10.(7)

 トリオの言葉を聞いて、アリアは軽く息を吐いた。


「まあ、私が無理やり導くことにはしたけど、勇者の力を得たのはニルレン。これで、本格的にどうしようもできなくなった」


 何とか想定通りに勇者にしようと思った存在が、なんとも言えない理由で、言葉通り舞台から飛び降りてしまった。

 アリアは下を向いて軽く首を振る。


「わたしは最初は軌道修正する方向で創造神と調整してたんだけど……」

「だけど?」


 聞き返すと、それまで俯いてやや早口だったアリアは顔を上げ一回唇を噛んだ。


「何だか、凄く腹が立った」


 普段淡々としている彼女にはあわない、物凄く感情的な言葉が返ってきた。


「何で、あいつが勝手に決めた設定で、決めた話を辿って、理想を追求しなきゃいけないんだって」


 アリアはトリオを見て、片側のみ口角をあげる。


「ちょっと想定よりトリオさんが小物で、マチルダが大物だった結果、マチルダが勇者になった。それはそれで面白い」

「……バカにされちょらんか?」


 ひっそりと呟くトリオの言葉について、僕はなんとも返せない。小物代表の僕が言うのもなんだけど、魔王や勇者以前に僕の両親にすら翻弄される彼の性格が小物なのは間違いない。

 アリアは僕を見て微笑んだ。


「言い方は悪いけど、この世界はただの箱庭さ 。創造神も常にいるわけではない、思いついた時に箱庭を楽しむ。その時に気が向いた話を楽しむために存在している」


 彼女は説明をし始めた。


「この世界に生きるものたちは全て創造神の希望通りに進められるように、制限されている。物語を楽しむための舞台の整備のために」


 アリアはマチルダさん、アルバートさんの方を示すべく、開いた右手を動かした。


「例えば、マチルダやトリオさん、アルバートのような主要人物は行動範囲に選択肢や自由はあるけど、話を成立させるために、性格や考え方に制限がある」


 そして僕を右手の人差し指で示す。


「その反面、ユウみたいな一般人は手間の関係でその辺あまり細かく制限できなくて、案外色々な人はいる。でも行動範囲を制限してる。そうすれば取得情報は少ないし、変わり者も集団に飲み込まれるし、何も変わらない」


 変わり者。

 多分、僕の両親はそこそこ変わった性格だ。でも、ワシスとウヅキ村、その隣のカンナ村までしかいかないし、知らない人が見ると、多分普通の共働き家庭だ。

 僕たち一家はそうやって暮らしてきた。

 説明の区切りがついた彼女に、僕は確認した。


「その、案外だから、僕は違和感をもったということ?」


 アリアは頷いた。


「主要人物がかけられている考え方の制限も、一般人ならすり抜けられる場合もある。ユウは頭いいし」


 つまり、僕はただの村人だから、この世界のおかしなところに気付いたというわけで。

 だから、僕は聞いた。


「じゃあ、通常旅に出ないはずの僕は、何で旅に出たんだよ」

「たまたまよ」


 僕のこの問いについては、アリアではなくマチルダさんが言い切った。

 強い口調に僕は戸惑う。


「え、いや、たまたまって」

「うーん、正確に言うと、わたしたちがやってきたことに対する結果なんだけど、別にこの二人が旅立つとまでは想定していなかった。だから、たまたま」


 マチルダさんは腕を組んだまま、天井を見上げた。


「わたしはここで勇者の力を得た後、アリアからこの世界の話を聞いた。それで、わたしが勇者になったような結果が他にも欲しくなったの。わたしたちがこっそり色々積み重ねたら、結果的に思いもつかないようなことが起きないかしらって」


