偽装カップルになって、と頼まれたクラスのスクールカースト1位を夜の街に連れ込んだら懐かれてしまった件について。

月平遥灯

偽装カップル編

#01 ナイロンジャケット@出会い


周りの視線が気になる。



条島高校には四天王と呼ばれる四人の美少女がいる。そのうちの一人、霧島麻友菜きりしままゆなさんが俺の隣でニコニコしながら歩いている。これまでどれくらいの男子が玉砕したかわからない人気者で、そんな彼女の肩が俺の肩に触れてきた。



『ちょっと、並木も少しはなにか反応しないと変でしょ』



霧島さんは小声でそう言うけど、どんな反応をしたらいいのか分からない。笑えばいいのか、恥ずかしそうにすればいいのか。あるいはテンションを上げればいいのか。具体的な方法を教えてくれないと俺はなにも対処できない。俺は変に女の人に慣れすぎてしまっているから、霧島さんを見てもあまり反応できないでいるのが少し申し訳ないのだ。



俺は並木春輝なみきはるき。霧島さんのとなりに立てるほど良い男かというと、まったくそんなことはない。けれど陰キャというほど暗くもないと自覚はしている。そんな俺がなぜ霧島さんのような美少女と一緒に歩いているのか。それには理由がある。



『いや、どうしていいか分からない。ちょっと暑苦しいから、霧島さんもう少し離れてくれない?』

『それじゃ付き合っているように見えないじゃない』

『付き合っているっていったって、みんながみんなくっついて登下校なんてしてないって』

『わたし達はあくまで偽装でしょ。これくらいしないと騙せないって』



そう、俺たちは偽装交際をしている。ことの発端は一週間前に遡る。







ネオンで飾られるきらびやかな町だが、いつもどこかドブのような臭いがする。まだ日が沈んで間もないのにすでに酔っぱらっているおっさんリーマンと、同伴に向かう露出度の高い服を着飾った女がすれ違い、狭い路地にゴミ出しをする新人ホストが愚痴をこぼしている。



その様子を横目に俺はクロさんの運転する軽トラの助手席に座る。荷台には幌が掛けられていて、中身は新規オープンする店に納品する生花スタンドやら胡蝶蘭こちょうらんがいくつか載っている。この生花スタンド一つで十万円。うちの花屋から買わない店はこの街——二番街に店を構えることはできない。うちの花屋のオーナーは夜の王と呼ばれていて、いわゆるアッチ系の人だ。そして、俺の父代わりなんだけど、みんなが言うほど怖くないが影響力は計り知れない。



「春輝さん、あれ春輝さんの高校の制服じゃないッスか」

「あ。本当ですね」



メインの通りから一本入った路地で、制服姿のJKが男二人に絡まれていた。なぜ制服でこんなところに来てしまったのか疑問だ。一八時を過ぎると街はそれまでの大人しかった様子とは一変する。日が落ちてからの女の子、特に女子高生で美少女となると、当然ながら一人では危険が伴う。



「あの、クロさん」

「なんッスか?」

「もう千回くらい言ってますけど、俺に敬語やめてもらえます?」

「いやぁ、吹雪さんに怒られるので」



クロさんのことは名字も本名も知らない。吹雪さん(俺の父代わりの人で花屋のオーナー)の配下の人だということは知っているが、それ以上の情報は知らない。クロさんは良い人で、いつも駄弁りながら納品の仕事を一緒にしていて、俺が高一のときから働いているから、もうすぐ一年くらいの付き合いになる。



「あれは……確か、霧島さん?」

「目が覚めるような美人ッスね」

「ナンパされてるっぽいですね」

「オレがいきましょうか?」

「いや、俺が行きます。クロさん出ていったら霧島さんが失神しますよ。悪い意味で」



クロさんは顎髭が伸びていて、胸から首にかけて昇り龍の彫り物がある。しかもスキンヘッドで筋肉隆々の体つきだから腕っぷしが良さそうに見える。実際に良いのだろうけど。その見た目だけで大抵の人は逃げ出してしまうし、ホストクラブに納品に行けば新人が顔をひきつらせるくらいにいかつい。こんな人が花屋の店員なのか間違っている気がする。



「春輝さんなかなかひどいッス。車この辺で止めておくので」

「了解」



エプロンを脱ぎ、助手席に放り込んで髪を縛りなおす。学校では髪は下ろしたままだが、バイト中は髪を縛るようにしている。髪を縛るとスイッチが入るからだ。



「コス系の子なんでしょ。ちょっとだけ遊ぼうよ」

「俺たちさ、金だけはあるから」

「イヤです! 離してくださいッ!!」

「あのぉ」



俺が声を掛けると、男二人は振り返る。どう見てもチンピラで、この界隈では下っ端にも入れない半端者の顔をしている。



「んだ、てめぇ!?」

「邪魔すんじゃねえよ、クソガキがッ!!」



こういう小物はすぐに啖呵たんかを切ってくる。声だけの威勢がよい人たちには慣れっこだ。この街に住んでいる以上、それこそ幼稚園の頃からこういう輩を見ない日はない。威勢ニキというやつだ。威勢ニキはまったく怖くない。本当に怖いのは、こういう声の大きい人じゃなくて、静かに笑いながら刺すようなサイコパス気質の人だ。たまに出没するが、おそらくヤク中かなにかだろう。そういう人は相手にしないで警察に通報したほうがいい。



