チーズケーキ

 先天性白皮症──通称『アルビノ』。

 生まれつき色素を持たない俺は真っ白な髪と紅い瞳を持っていた。

 父は母の不貞を疑い、母は俺を化け物と罵った。

 家に居場所なんてなかった。

 夏の陽射しに肌を焼かれながら近所の公園に向かった。

 数人の子供がこちらを見ている。ああ、不愉快だ。じろじろと見てはいけないと、親と思わしき大人が視線を遮るのだって同じだ。

 あちらも差別。こちらも差別。

 ああ、面白くない。

「ねえ。それ、痛くないの?」

 突然聞こえた声に顔を上げれば、真っ黒な髪と深緑の瞳を持った小麦色の肌をした少年が立っていた。たぶん、年の頃は俺と同じくらい。

 少年が指さしているのは強い陽射しで真っ赤になった俺の腕。

「こっちにおいで。日が当たらないところがあるよ」

「いらない、近寄るな」

 知ってるんだ。

 わざわざ俺に声をかけるのは、自分はこんな気味の悪い奴にも優しくしてやれるいい人間だと思い込みたいだけの嫌な人間なんだ。

「オレ、キミみたいな人を知ってる。身近にいるんだ。日焼け止めを持っていないなら貸すよ」

 チューブを押し付けられて受け取らざるを得なかった。仕方ないので少しだけ塗ってみる。

 すると、彼はどこかへ走っていった。戻ってきた彼の手には麦わら帽子。

「これも貸したげる。アイツ、今は日陰にいるからなくても大丈夫だって言ってたから」

 あいつ、というのが俺と同じなんだろうか。

「キミもあれだろ? メラミンがないんだろ?」

「メラミンはお前にもねえよ」

 思わずツッコミを入れてしまった。

「メラミン樹脂はプラスチックの一種。俺たちにないのはメラニン色素」

「へー、キミ賢いな」

「お前が馬鹿なんだよ!!」

 なんなんだこいつは。天然なのか、それとも。

「キミもこっちにおいでよ。アイツも友達ができたら喜ぶ」

 ぐいぐいと強引に手を引かれる。日陰に入ると薄いクリーム色の髪で顔の上半分が隠れた少女? 少年? がいた。膝を抱えて座っていて体型もよく見えなくて判別できない。

「にいさん、ほんとにつれてきたの?」

「だって一人でかわいそうだったから」

 かわいそう。その言葉がなんだか胸に刺さった。

 やっぱりそうだ。こいつだって同じだった。

 自分は優しいって思いたいだけなんだ。

「ひとりがすきなひともいるんだよ」

 そうだそうだと頷いていると、少年は腕を組んで偉そうに言った。

「オレは一人が嫌いだ」

「お前には聞いてねえよ!!」

 はっ。またツッコミを入れてしまった。

「仕方ないだろ。美味しそうだったんだから」

「またそんなこといって。はじめてのひとはこまっちゃうよ」

 はぁ、とため息を吐いたクリーム色の方がこっちを見た。長い前髪の隙間から見えたのは赤紫の瞳。

「ざんねんだけど、きみもきっとチーズケーキなかまだよ」

「は?」

 チーズケーキ?

 俺も?

「にいさんは、きにいったひとをスイーツにたとえるんだ」

 なんだそれ、食う気かよ。狂気としか思えねぇぞ。

 思ったけれど口には出さなかった。

「二人とも、メラミンがないだけでみんなにいじめられるんだろ?」

「だからメラミンじゃなくてメラニンだっつの」

「なら、オレが食べちゃったっていいだろ?」

 どういう理屈だよ。というか気持ちわりぃよ。

 やっぱり言えない。

 だって。

 小麦色の方がクリーム色の方の頬に自分の頬を押し付けてリップ音を鳴らしながら言っていたんだ。小麦色の方は純粋な日本人ではないのだろう。

 だって日本人はあまりそれをしないから。

「仲良くしてくれよな」

 頬を合わせられた。耳元でちゅ、と音がする。

「あーあ、たべられちゃったね」

 クリーム色の方が、俺にそう言って笑った。

 ああ、なるほど。

 確かに俺たちはチーズケーキかもしれない。

 お行儀悪く舌で唇を湿らせる小麦色の方を見て、背筋が震えた。

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