【エピローグ】(4)
ルシード先輩といえば、彼の幼なじみ兼元彼女のエイナとは、この数年間で案外そこそこ親しくなった。
別に僕とどうとかでは全くなく、幼なじみの彼女として。
交際期間も長いし、このままいけば、結婚するかもしれない。
長い春でよくあるように、別れて即次の人と結婚するかもしれないけど、そこは勿論僕のあずかり知らぬところではある。
初級学校の同級生同士が付き合うのは、就職組あるあるではある。でも、聞いた時は、組み合わせとしては少し驚いた。
彼女の元彼と、今の彼氏である僕の実家の三軒向こうに住んでいる幼なじみは全く違う。そもそも彼女は初級学校の頃は、トビィのことをさほど気に入ってなかった。
それに触れることはさすがにしないけど、何年前かの同窓会の時、酔っ払ったノリを利用して、エイナにトビィのどこが好きなのか冗談交じりで聞いてみたことがある。
エイナは迷わず答えた。
「一緒にいて全く苦痛じゃないことよ。いい? これ大事よ」
「苦痛?」
聞き返すとエイナは頷いた。
「昔ね、キラキラする人と一緒にいたら、わたしもキラキラできるんじゃないのかなって思ってたの」
これは多分僕の幼なじみの話ではない。あちらもかなり酔っ払っているようだ。ベージュの髪を僕にはよく分からない結い方をしている、頬を染めた美女は、とてもつややかで色っぽい。
「わたしは村イチぶっちぎりで美人でしょ? ワシスでもわたしと同等以上なんてほぼいない」
「……否定はしない」
「そう。だから、当然キラキラした場所も似合うと思ってたんだけど、そういった場所で周りに照らされるのは息が詰まるのよ。わたしはこの村で自分で輝くのが好きなのよ。息の出来る相手とね」
エイナは穏やかに微笑んだ。具体的なことは何も分からないけど、多少は打算があるのかもしれないけど、それでも僕の幼なじみのことがちゃんと好きなようで安心した。
……僕だって彼女を忘れられないのは、唯一僕の存在にはっきり気付いてくれたという打算があるのかもしれないし。
僕が一番可愛いと思った子のことをふと思い出していたら、エイナはぴっと僕を指さした。
「いい? ユウ君もそういう相手を選びなさい。相手いないんでしょ。誰か紹介する?」
「……それ、大体俺の知り合いじゃないの?」
この村で生きることを選んだエイナの誰かと言ったら、大体僕の知り合いなんじゃないのか?
そう聞いたら、エイナは勝ち誇ったように言う。
「何言ってるのよ。ユウ君がいない間に結構外から人が増えてるのよ。首都の近くの工業の村、馬鹿にするんじゃないわよ」
「そうなんだ。次帰ってくる時にでも宜しく」
適当に返すと、エイナは満足げに笑った。そして、「あぁ」と両手を打つ。
「思い出したわ。キラキラといえばさ、ユウ君って、卒業して旅立つ前、ちょっとキラキラしてたわよね」
「え、何それ」
聞き返すと、エイナは真剣な目でこちらを見る。
「キラキラっていうか……何か特別な感じ? 浮気する気は一切ないというのを前提に、今更だから言うけど、だからあの時話しかけたのよ。ユウ君はキラキラしている割に、安定して安泰そうだったし」
その後、村イチの美女はいたずらっぽく笑う。
「まあ、結局ユウ君も外に行っちゃう系の人だったから対象外ね。トビィのがいいわ」
「なにその系統」
しかし、彼女がキラキラと称するものが、勇者の力だとしたら……。
キラキラでなくてピカピカとか。
「……なるほど」
あの時彼女が、何で僕を気にしたのかわかった。押し入れに詰め込まれた現在の勇者の公式が織り込まれたピカピカの魔除けの布を思い出す。あれは旅立つ一ヶ月前に母が持って帰ってきたものだ。
エイナとトビィは僕が中級学校に通っている間に交際し始めた。
時期から考えると、ルシード先輩は多分まだ騎士の学校にいて、冒険者になってはいなかったと思う。その時期、学生の僕と自警団のトビィは頻繁に会っていたわけではないし、何よりも当事者じゃないから事実関係は知らない。
勇者が生まれ育った村で、勇者の幼なじみとして育った、この村には不釣り合いな美女エイナ。
