6.(3)

 女の人はトリオを見た。


「あら、その鳥さんはお喋り出来るんですねぇ。可愛らしい鳥ですね。何て言う名前なんですか?」

「……それに、違うな」


 考え込んでいるのか、女の人の言葉が入っていないらしいトリオは、僕の右肩でもう一度呟く。

 マチルダさん僕に近づき、言葉を繰り返すトリオのくちばしを押さえた。トリオはマチルダさんに抵抗してばたばたと翼を動かす。赤いちょんまげがひょこひょこと動く。


「あんたちょっと黙ってなさいよ。話の途中に申し訳ありません」

「いえいえ、そんな」


 鳥が喋ったことについてか、マチルダさんが鳥のくちばしを押さえていることについてか、両方か。女の人は目をぱちぱちとさせながら、マチルダさんと僕の肩を交互に見ていた。

 トリオは最初じたばたしていたが、やがておとなしくなった。

 その様子をちらりと見てから、アリアは僕の横から一歩前に出て言った。


「そうだ、お手数おかけして大変申し訳ありませんが、長老様にお会い出来ませんか? 私たちをここに泊めて下さるお礼を言いたいんです」

「そうね。お嬢さんの言う通りね。ちょっと待っていて下さい」


 女の人は引き続き不思議そうにトリオを何回か見た後、部屋を出て、扉を閉めた。


 それから、マチルダさんはトリオを睨んだ。


「ちょっと、あんたね、せっかくこれからお世話になる人を前に何ぶつぶつ言ってんのよ。少しは礼儀正しくすることを知りなさいよ」

「いや、じゃから違うんじゃって!」

「何がよ!」


 トリオはバタバタと翼をはためかせ、マチルダさんを睨んだ。どちらとも、いつもの楽しんでいるようなじゃれあってるような口調でなく刺々しい。

 そんなマチルダさんとトリオの間に入ったのは、アリアの声。


「落ち着いて。トリオルースさんもマチルダさんも」


 彼女の声は大きくはなかったが、一人と一羽は黙った。


「まず、トリオルースさんの言うことをちゃんと聞いてから判断しなきゃね。あなたは何が違うと思ったのかい? あなたは普段そんなことしない」


 アリアはトリオをじっと見た。

 そう、救世主だの英雄だの勇者だののパートナーという立場だからか、もともとそういう性格なのかは知らないけど、トリオは基本的に何かを無理やり進めることはない。


 若干口は悪いし、性格は思ったよりも物凄く後ろ向きだけど、多分まともな大人だ。出会った当初とテービットさんとマチルダさん相手以外にそんなに無礼なところを見たこともない。

 僕の家でも、トリオは結果的に僕の両親に押される程度には控えめだった。


 そこは押してほしかった。


 ちなみに、当初はノリで旅立たせようとした僕の両親も、二日間トリオと接した後は彼のまともっぷりについてかなり信用していた。最終的には「トリオさんなら安心ね! ユウをよろしくお願いします!」とにこにこと送り出していた。


 そこはためらってほしかった。


 トリオは視線を少し彷徨わせてから言った。


「ニルレンはそんな、祀られる様な立場じゃない」

「でも、土地神なんてそんなものでしょ? あんたがいない間に神格化されたんじゃないの?」


 マチルダさんがいうことは、この国ではよくあることだ。一つの神様を信じる人もいるけれど、神という存在は成り立ちも強さも信じる人もそれぞれだし、大体の人は何となく沢山の神を認識して、様々な信じる人と共存している。

 丸暗記した歴史の教科書を思い出しても、その感覚は二百年前というか、数百年前から特に変わりはないと思う。

 だから、当然あり得る考えなのに、トリオはそれを拒否した。


「ニルレンは人間なんじゃ。神じゃない。勇者や英雄や救世主みたいな存在だとしても、人間なんじゃ」

「……あんたがそう思いたいなら、それが正解でいいわよ」


 マチルダさんは右手で髪を軽くかきながらため息をつき、もう一度僕の右肩を確認した。


「じゃあさ、もう一つ。あんたが違うって言ったのは何? 何が違うわけ?」


 問われた黄緑色の鳥はぼそりと言った。


「……この村が祭をやっちょったのは確かに今日の日付じゃが、神殿に行ったんは今日じゃないわい。一週間後のことじゃい」

「で、でも、別にそれぐらい大差ないじゃない」


 その言葉に対し、トリオは真っ直ぐマチルダさんを見た。


「ワレのその顔でそげこと言わんでくれんか?」

「な、何よ……」


 いつもよりも静かな抗議に、マチルダさんは面食らった表情になった。トリオは息を吐く。


「……悪い。ワシにとって、物凄く覚えやすい日付というだけかもしれん。神殿に行ったのはニルレンの二十歳の誕生日じゃ。二百一年前の今日言うたらまだニルレンは十九じゃ。その時は神殿の神を祀る祭りじゃった」

「誕生日……?」


 その言葉を聞いた途端、マチルダさんの表情が変わった。


「ちょ、ちょっと待って」

「何じゃ」

「そ、その……あんたの、その」


 面倒くさそうに言うトリオに、戸惑いながら何かを確認しようとするマチルダさん。


「ストップ。来る」


 アリアは途切れ途切れのマチルダさんの言葉を止めた。マチルダさんは、何かそのまま丸飲みしたみたいに、気持ち悪そうで何とも言えない中途半端な表情をした。肩の上のトリオも俯いて首を振った。

 扉はすぐに開いた。


「ハヅにようこそ来てくださった。儂はハヅの長老のグスタフと申します」


 開いた途端に、そんなことを言ったのは明るい雰囲気の小柄なおじいさん。僕の祖父母よりも年上だと思う。だぼだぼした服を着ていて、何だか分かりやすくこの村の重鎮だとわかる。それからおじいさんは僕たち三人と一羽をしげしげと見た。


「長老様じきじきに歓迎していただけて、光栄です。有り難うございます。私はアリアと申します。そしてユウ、マチルダ、こちらは鳥のトリオです」


 まだ上手く口が動かないらしいマチルダさんに変わって、アリアが応答した。普段『トリオルースさん』と言っている彼女だが、これから始まるお祭りの主役のパートナーの名前の鳥というのも変だからか、略称を言っている。


 ギリギリ国内の西の端っこの出身だからか、トリオルースって名前もかなり珍しいからね。他には聞いたことがない。

 人形みたいに可愛いアリアの無害そうな様子が気に入ったらしい。長老さんはにこにこと笑った。


「このように何もないところですが、今日はちょうど祭です。旅人さんたちも参加して下さい」


 やった。参加できるのか。僕は密かに浮かれた。アリアは引き続き会話する。


「そうなんですね。それでは、お言葉に甘えさせていただきたいと思います」

「祭はあと二時間で始まります。それまでに汗を流してはいかがでしょう。裏にはハヅが誇る温泉がありますよ。村人達も祭の準備で忙しい今なら空いているはずです。楽しんで、是非お知り合いに宣伝を」


 妙に親切だと思ったらなるほど。観光客が欲しいのか。


 祭の飾りはきれいで何だか面白そうだし、疲れた身体に温泉はとても魅力的だ。でも、ハヅって他の町村から離れているから難しいところがあるよね。

 アリアは振り返り、僕らを見た。マチルダさんは頷いた。


「ありがとうございます。では、そうさせていただきます。場所を教えて下さいませんか?」


 そうして僕たちは借りたたらいとタオルを持って温泉へと行くことになった。



☆☆☆☆☆

この世界での神の捉え方は日本の八百万的な感じです。

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