テレビ受信料の集金をやってた俺が、訪問先の顧客に包丁でぐさりと異世界送りにされるもなぜか魔王の手先になってみかじめ料を徴収させられる件について

ショータロー

第1話

 子どもの頃、親や先生からはよく「職業に貴賤は無い」と言い聞かされます。


 俺もまさにその通りだと思う。その人がどの仕事に携わっているかでその人の人格を否定したり、存在を差別したり、ひいては命の安全を脅かしたりするべきではない。

 建築現場の荷揚げ、立派な職業だ。酒やタバコやパワハラまみれのイメージがあるが、あなた方が居なければビルや家が建てられず、みんな困ってしまう。

 スーパーのレジ打ち、立派な職業だ。誰でもできるイメージが強いが、毎日何時間も指先でレジを打ったり笑顔で接客したりするなんて並大抵の人ができる芸当ではない。

 AV女優、立派な職業だ。所詮は体を売る能無し女のやることだと考える人もいるが、あなた方が居なければ世の中の性獣どもはその欲望の捌け口を見つけられず、その結果婦女暴行が蔓延し、性犯罪に更なる拍車をかけることになるでしょう。


 だが世の中には、どんなに真面目にやっても他人からは尊敬されず、それどころか軽蔑さえされてしまう職業が一つだけ存在する。


 今俺がやっているテレビ受信料の徴収員である。


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 俺の名前は名波なは こう。那覇港ではない、「なは・こう」である。


 バブル崩壊直後、日本は就職氷河期に入った。

 この頃の就活生は20社応募して全落ちが当たり前だったが、自分は辛うじて小さな人材派遣会社に就職することができた。

 後に小耳に挟んだのだが、どうやらこの会社はとある大手テレビ局と業務提携の関係にあり、先方が俺の名前を大層気に入ったから採用だとか。

 最初は意味が分からなかったので更に探りを入れたところ、何でも、俺の名から子音だけを取り出すと……いや、やっぱこの話はやめよう。これ以上語ると何か取り返しのつかないことになりそうな気がする。

 とにかく、当時はわらをもすがる思いで俺はこの仕事にしがみつき、「職業に貴賤は無い」という教えを信じてこの仕事をやっていこうと決心した。


 ところが現実は甘くなかった。

 30年間やってきた中で、訪問先の人と何度もトラブルを起こした。

 自分の所属するテレビ局の名前を告げるや否や、「くたばれゴミが!ぶち殺すぞカス!」とその家の住人にいきなり罵られては唾を吐かれたり、催涙スプレーをかけられたり、ひどい時は150万ボルトのスタンガンで電流を浴びせられたりする時もあった。

 警察?もちろん通報したとも。だが目撃者や監視カメラ、つまり客観的な証拠がない以上、どうしてもやったやってないの水掛け論になってしまう。そうなると警察も最終的には推定無罪として処理せざるを得ない。

 俺はその都度煮え湯を飲まされてきたのだ。


 もちろん99%の人は素直に受信料を払ってくれたし、仮に払わないにしても無言でドアを閉めるか、「あ、うちテレビ無いんで……」と小声でボソッと呟いて会話を強制的に終了させるかの二パターンである。

 だが一の罵声は百の賛辞に勝るとでも言うべきか、この集金業務に長年携わっているとどうしても先ほどの非常識な対応をされた瞬間が記憶に残ってしまう……


 このままでは鬱に押しつぶされてしまう。本当はすぐにでもこの仕事を辞めたいが、何せ定年まであと少しだから、今が踏ん張りどころでもある。

 それに近年はカメラの小型化も進んで、トラブル防止の一環として小型カメラを制服に忍ばせてから業務を開始するという許可も会社側から出ている。

 もっとも、相手もスマホで俺らを勝手に撮ってはYouTubeやTwitterにアップしているようだが、暴力沙汰にさえ発展しなければ俺は全然容認できる。


 そんな中、俺に「人生の転機」が訪れる。


 あれはいつもの平日の朝だった。

 梢に止まっている小鳥の群れがさえずりながら出社するサラリーマン達を見送っている。

 そして俺もチャリンコに乗って自分が担当するエリアを回り始めた。

 今日はこのいかにも築40年・家賃3万円っぽい三階建てのボロアパートからだ。

 いつものようにピンポーンとチャイムを鳴らす。そしてドアから一歩下がり、首にぶら下げている社員証を右手でドアアイの高さまで垂直に持ち、自分は人畜無害な中年ですよ~と言わんばかりに営業スマイルでアピールしながらシャキッと立つ。

そしてドアが開いた。


「こんにちは!私、Nぐふっ……


 目の前に突如現れたのは一人の女性。

 見た目は30代で、身長は俺の鼻よりちょっと下。周りから短足デブスといじめられてもおかしくないほどのぽっちゃり体系で、ぼさぼさのロングヘアに布団の匂いと、おそらくはシャンプーの残り香が少々混じっている匂いが漂ってくる。

 そしてなぜか右手が俺の顎よりちょっと下の部分を指している。


(あれ?何が起きた?なぜ二個目のアルファベットが言えないんだ?)


 次の瞬間、俺は全てを理解した。


(違う……んじゃない、んだ!俺の喉を!!包丁で!!!)


 思わず後ろに数歩よろめく俺。だがそんな俺に考える暇も与えずに女の攻撃が続く。


「あんたらいちいちうっぜぇえんだよ!!!ウチにテレビ無いって何回言わせんだよ?!?!?」


 気付いたら俺は既に大の字になって床に倒れていた。

 起き上がろうにも、どうやら女の二突き目以降は俺の腹筋を思いっきり貫いたみたいで、全く力が入らない。


「ふざけんじゃないわよ!!いちいち法律を盾にしやがって!!!!あんたらみたいな合法ヤクザ共はみんな死んじまえ!!!!」


(なるほど……、「合法ヤクザ」か……、これまたエライ嫌われようだな……。)


 女のヒステリックな叫び声とともに、俺の意識も段々と遠のいていった……。

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