第2話 地竜の火酒亭

「いらっしゃいませ。あ、モリアスさん!ごめんなさい、少し待ってもらわないといけないかも」


 青年が昼食を食べようと訪れたこの店は地竜ちりゅう火酒亭ひざけてい。店内は満席のようで、入店してきた彼をみつけた給仕きゅうじのクラリスが少し申し訳なさそうにそう言った。


 銀色の髪に銀色の目、髪や肌の色素の薄さからか少し華奢な印象を与える見た目をした彼女はこの店の看板娘だ。

 この店に通う男の3分の1は彼女目当てに違いないと青年は思っている。


「ごめんなさい、まだしばらくは席が空きそうにないから、お昼の休憩時間が終わるまでにお料理が出せないかもしれないわ」


 クラリスがそう言いながら申し訳なさそうな表情になる。


「ああ、今日は午後から非番なんだ。待っているよ」


 そう言うと青年は壁際に並べられた丸椅子に腰掛けて店内を見渡した。

 この店は兵舎、訓練場の隣に建っているためこの時間には一斉に昼休憩の兵士達がなだれ込む。今も店の中に居るのは半分が金属製の鎧を着けていて、あとの半分は革鎧を着けている兵士ばかりだ。


 ああ、可愛いなぁ……、青年は忙しく働くクラリスを見てぼんやりとそう思った。

 もう半年以上、毎日この店に通い、最近ようやく名前を覚えてもらえた。

 世間話もできるようになった。


 しかしまだ休日に食事や買い物に誘うほどの自信は持てず、最近では嫌われることが怖くて世間話も当たり障りの無い話に終始することも多い。

 自らの勇気の無さに嫌気が差してうなだれてしまう。


「……スさん!おーいモリアスさーん!」


「うあ!はい!え?」


 モリアスは急に声をかけられていることに気が付いてビクリと体を弾ませた。


「席、空きましたよ。こちらへどうぞ」


 にっこりと可憐に笑う少女に見惚みとれながらフラフラとその後をついていく様は、何かの魔法にでもかけられているようだ。


 何を食べようかな、そう思いながらモリアスは案内された席についた。


 にぎわいざわめく店内はよく掃除が行き届いており、運ばれる料理のいい匂いが辺りに充満している。


 店主はめったに厨房から出て来ないのでモリアスは遠目にしかその姿を見た事がなかった。


 忙しくなるとたまに店主の娘と思しき10歳くらいの亜人の子供が厨房から出てきてクラリスを手伝っていた。

 熊の亜人なのかな、と思った覚えがあるのでモリアスは店主もきっと熊の亜人なのだろうと勝手に想像していた。


 地竜の火酒亭は昼は食堂を営み夜は酒場になり、宿としても冒険者ギルドの公認を得ている名の通った店である。


 料理と酒が美味いことと看板娘のクラリスの可愛らしさが繁盛はんじょうの秘訣だろうか、そんな取り留めもない事を考えながらモリアスは注文を取りに来るクラリスを見ていた。

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