【短編小説】黒猫と交錯する幻影詩人の眼差し

藍埜佑(あいのたすく)

第一幕: 曖昧な夜明け

 目を覚ますたびに、私は異なる人生の断片を拾い上げる。朝の霧が晴れるように、記憶はゆっくりと形をとっていく。今朝の私はエドガーという名前のようだ。壁一面の本と構築された言葉の迷宮に囲まれた詩人だ。


 部屋は古い木の匂いと、未知の恐れが混じり合った空気で満たされている。私のデスクは窓際に置かれ、そこから見えるのは、血のように赤い夜明けだ。窓の外では、黒猫が不気味な鳴き声を上げている。その声は、何かを予感させるような、不吉な旋律を奏でている。


 壁には古ぼけた肖像画がかけられていて、その目は私を見つめ、時が止まったような静けさで部屋を支配している。肖像画の中の人物は、私と似たような顔立ちをしているが、その瞳には私にはない深淵がある。まるで、彼らがこの部屋に何世紀も前から存在していたかのように。


 私はデスクに向かい、ペンを手に取る。しかし、今日の私が書くべき言葉は、心の中で渦巻く恐怖に呑まれ、形を成さない。私の心は、この場所に留まるようにという、見えざる力に引き寄せられている。それはまるで、私がここに縛り付けられているかのような感覚だ。


 そして、その黒猫の声が再び響く。今度はもっと近くで、もっと個人的なものに感じられる。私は立ち上がり、ゆっくりと窓に近づく。猫は私を見つめ、その黄金色の目は、私がこれまで見たどの人間の目よりも、知的で悲しげだった。


 黒猫はこれから起こることへの警告を発しているようだ。その声は、私の魂に直接語りかける。私はその黒猫が持つメッセージを受け取り、今日一日を過ごすために、再びペンを紙に走らせる。何を書くべきか、どの言葉を選ぶべきか、私にはわからない。しかし、私は書かねばならない。それが私の宿命だから。


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