第6話 崩壊してく日常

 私は、その時何も知りませんでした。

 これから、どんなことが待ち受けているのかも知らずに、部活に向かうトモさんをカマクラ第二中学校の昇降口で見守っていました。


「それじゃあまた明日ね。ノアちゃん」


 ラクロスクロスが入った長いバッグを肩に持ち、真っ白なスポーツウェアに着替えたトモさんが手を振ります。


「はいまた明日」

「明日から夏休み。いっぱい遊ぶんだからね。いや……ノアちゃんはそんなことしたくないのか」

「え、何でそんなことを言うんですか?」

「ノアちゃん、本音を言うとあの大学生のお兄さんと遊びたいんでしょ?」

「え⁉ ま、またですか?」


 しつこいトモさんはまた口角を上げます。


「命短し恋せよ乙女だよノアちゃん。そうだ、こうしよう! ノアちゃんはやっぱり明日からは遊ばない。あの大学生のお兄さんと遊ぶんです」

「え、えぇ~……」

「今日、告白してそれが成功したら万々歳。もしもダメだったら、私たちが一緒に遊んで慰めてあげる。だから頑張りなよ」


 トモさんはポンと私の肩に手を当て、優しく言います。


「私も頑張るからさ」

「え?」 


 それってどういう……と聞こうと思った時でした。


「お! いたいた花立。いつまでこんなとこでのんびりしてんだよ!」


 男の子です。

 短髪のサッカー部のユニフォームを着た男の子が外から入り口をくぐり、トモさんの元へと駈け寄ってきます。


「ゆ、ユウキ⁉ なんであんたが私を呼びにくんのよ! あんたはサッカー部でしょ⁉」

「俺が聞きてーよ。ラクロス部の部長から頼まれたんだよ。まじだり~」


 田辺ユウキ君。トモさんの幼馴染で、背が高いカッコいい人ですけど口調が乱暴でちょっと怖いです。


「も~、じゃまたねノアちゃん。告白頑張ってね」


 そういって拳をギュッと握りしめて私にエールを送ると少しだけ小走りでトモさんは昇降口から出て行きます。


「おい、待てよトモ! 告白って何のこと?」

「馬鹿。むしんけー」


 そんなトモさんにユウキ君が追い付き、二人並んで見つめ合うと自然と笑いが漏れています。


「告白頑張れってこっちのセリフだよね~、ノアちゃん」


 とはまだ隣に立っているカグラさん。


「そ、そうですね」

「いいね~皆好きな子がいて。私も早くいい人見つけなきゃ~。じゃあね~」


 和やかに笑うカグラさんは私に手を振って先を歩くトモさんとユウキ君へと駈け寄っていきました。

 カグラさんも合流し、三人そろって歩いていくその後姿はなんだか楽しそうでした。


「本当に、いいですね」


 私も、サイさんとあんなふうに一緒に歩いていけたら……。

 そしたら、忘れられるのかもしれない。


「……頑張ろう。頑張らなくちゃ」


 勇気を出そう。

 勇気を出してサイさんを『シードーム』に誘うんだ。

 そうなればまずユイハマ大学に行って、携帯端末のチケットデータを送らないと。

 私は決意して、胸ポケットにあるスマートスティックに触れようとしました。


「……ない」


 そこにあるべきはずのものがありませんでした。

 さーっと全身の血の気が引きます。


「な、なんで……⁉ どこかに落とした……あ!」


 心当たりが一つありました。

 掃除の時間。

 トモさんが私の胸を叩いた時、もしかしたらあの時に制服のポッケから落ちてしまったのかもしれません。

 ということは、私の携帯は———、


「旧校舎……」


 すこし、怖くなってきました。

 だって、そこは幽霊がいるかもしれない場所ですから。

 でも、行かなければいけません。

 せっかくお父さんがくれたチケットで、いままで踏み出せなかった一歩を踏み出す絶好の機会です。

 私はサイさんに告白するために、携帯を取り戻すことで頭がいっぱいになりました。

 後で考えれば、これは間違いだったような気もします。

 この時に旧校舎にさえ行かなければ、私の普通の人としての日々はこれからも続いていったでしょうから……。

 昇降口の外、奥の遠くの方では陽炎が揺らめいていました。


 ▼   ▼   ▼


 空中都市ジパング、ドーム内海。

 空中都市中央にある反重力ジェネレーターにより大気に含まれる水分が雨とならずに空の上に浮遊したまま海となって存在し続ける。

 放射線遮断ドームを砕いた空飛ぶ海賊船は、その空の上にある海を本領発揮とばかりに疾走していた。


「敵機接近、4時と7時方向!」


 ブリッジでバンダナを付けた半魚人がレーダーから目を離さずに言う。

 報告を受けた船長、眼帯の女は無言で目を細める。

 ブリッジの正面には大きなガラス窓があり、そこから敵機・・という者は目視できるのである。

 黒い戦闘機が向かってくる。

 あれは都市政府が配備している、高速機動からの機首に取り付けられた100mmガンポッドからの連射と翼に付けられたミサイルポッドからの自動追尾攻撃を可能としている最新鋭ドローン機。

 漆黒の流線型のボディは太古に存在したステルス戦闘機ほぼそのまま。剣というものが太古からその姿形をあまり変化がないように、優れたフォルムというのは何千年の時が経とうとも受け継がれていくものである。


