5.(4)

 僕とトリオは息を飲み込んだ。僕の視野の端の方で、アリアはただマチルダさんを見つめていた。表情は読み取れない。

 マチルダさんの発言から、僕は対応する言葉を探した。


「……記憶喪失?」

「ええ、師匠もそう言ってたわ」


 マチルダさんは軽く俯いたけど、すぐに顔を上げ、軽く笑った。


「そうね。どうせそのうち話すつもりだったから、今言っちゃうわ」


 そう言って、マチルダさんは僕らを見渡した。


「それが、わたしが魔力の泉を探す理由。私は四年前、ムツキの森近くで倒れてたところを、師匠、えーと、ルゼっていう短槍使いなんだけど、その人に拾われたの」


 拾われ、目覚めたマチルダさんの頭に残っていたのは『強い魔力』と『十九歳』という言葉だけだったらしい。

 強い魔力については全く検討がつかない中、見かけはその位だから、恐らく実年齢と判断した。

 記憶をはっきりさせるにしても、どんなことになるか分からない。まず、自分の身を守れるようにしてから考えなさい。そう言われたので、マチルダさんは師匠とその夫が住む道場に弟子として住み込み、ひたすら短槍の修行に励んだそうだ。


「性に合ってたみたい。他にやることもないし、かなり急ピッチで練習したのもあるけど、師匠も驚くくらい、すぐに身についたわ」


 確かに、四年程度であれだけの腕になれるというのは、めったにあることじゃないだろう。才能はあったんだね。


「それで二ヶ月前、わたし、師匠に旅立つ許可を貰えたの。だから、ずっと気になってた『魔力』を探す旅に出ることにしたの。何か分かるかもしれないから」


 魔力はそこらに溢れている。わざわざ『強い魔力』というぐらいだから、きっと魔力のたくさんある場所、魔力の泉を当たれば見つかるのではないだろうか。


 そう思ったマチルダさんは、旅立ってから今までの二ヶ月間、たいした期間ではないが、人に魔力の泉の話を聞いては、そこへ行き、ピンとこなかったらとまた他の人に話を聞き――ということをやってきた。


 そうして、僕とトリオに会った訳だ。

 マチルダさんは静かに言った。


「理由は分からないけどね、わたし、あなた達と一緒にいたら、強い魔力が何なのか分かるような気がするの。だから、ちょっと無理やりだけど仲間に加えさせてもらったわけよ」


 その言葉を聞いた僕は、視線を下ろした。何も上手く言えそうにないから。トリオは頭を下げる。


「すまんな。調子に乗っていい過ぎた」

「あんたはそんなもんだし別にいいわよ。それに、気を使わなくてもいいわ。四年間過ごしたんだもの。もうすっかり慣れた」


 そう言い、マチルダさんは笑った。


「これでわたしの話はおしまい。えーと、ユウ君の話。ユウ君の看病についての話に戻りましょ」


 仕切り直しというべく、パンパン、とマチルダさんは両手を打ち合わせた。

 でも、気まずいのは変わらないわけで。

 何とも言えない空気が、僕たちの周りを漂った。


「それだったら、魔力の泉じゃなくてコヨミ神殿に行ってみようか?」


 淀んだ空気を祓ったのは、鈴の音のようなアリアの声。僕はマチルダさんと首をかしげた。


「コヨミ神殿?」

「うん。強い魔力だったら、魔力の泉よりは神殿に行ってみたほうがいいよ。コヨミ神殿は全ての力を創造する。無論、魔力すらも」


 何となく聞いたことがある気もする。受験の歴史の単語帳で覚えたっけ?


「それ、どこにあるの?」

「フミの町から西南の道をずっと行く。それで」

「レキ川の向こうの森の中の集落の近くにあるんじゃろ?」


 アリアの言葉を、トリオが繋いだ。それにアリアは頷いた。


「そもそも、ワシはまずそこへ行こう思うちょった。あそこの祭壇は別世界みたいなもんじゃし、ニルレンにあそこに行けい言われちょるからな」

「あ、そうなんだ?」


 僕の言葉に対し、トリオはため息をつく。


「……ユウ、真面目に聞いていないのは知っちょったけど、せめて目的地くらい覚えちょれ。全部、ご両親と打ち合わせしているときに話した内容じゃぞ」


 ごもっともな意見に、僕はよそ見をして右手で頬をかいた。

 あの時はやる気がなさすぎて、話半分未満に聞いていた。覚えていることはほとんどない。

 ……剣の使用期限に気が付かない程度にやる気がなかったことについては、反省はしてます。はい。

 トリオはアリアに向く。


「昔、というても、ワシにとってはたいして昔にも思えんが、行ったことがあるんじゃ。昔、ニルレンと仲間達と……って、ワレにはこのことは言っちょらんか」

「ううん。聞いたよ」


 何食わぬ顔で言うアリア。


 嘘つき。


 ちらりとこちらを見た辺り、僕の抗議の視線は気付いているようだが、それ以上は向かないようにと顔を背けている。

 トリオは首をかしげる。


「そうじゃったか?」

「うん。ニルレンとその仲間達がマグスを倒す経緯から、ニルレンに鳥に変えられて卵になったというところまでは知ってる」


 いけしゃあしゃあと、アリアは元々持っているであろう情報を伝えている。


「そうか。で、ニルレンはコヨミ神殿で神様から力を戴いたんじゃ。マグスを倒すためののぅ」


 神様、ねぇ。

 現実感のない話だ。

 懐かしいのだろうか。トリオは部屋の窓の向こうの森の向こうのもっとずっと遠くを見るように、目を細める。


「二百年後の神殿か。どんなになっているんじゃろうのう」

「まあ、それなりってところじゃないのかな」


 にこにこと、どんなアイドルの写真よりも実に愛らしくアリアは微笑む。


「さて、どうする? 場所知ってるから、行くなら案内できるよ。トリオルースさんも知らない今の道」


 アリアは僕ら二人と一匹を見渡した。僕らは顔を見合せ、頷いた。


「手掛かりが少しでもあるというのなら、わたしは行きたいわ」

「もともと行くつもりじゃい」

「僕はトリオに従うよ」

「……じゃから。……まあ、ええわ」


 トリオがぶつぶつ言ってたが、結論としてはみんな異存はない。

 と、いうことで、僕らは明日コヨミ神殿に向けて出発することになった。

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