 組んでいる腕の拳の握りが少し強くなった。


「創造神は物語を終わらせた後、新しい話のために帳尻合わせをしようとしていたの。抵抗できないことも多いけど、せめて何かこっそり変化を出して、抵抗したいと思った」

「例えば?」


 僕の問いにマチルダさんが軽く首を捻る。


「うーん、分かりやすく大きな話があるといいんだけど……。とりあえず今すぐの結婚は消されるとアリアに反対されたし」

「ん? 籍入れなかったのってそれが原因か?」


 トリオの質問にマチルダさんは表情を明るくした。


「そうなのよ! ごめんね! 本当はプロポーズされたその足でそのまま役所に行きたかったけど、わたしたちの立場上盛大に祝われそうだし、控えた!」

「……らしくないとは思うとったけど、その場ではさすがに困るのぅ」

「信条無視して悪いわね。わたしも人妻になりたかったわぁ」

「トリオさんめちゃくちゃ言い訳がましかったものねぇ」


 頷きながら、アリアを見たマチルダさんは「あ」という。


「小さい話、思いついたわ。例えばアリアの話す内容がひわ」

「それは言わないでくれないかな!」


 頬を赤くして、アリアはマチルダさんに飛びついた。


「え、な、何の話?」


 アリアの怒る理由が分からなくて、僕は戸惑った。トリオは首を捻る。


「アリア、あれ、演技じゃのうて本性じゃろ?」

「失礼だな! ちょっと面白くなってただけだ!」

「……面白くはあったんか」


 呆れるトリオの言葉に、抱きついたまま頬を膨らせるアリアにマチルダさんは笑いかけた。


「まあ、それ以外でもわたしも役立ったもんね」

「……本当に妙なことばかり知識がついちょったよな」


 マチルダさんの肩に顎をおいて、アリアはトリオを睨む。


「言っとくけどさ、ウブな私に色々と言ってきたのはマチルダだ」

「ん?」


 トリオは首だけをマチルダさんに向けた。マチルダさんは手を振りながらカラカラと笑う。


「あはは。行く先々の本屋でこっそり買って、夜中に二人で読んでたけど、最初の恥ずかしがるアリア可愛かったわー」

「……おかげですっかり染まった」

「……え?」

「学生時代や研究所時代もよくやったけど、何でああいうのってもりあがるのかしらね」

「魔法使いって本当にそういうの好きだよね」

「探究心と言ってほしいわ」

「……え?」


 マチルダさんの肩越しに、勝ち誇った顔でアリアがトリオを指差す。


「年下の女の子が清純派なんて単なる幻想だ! トリオさん」

「妙な開き直り方するな!」


 何だか物凄くはぐらかされた気がするけど、とにかくマチルダさんとアリアが何かを色々やろうとしていたことは分かった。


「……どうせ答えてくれなさそうだから話変えますけど、帳尻合わせって何なんですか?」


 次の僕の問いに、マチルダさんは答えてくれる。


「そうねぇ。新しい話の始まりってとこかしら? ね、アリア」


 話を向けられたアリアは、ようやくマチルダさんに抱きつくのをやめる、


「神殿でアルバートがかつての記憶と力を取り戻して魔王となる。その衝撃で神殿のガワは壊され、勢いでハヅは滅ぶ。世界を支配する中、世界では多くの死傷者が出る。そんな中、マチルダは新たな勇者の仲間に加わる」


 さらっと言われたその言葉を聞いて、僕とトリオは一斉にアルバートさんを見た。アリアが注釈を加える。


「あのアマのご要望通りだったらだよ。魔王が引き返せないように故郷滅ぼすなんて、悪趣味だよね」


 僕たちに見られたアルバートさんも軽く笑う。


「心配するな。そのための対策は行っている。その一つとしては、神殿もハヅの可能な限り盤石な補強工事だな」


 神殿の一階や、建物を囲む塀はかなり頑丈そうなものだった。

 あまり詳しくはないけど、魔法の呪文もかなり書き込まれていた。多分、防御魔法の公式だろう。


 僕は昨日会ったアルバートさんの家族。

 孫のアメリアさんと、アルバートさんの奥さんを思い出した。

 アルバートさんにとってはあれが当たり前で、魔王は選択肢ではない。


「そもそも、とうに魔王としての記憶や力は取り戻している訳だからな。気づかないように調整されていない、ユウ君が怯えたように」

「……あ、そういうこと」


 本当に、僕はこの地に来る予定じゃなかったんだなとよく分かる。


「わたしたちはつまり、そのまま平和に暮らしたいわけなのよね」


 僕の頬はもっしゃりした。

 トリオはアリアに向かって翼を動かしたのだ。


「最終的な目的は分かった。じゃあ、アリアはワシに何をさせようと思ってここまで連れてきたんじゃ? ただの派手な鳥にして」


 苦笑いしながら、アリアは言った。


「一つ目の理由は避難かな」


 避難。

 思ってもいなかった言葉が出てきたので、僕は息を飲み込んだ。


「勇者ではないあなたには『その後、平和に暮らしました。めでたしめでたし』の結末はない。話の幕が下りた後、消される仕組みができていた。創造神でも扱いかねる力を持つマチルダは、力が弱まるまでは記憶を都度消して、舞台に配置して使い回すことになった」


 アリアの話にふうとマチルダさんは息を吐き、トリオを見つめた。


「つまり、わたしはそれが嫌だったの。あんたがいない世界なんていたくないし、あんたを忘れたくないの」


 そのまま僕へと近づき、トリオを掴んで自分の左腕に乗せる。


「そこでアリアと考えたの」


 マチルダさんは左腕をそのまま上げて、背筋を伸ばす。


「もし、トリオが消えなかったら? わたしが戻らないはずの記憶を取り戻したら? 舞台の合間の創造神が見ていない間に様々な事が沢山起きていたら? いざ、新しい勇者との話を始めようとしたときに創造神はどこまで追いつけるのかしら?」


 マチルダさんは天井を見上げて、アリアのようににやりと笑った。あまり高くない天井だけど、マチルダさんは多分、それを突き抜けた向こうの向こうを見上げている。


「そう思って、わたしはあんたをこの時代に飛ばした。あんたと最後に顔を合わせる瞬間、わたしがこちらに飛ばされて、トリオが消される瞬間を狙って、わたしが飛ばされる勢いに乗せてね」


 マチルダさんはトリオに柔らかく微笑んだ。


 勇者となった魔法使いは愛する存在を守ることと、創造神への反発心で、トリオをこちらに連れてきたようだった。

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