第19話 ユートピア?
今から話すことは何があっても口外禁止ね。そう前置きしつつ、あくるんは話し始めた。
「教えてあげる。私がこの仮想現実の世界でやりたい、本当の目的を」
あくるんの醸し出す雰囲気がガラッと変わる。首筋から背中にかけて嫌な汗がにじんできているのが分かった。肌で感じたのだ。これは危険な匂いがする、と。
「本当の目的?純粋に美術を楽しむために設けられた空間じゃないの?」
ここは自分の直感を頼りにしよう。極力、危ない橋は避けるべきだ。うまい具合に話を別の方向に持っていかなくては。だから俺は敢えて正論を唱えることにした――が、あくるんの前では無駄だった。
「田島君はなーんにも分かってないなぁ。君、本当に太宰治の小説全て読破した?疑っちゃうんですけどー?」
「読んだよ。嘘なんかじゃない。というか、嘘ついてもしょうもなくない?そもそも見栄張ったところでメリットがない」
「まーね。そりゃそーだ」
「だったらどうして疑う?」
「私が作りあげようとしている仮想現実には、これ以上ないっていうくらい太宰を知り尽くしている必要性があるからさ」
「自信はあるよ。断言する」
俺の言葉を聞いてあくるんは、ふふんと不敵な笑みを浮かべる。
「私はね、太宰治の世界観を構築したいと思ってるの。仮想現実上で」
――はい?
世界観を構築?謎は深まる一方だ。見知らぬ土地へ理由も聞かされずに放り出されたような感覚、と言えば伝わるだろうか。つまり、右も左も分からない。
あくるんは止まらず話し続けていく。
「太宰が見ていた景色や風景。胸の内に秘めていた感情、思考。本人の性格、欲、生きざま・・・ありとあらゆるものを具現化し、太宰治の作中を完璧な形で再現する——それが私の求める理想の空間」
すごい構想だな・・・淀みなく訥々と語るあくるんを見て俺は思った。
仮想現実でも現実の世界でも、理想を形にするのはそうたやすくできるものではない。
「あくるんは――その理想の空間を作ってどうしたいの?」
「決まってるじゃない。ユートピアよ。ユートピア」
「ゆ、ゆーとぴあ?」
確かにユートピアという単語には『理想郷』の意味が含まれるけど・・・そこまでやる?
小説の中の世界があくるんの理想だとしたら、俺にはその手助けをしろってことか?
疑問は次々に湧いてくる。蓋を開けてみればやっぱり話は進んでいなくて、結局振り出しに戻ってしまうのだ。
このままいくと、会話がループしてしまいかねないな・・・
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