もしかしたら、エイナはルシード先輩が勇者になる物語の登場人物だったかもしれないとは思う。セアラよりも前に、勇者に惹かれる女の子。
先輩が勇者になる決断をする前にエイナが離れたのだとしたら、彼女は決まっていた役割を捨てることを、自分で決断したんだろう。ただの一般人の僕が気付かないだけで、多分そう言うことが世界には沢山ある。
そうだとしたら、マチルダさん達がやったことは意味があったんだろうなと思う。
勇者のルシード先輩と聖女セアラとその他の仲間だって、世界を救うということは同じでも、出会った経緯もやっていることも全然違うはずだ。
かつての勇者兼魔法使いと元魔王が作り続けた差分は、トリオが創造神との繋がりをなくした今はどんどん拡がっていくんだろう。
僕の幼なじみの大切な人となったエイナを見て、そう感じた。
仕事を変えてウヅキ村に戻ってから、そんな感じでたまにトリオの子育てを手伝ったり、マチルダさんに妙な距離の取られ方をしたり、あと幼なじみのトビィと遊んだりした。
トビィは村イチの美女と付き合いつつも、アイドルの趣味は辞めていない。
さすがに十年前と趣味のやり方は違っているんだけど、それはそれ。これはこれらしい。
彼とはたまにワシスに集合してイベントとかで会ってついでに遊んでいるため、案外久々ではない。
サツキ村に住んでた時は同僚と遊ぶことはあったけど、仕事を始める前からの仲の人々と会うとやっぱり気持ちが盛り上がる。
そんな感じで何だかんだ、休みの日は学生時代の放課後のような日々を楽しく過ごして、うっかり家を探す機会を見失って、一ヶ月経った。
僕が独り立ちした後、両親は夫婦二人だけの時間と自由を満喫している。今日と明日は休みをとってワシスに観劇に行って不在だ。
最近残業がある日もあるけど、今日は定時に仕事が終わった。特に用がないためまっすぐ家に帰ってきた。
お腹が減った。
明かりを点けるのも面倒くさく、暗い家の中をそのまま進んで、自室の明かりを点け、ベッドに鞄を投げた。
昔の物はあまり残っていない。十八歳で学生寮に行くためにここを離れた時は、また戻ってくるとは思っていなかった。これからはきっと、どこか自分の知らない新しい場所に行くのだろうと。
だから、思い切って本棚も机も処分してしまった。帰省用に、かろうじてベッドはある。
十五歳の時ほど親に無関心ではないけど、今更親と暮らすのもくすぐったい。親も二人きりの生活を楽しんでいたようだし、多分僕に日常的には構いたくない。さすがにそろそろ部屋を探す予定だ。
ウヅキ村も外部の人が増えたとはいえ、知っている人はそこそこ多い。サツキ村で、僕を知らない人達とすれ違う生活は心地よかったし、他の場所に住もうかなぁ。
最近は外を走る乗り物も多くて村や町の移動も楽だから、別にウヅキ村に住まなくてもいい。近くのカンナ村なら通勤に全く問題はないし、いっそワシスでも大丈夫かもしれない。ワシスは家賃は高いけど、知り合いの数以上に知らない人ばかりだし、学生時代とは違う何かがあるかもしれない。
就職以降は趣味もなく、ほとんど給料を使うあてがなかったから貯金もある。
独身二十代男性。そこそこの貯金持ち。
どこでも住める気楽さはある。
狭苦しい部屋で僕はこれから住む場所を考え、わくわくした。
今いる部屋には、引き上げた下宿から運んできた荷物の箱がまだ高く積み上がっている。圧迫感はなかなか凄い。
かといって、引っ越しを見据えている状況では、下手にバラして物を出したくない。
物を出したくないけど、この狭さは空気がよどむ。
僕は窓を見た。
少し風を入れるとしようかな。
今日の帰り道は風が気持ちよかった。
窓の側に立つ。
コツン。
何かがぶつかった音がする。家の外の小石でも飛んだのだろうか。危ないな。
そう思いながら、僕はカーテンを端に寄せ、窓を開き、様子を見る。
そこには一人の女性が、右腕を振り下げた状態で立っていた。
☆☆☆
次で終わりです。
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