ムルチ投げとウミガ返し

すずめ

ムルチ投げとウミガ返し

海外の武術系YouTuberがムルチ投げとウミガ返しと紹介している技は、武術歴30年の私でも見たことがないものだった。第一、漢字でどう書くのかわからないmuruchi-nage and umiga-gaeshiと表記されているが、漢字でどはう書くのだろう。

武術の技は全て意味が伝わるように名付けられている。相手を背負って投げる技を「背負い投げ」と呼び、相手の手首を捻るように返す技だから「小手返し」と名付けられている。それに対して「ムルチ投げ」と「ウミガ返し」とはなんだ、どういう意味なのか、見当もつかない。

意味不明な名前と対照的に、その技は非常に美しく理にかなっているように見えた。無駄な力を一切使わず、相手の力を綺麗に受け流している。そして、最終的に相手を一切反抗できない状態にしてしまう。達人技に見えた。

このYouTuberがオリジナルで考えた技だろうか?最近は伝統を無視したオリジナル技を勝手に作って批判される人も多い。YouTubeでしか武術を見ない層にはそういう技の方がウケるのだから仕方ない。しかし、この技は単なる見た目重視のオリジナル技ではない雰囲気を感じた。

翌日、道場での稽古が終わると師範と先輩にその動画を見せようとしたら、いくら検索しても出てこなかった。視聴履歴をさかのぼっても出てこない。「夢でも見たんじゃないか」と先輩には言われた。「夢に武術が出てくるなんて、稽古熱心でいいじゃないか」と笑われもした。

とにかく、師範も先輩も「ムルチ投げ」と「ウミガ返し」なんてわざは聞いたこともないし見たこともないと言っていた。

それから10年以上稽古をした。多くの人と試合をして、勝ったりもしたし負けたりもした。技は確実に上達したし、気がつけば道場で1番の古株になっていた。

ある日、師範から呼び出されて道場に行くと、昇段を告げられた。昇段の免状を渡され「あなたがこれほど上手くなってくれたら、私も安心して引退できますね」と言われた。嬉しくて涙が出た。

「最後に、あなたに二つ技を教えます。この二つの技が、この武術の奥義です。これからはこの技をよく稽古してください」

そう言って師範が教えてくれた技は、昔YouTubeで見たムルチ投げとウミガ返しとそっくりだった。

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