「DF―19ブラックシャークか。やっぱり来るよな。こういう素早い奴が……迎撃する。だが無駄弾は打たない! 本艦は攻撃せず、迎撃はクリオネ隊に任せる」


 バンダナの半魚人の隣にいる、ヘッドホンを付けた禿げ頭の男に指示を飛ばす。

 彼は顎から伸びる吸盤付きの触手を伸ばしてボタンを押す。


「ハッチ解放。リヴァイアス隊、出撃せよ~」


 ヘッドホンを付けた男はよくよく見るとタコの魚人だと言うことがわかる。その彼のつけているヘッドホンから『『『了解!』』』』と年若い少年たちの声が帰って来る。

 すると海賊船のブリッジのある艦橋と甲板の付け根あたりにある上下開閉ハッチが開きその中からあるものが高速で飛び出していく。


『ヒャッホ~~~~~~~~~~~‼ いくぜ、レッドミカエル!』


 真紅の戦闘機が飛び出す。

 機首が鋭利に研ぎ澄まされており、そのフォルムは翼をつけた空飛ぶ刃を思い起こさせる。

 その真紅の機体に続くように次々と戦闘機が飛び立つ。

 緑と青。どちらも同じように斧に翼を付けたようなフォルムだったり、細長い槍に翼を付けただけの様だったり、航空力学に喧嘩を打っているとしか思えない。どうしてそれで空を飛んでいるのかわからないフォルムをしていた。


『あんまりはしゃぐなよ、姉御。ここは空中都市ジパング。敵さんも最新鋭のドローンを、おっとあぶねぇ!』


 黒いドローン戦闘機からの銃撃が始まり、緑の斧のような戦闘機の機体が右側に大きくロールする。


『戦闘機ドローンだからって侮るな。地上のAI搭載ロボットと同じだ。パターンを読み切れなければ一瞬でやられるぞ。へっへ!』


 青い槍のような戦闘機に乗っている男の声は軽やかで、機体を旋回させてブラックシャークの後方にピタリとつけると、鉄の翼の下に付けられている砲塔が火を噴く。

 ババババ……ッと放たれるは青く光る実体のないエネルギー弾。

 ビームマシンガンによる銃撃だった。

 それをブラックシャークは右に急激にスライド移動するような形で躱した。


『何ィ⁉』


 青い戦闘機に乗っている男が驚きの声を上げる。

 それもそのはず、敵機ブラックシャークは急速移動と急停止を繰り返し、まるで幼子が初めて絵を描くが如く、滅茶苦茶な軌道を空中で描いていた。


『何だこの動き⁉ ジグザグジグザグと、物理法則もあったもんじゃねぇ!』

『小型反重力ジェネレーターを使ったUFO軌道だ。もしかしたら何千年前に地球に来ていた宇宙人も同じものを使っていたのかもな』


 ブラックシャークが空中をくの字に折れ曲がるように飛び回り、青い戦闘機の後方につく。


『しま……っ!』

『だけど、操作しているのは宇宙人じゃなくてAIだ。パターンを読めばどうすればいいのか対処できる』


 後方についたブラックシャークが突如爆発した。


『姉御!』


 その爆風の中から真紅の刃型の機体———レッドミカエルが飛び出す。


『まぁ、火星燃料をプラズマ化して生成したフォトン粒子による高出力、変態軌道を実現できるあたしらクリオネ隊も、物理法則に滅茶苦茶言えないけどねぇ!』


 真紅の戦闘機のボディ全体に亀裂が入る。

 鉄の装甲版が細かく分かれて、機体の底にあるジェットエンジンが、船首が、船尾が変形していく。戦闘機の下の部分は折りたたまれた足を伸ばすように、前の部分は折っている首を上げるように、後ろの部分は捻り、折りたたまれた腕を伸ばすように、機体が身体へと変形していく。


『AIが操るドローン兵器じゃない、人が乗ってこその人型兵器MGマルチギア! その中でも高速移動もできる、高攻撃力での強襲もできる、変形機構持ちのこのレッドミカエルはっ! 敵を侮っていても勝てるんだよねぇ!』


 翼持つ巨大な天使と化した真紅の機体は、その手に持つビームガンポッドを撃ちまくり、もう一機のブラックシャークの機体に連続して穴をあけ放ち、撃墜させる。


『姉御はよくしゃべるねぇ。はしゃいでんのかな?』

『当然だろう。この作戦が成功すれば、姉御の故郷が解放されるかもしれねぇんだ』


 緑と青の戦闘機が真紅の天使を追い越す。


『だけど、俺らも姉御に任せっぱなしってわけにはいかないよなぁ! ハッス!』

『おうさ、マダイ!』


 二機の先にいるのは群れを成したブラックシャークたち。

 都市軍が次々と迎撃のために海賊船へ向かって送り込んでいた。

 そんな敵の群れを前にして、二人の男が『フ……ッ』と笑う声がスピーカーを通してレッドミカエルのパイロット、海賊船のブリッジにいるタコ男の耳に入った。


『ブルーラファエル!』

『グリーンガブリエル!』


 二人の男たちが乗る変形機構持ちの戦闘機が姿を変えて、青と緑の翼と体を持つ天使と成る。

 そして、その手に持つビームガンポッドを連射し黒いドローン戦闘機を落としていき、下の海を走る海賊船の道を作っていく。

 戦線はどんどん、唯ヶ浜へと近づいていた……。

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