「はいはい。すみません。でも、こっちも時間ないので。その子を離すなら別に何も咎めません」

「は? こいつ何言ってんの?」

「お子様がイキってんじゃねえぞ」

「はぁ」



本当に疲れる。俺は別に粋がってなんてないし、話し合いで解決したいだけなんだけど。威勢ニキたちはおそらく話しができない、できても日本語の理解ができない種族なのだろう。



「霧島さん、今のうちこっちに」

「え、えっと、はい」



男の手が離れたところで霧島さんを呼び寄せて、俺の背後に来てもらった。霧島さんは今にも泣き出しそうな顔をしていて、怖い思いをしたんだろうなと思うと気の毒になる。



「おい、てめえ俺たちとやるのか?」

「かかってこいよッ!!」



威勢ニキ一号は、ジャケットを脱ぎながらTシャツ姿で俺に向かってくる。そして案の定殴りかかってきた。その拳を避けながら威勢ニキ一号に足を掛ける。一号が派手に転倒したところで威勢ニキ二号もパンチを繰り出すが、俺の後ろからニョキッと大きな手が出てきて、男の拳を鷲掴みにする。握力が半端ないクロさんに拳を破壊されて、二号は「いてええええ」と大げさに叫びながら片膝をついた。振り返るとクロさんが真顔で立っている。



「クロさん別にいいのに」

「ここで春輝さんに怪我させたら、吹雪ふぶきさんに怒られるので」

「俺が? さすがに大丈夫ですよ」

「こいつらうちの事務所に連れていってヤキ入れるので、少し納品待ってもらってもいいッスか?」

「なら俺は霧島さんをタクシーに乗せるので、クローバーの前に移動しますね」

「了解ッス」



霧島さんの肩に俺の着ていたナイロンジャケットを掛けてあげた。さすがにこれ以上制服姿でこんなところを歩かせる訳にはいかない。それに制服だと目立つし、今回みたいに制服系のお店のキャストと間違われても災難だ。



「霧島さん、用事ないならすぐに帰ったほうがいいよ」

「うぅ……わたし……こ、怖かった〜〜〜うぐぅ……」

「もう大丈夫だから」



なんで来たのか。なにか用事があったのか。聞きたいことはたくさんあるけど、霧島さんは泣きじゃくっていてそれどころではない。学校で見る陽キャ全開の霧島さんとは打って変わって、完全に消沈してしまっている。よほど怖かったんだろうな。



クローバーという風俗店の前でタクシーを捕まえて(タクシーの駐車スペースが確保されていて、常に二台くらい停まっている)、霧島さんを乗せて運転手にタクシー券を握らせた。たまにうちの母親が経営しているキャバクラで酔っ払って動けなくなった女の子や、泥酔したお客さんをこうして送っていくことがあるから、嫌でも慣れてくる。霧島さんをその人たちと一緒くたにするのはなんか違う気がするけど、とにかくこれ以上こんな場所で霧島さんを歩かせるわけにはいかない。



「霧島さん、また学校で」

「あ、あの」

「運転手さん、行って」



霧島さんの言葉を待たずに行ってもらった。話があるなら学校でいくらでもできる。それよりも以前レッカーされたときのように、軽トラの駐禁を取られるんじゃないかってことを思い出して、俺は急いで戻った。



翌日登校すると、昇降口で霧島さんを見かけた。拍子抜けするほどいつもと変わらない様子で友達と談笑している。肩まで伸びた栗色の髪にブラウンの瞳。ピアスを開けていて、ギャルではないが派手さが目立つ。目鼻立ちが整っていて、誰がどう見ても美少女と思える容姿は、まさに条島高校じょうしまこうこう四天王の一人だ。四天王の中でも飛び抜けて美少女と称される霧島は、俺に気づかずに階段を上って教室に向かった。



「ということで、急遽高瀬が転校になった。学級委員が欠員になるから、今回はくじ引きで決めようと思う」



高瀬は親の仕事の都合で急遽、北海道に引っ越すことになったらしい。高瀬は学級委員をしていたために転校により欠員になってしまう。うちの学校はクラスに学級委員を二名置く方針で、高瀬の他に霧島さんが任命されていた。残りの任期を一人で仕事をこなすとなるとあまりにも酷だ。



