩かないといけない」
フリースは自らの手にした杖を振るった。
襲い掛かる、人の頭がいくつも結合したライオンのキメラを、空高くへと弾き飛ばす。宙に浮かんだキメラを、ロゼッタが水の刃で切り刻み、胴と頭を切断していく。
倒したのは数体のキメラだった。
一体、この場所には、何体のキメラが解き離れているのだろう?
数によっては、そのまま消耗戦になる。
ロゼッタは転がっている死体を見つける。
ライオンと結合された女性の顔は、まるで泣いているように見えた。キメラに縫い合わされた幼い子供の姿もあった。
「何故、魔王ベドラムを信用しているの? 貴方の考えが分からない。仮に第三者がキメラを送り込んだとしても、あの女が、別の魔族を雇っただけなんじゃ?」
ロゼッタは、魔族と自分達は分かり合えないのだと考えていた。
竜の女王は倒すしかない。
いずれ、自分も魔王に勝てるくらいに強くなりたい。
「信用なのかな……。ただ、少し理解はしているつもりなんだ。何故なら、彼女も私達、人間と同じだから……」
フリースは話を続けようとしたが、ロゼッタはフリースの言葉を遮った。
新たなキメラの群れが現れたからだ。
それらは、人間の赤ん坊の頭を大量に生やした甲羅を持ったウミガメのような怪物だった。まだ生きているのか、生きているフリをしているのか、赤ん坊の頭は盛大に泣き叫び続けている。全部で四体いた。
ロゼッタはそれを見て、吐きそうになりながらも、魔法の杖を振るった。
やはり、魔族を許すわけにはいかない。
ただただ、その思いが彼女にはあった。
†
「王都にキメラの魔物?」
ベドラムは、諜報である小型のドラゴンからの報告を受けて困惑していた。
いつも、ベドラムと共に空を飛ぶドラゴンとは別の者だ。
ベドラムは、どのドラゴン達にも魔王である自分と“対等”である事を許し、そう望んでいる。
「私のやり方はまずかったかもしれないが……。いや、先制攻撃を仕掛けたのは、王都の方だ。だが、キメラを放った第三者…………。我々の状況を余計に悪化させる」
<となると、人間達と俺達の関係も余計に悪くなるな>
「最終的には、人間界と魔界との全面戦争を引き起こしたい人物だろうな。私はそれは望んでいないし、人間側全員もそれは望んでいない筈だ。どちらも、多くの血が流れる」
<報告によると、キメラには非戦闘員の女子供の死体も多く使われていると>
「可能な限り、非戦闘員の住んでいる地区の被害は減らしたつもりだ。だが、宿舎にも騎士達の家族が住んでいた為に、ゼロでは無かったらしいがな。どちらにしても、多いのだろう? キメラに使われた材料が」
<多いと聞いている>
「怒りは私に向くな。王都と空中要塞との戦争が引き延ばされれば、人間共の別の国家も介入してくる可能性が高い。キメラを送り込んだ奴は、それを目論んでいる」
<もしそうなれば、どうする>
「当然。私は私自身の為に。そして仲間であるドラゴン達の為に最善の行動を取る。それ以外の優先事項は低い。それだけだ」
ベドラムは淡々と冷酷に告げる。人間と他の魔族達に対して冷酷に。
<そうか。お前の相棒である、ディザレシーにも伝えておく>
そう言うと、諜報員であるドラゴンは空中要塞を去っていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます