【エピローグ】(2)

 トリオは書類上では僕の親戚と言うことになった。


 当時、役場の住民関係の仕事をしていた父さんがうまいことトリオを登録するために、何かそういうことになったらしい。彼は、トリオルース・ナセルでなくて、トリオとして生きることになった。


 十五歳の時から身内がいないトリオはちょっと嬉しそうだった。実際にうちの親と親戚みたいな付き合い方をし始めた結果、他の親戚とも付き合うようになっていた。


 僕がワシスやサツキ村にいるときは、トリオの方が親とは顔を合わせているんじゃないかな。独身の一人息子なんてそんなもんだ。


 マチルダさんとについては、かつてトリオはかなり消極的で弱気な発言をしていた記憶があるんだけど、しかし、二人は手続き上可能な限り最速で結婚した。


 そもそも彼らは本人達には抵抗できない横やりが入っただけで、元々は同棲した直後にあんなことやこんなことをしちゃう、数日後に書類提出予定のラブラブ婚約中のカップルだった。


 トリオも人間に戻ったことだし、お邪魔虫な僕やアリアがいない状態で二人きりでいたら、さらっと盛り上がっちゃったと思われる。


 昔、僕を家に連れて帰る途中は、傷心の僕に気遣ってか、まだスイッチが入っていなかったのか、二人ともそういう雰囲気は出していなかった。


 マチルダさん曰く、昔よりは優しくないらしいトリオは、鳥の時まではいかずとも、マチルダさんとぎゃーぎゃー口喧嘩する時もそこそこあったし。


 でも、自宅に戻った日、客間に泊まってもらうことにしたんだけど、二人がいる部屋をノックして開けたときのあの甘ったるい空気は今でも思い出せる。よりを戻したのはどう考えてもあの時だ。

 マチルダさんは若干とろんとした目をしていたし、 あまりの空気に胸焼けしそうだった。


 マチルダさんはともかく、トリオが人の家で本番はしないだろうけど、あれはキスくらいはしていると思う。

 まあ、キスくらいならいいよ、人の家で盛らなければ。


 二人とも恥ずかしがるほど若くもない年だからか、僕に見られてもあまり気にせず距離が近いままで普通に対応していた。

 その明らかに大人の関係があったであろう空気を漂わせる二人は、青少年の健全な精神の成長にはよろしくないと思ったよ。うん。


 いや、別に何かしてた訳でなく、単純に距離が近いってだけなんだけど、大人って凄いよね!


 糖度に胸を押さえる僕に、ついてきたベンは「だから言っただろ」とばかりにこちらをじろじろ見ていた。その直前までベンは何でか単独僕の部屋にいて、僕がトリオ達のところに行こうとする度に「自分を抱っこしろ」と主張して、足止めしていたのだ。


 この抱っこ好きの猿は喋らないだけで、人のような判断をよくしていた。


 本当は人間で、トリオみたいにニルレンに魔法で何かされたんじゃないだろうかと何回も疑ったが、トリオもマチルダさんも違うと言っていた。


 ちなみにその頃タマは父で遊んでいた。父とでなく、父で。


 母はというと、ベンとタマのために、当時は家の押し入れにまだまだ積み重なっていたピカピカの魔除けの布でチョッキを作っていた。これは結果的には二匹の礼服にはぴったりだった。


 トリオがウヅキ村所属となったのと同時に籍を入れた二人の結婚式は、二人とタマとベンとアルバートさんと、マチルダさんの師匠のロゼさん夫婦と、僕一家でこじんまりと執り行われた。


 アルバートさんはマチルダさんに教えてもらった空を飛ぶ魔法を、自分用に修正して飛んで来ていた。

 元魔王すごい。


 二人は文通を始めたらしく、その内容は近況もあるけど、趣味の魔法の公式についても熱いらしい。どちらも本職は魔法は関係ないんだけど、この世界の魔法のトップクラスの魔力を持つ二人の文通内容はなかなか凄まじそうだ。


 母曰く、結婚式というのは通常神殿で祈って神に誓うものらしいんだけど、創造神から世界を切り離した根源の僕たちが、結婚式だからといって神に祈るのはなかなか訳が分からない。そのため、参列者に神官のトップがいるけど祈りはしなかった。


 ただ、晴れ着を着て集まって、食事をしたくらいだ。


 それでも、着飾って寄り添う二人はなかなか幸せそうだった。黄緑色の鳥とスゴ腕美人短槍使いの出会いと口喧嘩に立ち会った僕としては、何だか感慨深かった。


 僕が二人の写真を撮ろうと近くに寄ったとき、ドレス姿のマチルダさんが花束を顔に寄せながら「やっぱりアリアに渡したいわねえ」と呟いていたことは、まだ覚えている。詳しくは知らないけど、花嫁の花束は、渡した相手に幸運を与えるらしい。