くじ引きは先生が用意した。くり抜かれたダンボール箱に二つ折りの紙が入っていて、その中に花丸が書いてあればアタリ。真っ白ならハズレ。俺が引いたのは。



「並木かよ……」

「マジか」



俺が当たってしまった。みんながっかりしたような顔をして、俺に向かって呪詛を唱えている。うらめしい言葉を口にする生徒は多くいたけど、異を唱えたかったのは俺の方だ。別に霧島さんと学級委員をしたいわけでも、まして仲良くなりたいとかは思っていない。そんなことよりも放課後の作業をすることによって、バイトの時間に間に合わないなんてことは避けたい。ああ、なんでこういうときに限って、クジ引き当たるかな。



「並木くんよろしくねっ!」

「ん。こちらこそ」



霧島さんは目を細めながら薄く笑って、黒板の前でとなりの俺にそう声をかけた。けれどいつもよりもテンションは低い気がする。昨日のアレが原因か。あんな目に遭えばむしろトラウマが残ってもおかしくない。



放課後、さっそく先生に呼び出されて霧島さんと二人で職員室に入ると、先生が山のようなプリントを俺に渡してきた。内容は、林間学校のプリントだった。



「これを冊子にしてほしいんだが、よろしく頼む」

「はい」

「……めんどい」

「めんどい、じゃない。並木もくじ運が悪かったと思って、しっかり頼むぞ」



最悪だ。こんな面倒な仕事をしなければいけないなんて、本当に迷惑極まりない。この後もバイトがあるのに、この仕事はいったい何時まで掛かるんだろう。それに期末試験に向けての勉強もしたいのに時間が全然足りない。



教室に戻って、プリントの山を机の上に置いて一息ついた。



「はやめに終わらせちゃおっ。並木くん、机並べるの手伝って」

「ん。わかった」



机を横一列に動かして、ページごとに並べていく。俺たちは並んで一枚ずつ捲って重ねて、数十枚になったところでホチキス留めしていく。最新のコピー機なら両面コピーにした上でホチキス止めもしてくれるのに(うちの花屋のコピー機がそう)、この学校は私立のくせに遅れている。



「霧島さん、今日はなんか元気ない?」

「え? そう? 別に普通だよっ?」

「そう? なにかあった?」



霧島さんは昨日、二番街で男たちに絡まれて泣いていた。おそらくそれが原因だと思う。



「ちょっと人を探していて見つからなくてさ」

「人探し? 学校で?」

「うん。昨日ちょっとしたピンチにある人に助けてもらったんだけど、お礼が言えなかったからちゃんと言いたくて」



昨日は髪を縛っていたから、助けたのが俺だって気づいていないのだろう。昨日の時点で、霧島さんは俺のこと気づいているのだろうと思っていたから、“明日学校で”と声をかけたのだ。本人が気づいていないのなら別に名乗る気もないし、お礼なんてどうでもいい。正体がバレないのであればそれでいい。



「そうなんだ。特徴とかあれば探すの俺も手伝うけど?」

「ほんと? えっと、ロン毛を後ろに縛っていて、身長は……そうだね。うん、並木くんくらいかな」

「顔は?」

「アウトローな感じ人」

「アウトロー……」

「並木くんどう?」

「どうって……」



アウトローってなんだ。俺はいたって真面目な高校生で校則違反もしていないし、学校で暴力沙汰を起こしたことなんて一度もない。それ学校の中で勉強はできるほうだ。



「……並木くん、心当たりないんだ?」

「ん。ないけど?」

「そうなんだ……」



霧島さんはため息混じりにそう言って、出来上がった冊子に視線を落とした。アウトロー野郎が自ら名乗り出ないんだから気にすることないと思うけど。



「ちょっと待っていてね」

「ん。いいけど」



霧島さんは教室の外に出ていき、廊下の備えられているロッカーを開けてなにかゴソゴソしている。戻ってきたとき、手には俺のナイロンジャケットを手にしていた。昨日、俺が霧島さんに掛けてあげたやつだ。そういえば貸したままだったな。



「これ……腕のところに並木くんの名前が刺繍されているんだけど」

「あ。そっか」

「並木くんって二番街でバイトしてたんだね。あのね、昨日は本当にありがとう」

「ん。別に」

「それで……昨日、あそこにいたこと内緒にしてもらえないかな」

「別に話す気なんてないよ。霧島さんがどこでなにをしていようと自由だし、それを吹聴して回るようなことないから」

「並木くんならそうだと思った。昨日は本当にありがとう。それで、もう一度、髪上げてくれないかな?」

「? いいけど?」



手首のゴムで髪を縛り、霧島さんに顔を見せる。すると霧島さんはぷるぷる震えたかと思ったら、真っ赤になった顔を両手で押さえながら教室を飛び出していった。



まだ冊子半分しかできていないのに。仕事放棄か。仕方ない、一人で終わらせるか。




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