森の夜更けと記憶の話

【閑話4】(1)

 村や町の間は森や草原が多い。コヨミ神殿に近づくにつれて、どんどん森が多くなっていく。当初のトリオとの二人旅の時のようにちょいちょい都合の良い場所に宿屋があるわけではない。


 基本的には平和な国ではあるけど、夜は魔物も人も昼とは違う表情を見せる。僕らのように、若い女性と子供二人と鳥一羽なんてなおさらなのだ。


 魔物避けの準備はもちろんしているし、トリオが防犯用の魔法は念入りにかけてはいる。しかし、三人プラス一羽で揃って寝ては不用心すぎるため、どこかで野宿するときは、僕たちは二交代制で眠ることになっていた。


 今回は僕とアリアが早番で、トリオとマチルダさんが遅番だ。遅番の方が眠くなる前に寝ないといけないとか、明るくなる前に起きなきゃいけないとかで負担は多い。これについては、鳥とはいえ旅慣れているトリオと、一人旅をしていたマチルダさんが、若者はたくさん寝て成長しろと主張する。


 そういうことで、たまに入れ替えることはあったけど、僕とアリアは早番を担当とすることが多かった。


 トリオとマチルダさん、この二人を組ませてどうなるんだとは最初思ったけど、遅番時に何かあったのか、最近、妙に一人と一羽で盛り上がっている時もある。本当にあいつら何だかんだ言って仲良いよなぁ。


 さすが――おっといけない。


 尚、アリアとの組み合わせについて、トリオには真顔で「ユウ、たまに話である、森の中で隠れて二人どうのこうゆうシチュエーションはあれは創作じゃ。地面は痛いし、洗う場所はのうて、そんなんやっちょったら襲われるか、衛生面の問題で死ぬぞ。そもそも責任がとれる年齢になるまでそういうのは止めた方がいい」と言われた。


 基本的に生真面目でマチルダさんに対して以外は変なことを言わないトリオだが、この方面だけはやたら細かく言ってくる。


 やらねーよ。やると言ったことないだろ。二百年前はそういうのが流行ってたのかよ。


 人に気づかれにくい特性上、男子界隈で、その手の本の入手担当になっていた気もするが、トリオが言ってくるそのシチュエーションがそんなに多かった記憶はないぞ。


 色々と疑問が湧いてくる。


 尚、実際に試したことがあるからその物言いなのか確認したら、それはもの凄く怒られた。自分が言い出したことなのに。納得は出来ない。


 僕はため息をつきながら、正面の美少女を見る。もうすっかり夜とは言え、彼女の姿は明るく見える。


 いや、これは僕の幻覚とかではなく、アリアが持っていた旅用のランプの力だ。辺りはすっかり暗いんだけど、ランプから半径一メートルくらいは本も地図も問題なく見える。高級品だ。そういうことで、昼間とそこまで変わらないくらいの彼女の姿を確認することができるのだ。


 今、アリアの長い金髪はゆったりと横で一つに纏められている。アリアの雑な纏め方について耐えかねらしいマチルダさんが「いい加減我慢できない!」と手を出したのだ。いつもとはまた違うゆるりとした雰囲気が本当に可愛い。


 マチルダさんありがとう。


 僕にとっては新しい魅力の発見だったそれは、しかし、アリアにとっては不服なものらしい。僕が渡した本を両手で抱えながら、アリアは口を尖らせていた。


「面倒くさい。私がどんな風にしようが、別に何だっていいじゃないか」

「うーん。でもさ、やってくれるなら楽でよくない?」


 見る分には、アリアご本人の雑な纏め方よりは、マチルダさんがきれいに纏める方が格段によい。

 しかし、彼女いない歴年齢の僕には、女性の髪型についてのフォローの仕方は当然分からないため、その髪型が可愛くて似合うとかは当然言えずに、無難なことを返す。


 そしてそれは、アリアの慰めにはならないらしい。


「良くない。一つか二つならいいけど、沢山髪型試されるから面倒くさい」


 今までの人生で髪を結んでもらった経験がない僕は、その辺はちょっとよく分からない世界ではある。なんとも言えない感想を伝えることしか出来ない。


「まあ、マチルダさん楽しそうではあったね……」


 マチルダさん。彼女自身の髪は肩までくらいで、多分結べない長さだと思うんだけど、アリアの髪をいじくるのはもの凄く楽しそうではあった。最終形態に落ち着く前に、高く結んだり、下に纏めたり、二つにしたり、一人で喜んでいた。


 女の子の髪型なんてよく分かんないけど、長い方が色々やりようがあるという位は見当はつく。あと、多分自分の髪よりも人の髪の方が扱いやすいだろうと言うことも。


 僕とトリオがふくれっ面のアリアをハラハラしながら見守っている中、マチルダさんは本当に楽しそうだった。


 アリアが大きな目を開く。


「そう! マチルダさんたら、あんなにキラキラと輝かんばかり、いや、輝く表情を見せてくるなんて卑怯だ! あんなに可愛い顔を間近で見せられたら、私は何も言えないんだ! あの愛らしさと美しさは罪すぎる」

「……本当に好きだね。マチルダさんのこと」

「あんな魅力的なのに、嫌いだったり、無関心になる理由がないじゃないか。ユウはそう思わないのかい?」


 言い切るアリア。


「うーん、僕はどちらかというと……」


 その続きを言えるほどの勇気と人生経験は今のところないので、そこまでで飲み込んでおく。

 僕はマチルダさんの見かけについて、割と美人だとは思っているけど、異性としてはそれ以上の感情はない。旅の仲間としては、頼りになるし、格好良いし、好きだけどね。仲間としては。


 そんな一歩引いた僕を見つつ、アリアは今日のマチルダさんの可愛かったところを一つ一つ上げていった。


 出会ったときからがちゃがちゃ褒めまくっていた記憶はあるけど、アリアは本当にマチルダさんのことが大好きだ。


 マチルダさんは人に対して物理的な距離が近いんだけど、一歩引こうとする僕やトリオと違い、アリアはむしろ一歩前に進んでいる。相手方も特に不満はないらしく、そうして二人で結構ベタベタする距離になっている。


 ……そういうところは、マチルダさんが羨ましいとは思っちゃうんだよねぇ。


 いつものようにピンクの頬で力説するアリアに適当な相槌を打ちつつ、雑談は雑談らしく、たわいなく話題は変わっていくのだった。

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