 僕の前では死ぬまでに会えればいいとは言いつつも、本心としてはやっぱりすぐに会いたいんだろうな。

 あの二人は本当に仲が良かったらしいし。

 僕は、戻ってこないアリアのために、花束の幸運を祈ったし、早く帰ってくればいいのにとも思った。

 花嫁には似合わない表情をしたマチルダさんに対し、トリオは何やらささやいて自身に寄せていた。マチルダさんも頷き、素直に身体を寄せ合い、花束を見つめていた。



 そんな結婚十年目位の御夫婦のお宅へ、僕はお使いをすることになった。

 互いの仕事の都合で別居なことも多かった二人だが、今は僕の家の近くに住んでいる。

 僕はチャイムを鳴らして彼を呼び出した。大きな音がした後、トリオが出てきた。


 若者という年ではないにも関わらず、彼の中性的で甘い顔は相変わらずだが、今は若干色あせた容貌になっている。これは日々の暮らしに疲れているせいだろう。


「トリオー。マチルダさんが何かこれ読めってさ」


 トリオは言われた通りに紙を開く。目を通し、僕を見た後「はいはい」と軽く笑った。


「まあ、とりあえずええか」

「え?」

「うん……そうじゃな。ユウ、悪いんじゃが、朝、明日の弁当を持って行ってくれんか?」


 生んだ記憶のない長女か……。

 放蕩娘につくすお母さんのようなトリオに、僕は頷いた。

 マチルダさん、娘と言うほどは若くないけど。


「いいけど、弁当について書いてたの?」

「いや、そういう訳じゃないんじゃけど、まあ、その様子だと中身は読んじょらんか」

「夫婦の言付けを読むわけないだろ。読んだ方が良かったの?」


 トリオが答えようとしたら、奥から叫び声が聞こえてきた。途端、表情を変え、部屋の中に飛び込んでいく。僕も追う。


 どうやら、年子の子供二人に食事をさせていたようだ。彼は整った顔を歪めたり、無表情になりながら、何ヶ月か前に二歳になった子供と、もうすぐ四歳の子供に振り回されていた。


 家事育児の主担当は彼なのだ。


 普通にトリオも村の農場で働き、たまに自警団の剣術指導もしている。ウヅキ村では若干珍しい農業だ。出荷用ではなく、ポーションの研究開発用の薬草畑の管理らしい。トリオの実家は農家で、彼の故郷である神の子ナセル族の村は薬草の産地だったらしく、ぴったりな仕事だろうと母が見つけてきた。


 神の子の村の薬草とは、ご利益がすごそうだ。それもあってトリオは自分の民族の言い伝えを「どこにでもある宣伝文句」と思っていたらしい。人ごと感が凄い。


 タマとベンについては、そもそも僕が会ったときからすでに年老いていたこともあり、残念ながらこの十年の間に天寿を全うしてしまった。


 そのためトリオの家庭のことを助けてくれる猫と猿はいない。マチルダさんもいたら普通にやっているらしいが、忙しい時はこのように孤軍奮闘しているようだ。


 うちの親も「実質孫」という気持ちでたまに手助けしているらしく、子供達はかなりうちの親に懐いている。


 そのおかげで、「親に孫を見せる」という行為を一人息子の僕が頑張らなくてもいい状況だというのは、非常にありがたい。


 彼曰く、一人での子育てはニルレンとマグスを倒したときよりも、コヨミ神殿で創造神との繋がりを遮断するために、世界の狭間に飛び込まされたときよりも、孤独で過酷らしい。


 勇者にさせられる予定だった彼は、勇者でないこの現実でも、なかなか常人では考えられない苦労はさせられてきたのに。特に世界の狭間なんて、普通の勇者なら行かない、選ばれし者ですらいかない訳わかんないところは本当に一人で頑張ったろうに。


 子を育てている人達はみんな凄いな……。産まれる子供の数だけ、世界を救うより大変なことをしている人がいる訳なのだ。人増やしてるんだものな。


 うちの親も、今のトリオのように苦労していたのかもしれない。


 親の心子知らずと言うことで、僕は当時のことなんて全く覚えていないけど。


 子が産まれる予定も、そもそも作るための相手もいない僕は、世の人達に思いを馳せて、トリオを少し手伝う。


 ……過酷だ。


 雑然とした部屋で、床に落ちた食べ物と食器を拾いながら、僕は思った。


 トリオにはめちゃくちゃ感謝されながら、僕は家で夕飯を食べるべく家へ戻ることに決める。


「もう少ししたら、マチルダも落ち着くらしいから、その時はユウ付き合ってくれ!」


「うん」


 彼の必死な願いに頷き、子供二人が絶叫する声を聞きながらトリオの家を飛び出た。

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