吸血令嬢・波旬オリヴィアのヒト活に付き合わされているお話

ムタムッタ

1.ニンニクとお友達になりますわ!


 Q.吸血鬼はニンニクに勝てるのか?




「さぁ絆汰はんた様、ニンニクに挑みましょう!」


 銀色の長髪を持ち上げ、少女はシュシュで一本にまとめる。 

 注文後のなんてことない食事前の仕草すら、注目の的だ。気合いが入れるためか、両手を構え彼女……波洵はじゅんオリヴィアは赤い瞳を輝かせる。 


「頼むから死なないでね」


 駅前にあるラーメン屋、カウンター8席ほどの店内には会社帰りのサラリーマン2人を覗くと、俺と隣の少女のみ。6度見不可避の超絶美少女……なんて言うと大げさかもしれないが、実際チラ見のレベルを超えて何度も視線を向けられるのだから仕方ない。


「死ぬわけありません! ヒトになるためのヒト活、がんばりますわ~!」

「大丈夫かねぇ~」


 波洵オリヴィアは吸血鬼、らしい。

 放課後……空き教室で女子生徒に噛みついていた彼女を目撃してしまった。逃げ出す前に迫って来た、血塗れの口元を晒しつつ泣く姿に見惚れていたら捕まったのである。

 

『もう血なんて飲みたくないですわ~! 正体を知った以上、手伝ってくれないならお父様の力で退学にしますわぁ~っ!』


 見た目がいいから血を差し出す生徒は多いが、誰も彼もまずくて飲めたものではないと、彼女は言った。限界に達した所にちょうど運悪く居合わせてしまった為に、俺はこうしてラーメン屋に連行されている。


 曰く、ヒトになるための『ヒト活』……吸血少女の反抗期。

 そもそも私立高校の経営一族が吸血鬼なんてことある?

 

 状況を理解する前に即ラーメン屋へGOだったから『吸血鬼』を受け入れる暇すらない。だからそういうことにしておく。しておくしかない。


「まずは打倒ニンニク……いえ! ニンニクとお友達になりますわ!」

「吸血鬼ってニンニクだめじゃなかったか」

「ダメですわ。正直目の前の容器を見ているだけでグロッキー気味ですの」

「さっきの気合はどこ行った」


 コールする店じゃなくて家系にしたのは不幸中の幸いか。

 むんっ、と気合バッチリだった少女の顔はどんどん青ざめる……と表現したものの、元から色白だからよく分からない。


「オマタセシヤシタァッー」


 数分後、豚骨醤油スープが並々と入ったラーメンが運ばれた。


「では、いただきます」


 スープを一口、そして麺を啜りオリヴィアは飲みこんだ。


「ラーメンってこういう味ですのね」

「食ったことないんかい!」


 金持ちのお嬢様ってのは聞いてたけど、連れてきてよかったのだろうか……一通り口にして、オリヴィアは卓上のすりおろしニンニクへ手を伸ばした。


「山盛りにすんなよ」

「分かっていますわ。最初ですもの、ちょっとずつ…………あ」


 せっかく小さじで持っていたのにガバッと丼に着地してしまった。


「神の試練ですわ~‼」

「小さい試練だなぁ……」


 さすがに大さじ何杯分か入った丼に、吸血鬼の少女はレンゲを沈めることに躊躇う。


 ――吸血鬼はニンニクに勝てるのか?


 具体的にその結果を見たことはない。そもそも吸血鬼なんて見たことないんだから。


「これを乗り越えてこそ、ヒト活の第一歩ですわ!」

「まぁ……がんばって」


 流れるようにニンニクを追加し、俺は俺でラーメンを楽しむ。濃厚なスープにパンチが加わり楽しませてくれる。果たして吸血鬼のお嬢様にこれが倒せるのかどうか……


「行きますっ!」


 オリヴィアはレンゲを置き、丼を両手で持って口をつける。およそお嬢様とは思えぬ行動、そして喉を鳴らしてニンニクの溶けたスープを取り込んでいく。


「…………ぅ…………ぁあ………………‼」

「お、おい大丈夫か?」

「効きますわぁ~っ!」


 半分白目を向いたかと思えば、一心不乱にラーメンを啜り始めた。若干白目を剝いている姿が恐ろしい。


「この匂い、舌への刺激! たまりませんわ〜!」

「ふっつうに食ってるのな」

「なんだかクラクラしますけれど美味しいですわ〜!」


 ……それ、やっぱりヤバいのでは?

 本来ならライスを併せたいところだが、オリヴィアは先に飲み干してしまったので今日は終わりだ。


「ご馳走様でした」

「ありやとやんしたぁー!」


 あっという間の食事だった。外を出れば日は暮れて、ちょうど吸血鬼にお似合いの月夜だ。

 それにしても……人類で吸血鬼とニンニクの戦い(?)を見たのはあまりいないのではなかろうか。


「そういや血ぃ以外食べれるのな」

「気合です、気合い!」


 そういうものなのだろうか。

 そういうものなのだろう。


「ニンニクとはお友達になれそうです」

「そりゃよかった」

「もちろん貴方とも……あ」


 脅迫を忘れているようです。

 まぁいい、ヒト活とやらはぜひがんばってほしい。陰ながら応援しておこう。


 オリヴィアはわずかに距離を取り、片手で口を覆った。


「では、ヒト活にお付き合いくださいね? 万波絆汰ばんばはんたさん」


 風が吹き、ほんの少し目を閉じる。

 再び見開くと、少女の姿はそこになく、蝙蝠の群れが月夜に向かって飛んでいく。

 

「……また?」


 Q.吸血鬼はニンニクに勝てるのか?

 A.お友達にはなれるそうです。


 

 ◇


 全5話の予定です。

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吸血令嬢・波旬オリヴィアのヒト活に付き合わされているお話 ムタムッタ @mutamuttamuta

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