4.(3)

 僕の目の前には、現実離れした可憐さをもつ少女がいる。


「き、君は……」


 問おうとした僕に対し、彼女はフッと笑った。


「私のことは後でということにしてくれないかな。それよりも、あそこで必死に敵を引きつけている可愛いお姉さんを、いつまでも放っておくわけにはいかない。手助けするから、今関係ないことは後でにしようね」

「そうじゃな。串刺し女がバテてしまっては困る」


 さらりとかわしたその発言に、トリオは同意した後、じろりと見た。


「で、ワレ、ワシの魔力があるゆうんか?」

「うん。ただ、今は質が変わった結果、出力方法は異なっている。で、これさ」


 軽く微笑み、少女は赤いポシェットから金色の鎖のペンダントを出した。それをトリオの首にかける。

 トリオの首には、旅立つ際に母から持たされたピカピカな魔除けの布のお守り袋と、金色の鎖2つがぶらさげられることになった。


「な、なんじゃい、これは」

「分かりやすく言うと特注魔力制御首飾りかな?」


 意味は分かるけど、全然分かりやすくないよ。


「ま、胡散臭いかもしれないけど、試してみてよ」


 顔をしかめながら、首をひねったり、羽を動かしてみたりするトリオ。


 僕はマチルダさんの様子を見た。魔除けの呪文が少しは効果があるらしく、マチルダさんの攻撃をテービットさんはかなり嫌がっている。でも、それが決定打になるということはなさそうだ。


 大体、マチルダさんも疲れ始めている。だけど、回復の魔法をかけるには距離が遠すぎるし、僕の剣では足手まといになりかねない。向こうには近づけない。


 ……僕に出来ることはないのだろうか。


 少女が出てきてから、余計をそれを強く感じるようになった。

 何にも出来ないのに、ここにいるというのはおかしくないか?

 いや、そもそもなんで僕はこんなところに入りこんだんだっけ? 何でこんなに突然戦う羽目になっているんだっけ?


 おかしい。何かがおかしい。

 こんなこと、僕の今までの人生では考えられなかった。


 違和感が稲妻みたいに体中を走る。頭がずんと重くなる。

 俯いた後、ふっと僕の耳元に気配を感じた。


「少年。落ち着くのは難しいだろうが、一回深呼吸した方が良い」


 そう言った後、少女はまたトリオに向き直る。


「どう? これで大丈夫かい?」


 満足したらしい。少女の問いに、トリオはぶんぶんと首を縦に振った。


「ああ。礼を言う。悪いが、しばらく時間をもらうぞ」

「うん。任せてくれ」


 トリオたちの方は終わったらしい。次は早速トリオの魔法に移るのだろう。

 が。


「あ、そっちはダメ!」


 マチルダさんの叫び声。テービットさんの気がこちらにそれたらしい。ヤバイ。

 焦る僕に構わず、少女は冷静に言う。


「少年。君は見かけが派手な魔法持ってないかい? 目くらましみたいなの」

「あ、一応習ったことは……」

「本当かい? なら、私と一緒にそれを打ってくれ。二人分なら、あいつに対しても効果がある」

「で、でも僕の力じゃ」


 すっと彼女は右腕を伸ばす。


「大丈夫だよ。その後は、端麗なお姉さんを回復させて、鳥さんの援護をするように言ってね」


 コロコロと鈴が転がるような声なのに、彼女の話し方はとても落ち着いていた。暖かさというよりは、知的さというか、冷静さが強かったけど。まあ、そのおかげで、テービットさんに対する焦りは少し和らいだ。


「さぁ、一番簡単なのでいい。行くよ」


 お互いに合図をしあい、僕は札を握って目くらましの魔法をテービットさんにぶつけた。同時に、少女も何か白いボールみたいのを投げた。それらはぶつかり、かなり派手に光った。


 テービットさんはそれに驚き、崩れる。

 光が消えると思った瞬間、少女は追加でボールを相手に投げるを繰り返している。


 その隙に僕はよろけそうなマチルダさんに走り寄り、ポーションを取り出して渡した。ふと、ラベルの製造元表示の懐かしい故郷が目に入る。母親の勤め先の製品だ。


「もう一回魔除けかけておきますね。あと一応これ食べて下さい」


 マチルダさんにサブレを渡した。モリモリサブレという怪しげな名前の新製品だったけど、肉体労働の後に、という広告文句だった。それなりに即効性はあるらしい。

 彼女がサブレを二口で食べている間に、僕は札を千切ってマチルダさんに呪文をかけた。


「ありがと」

「いえ、それよりもトリオ守らなきゃ。魔法唱えているんです」

「バカ鳥に近づけなきゃいいのね。分かったわ」


 マチルダさんは短槍を握り直すと、また凄まじいスピードでテービットさんの方へと走っていった。サブレ、効果あったのか?


 交替で少女が僕の方へやって来た。


 軽く息をつき、少女は僕に笑いかけた。純粋な微笑みというよりは、片側の口角を上げただけではある。そんなでもその笑みはとても可愛い。だけど、僕の心は何でか落ち着かない。頭がまた重くなる。


 可愛いすぎるというのとは恐らく違う問題で。絶えず、視線を動かして、少女に気を取られないようにするので精一杯だ。

 そわそわと周りを見る僕が、トリオやマチルダさんを心配していると思ったらしい。少女は言った。


「大丈夫だよ」

「うん……。でも、トリオの方は大丈夫なの?」

「あちらは任せとけば良い。それよりも、君、これ被った方がいいよ。鳥さんの魔法の被害受けるかもしれないしさ」


 そう言って、少女は水色の薄っぺらい大きな布を一枚僕に渡し、自分も同じような物を被った。多分、害はないだろう。そう思い、僕も少女の見よう見まねで被ってみる。


「ありがとう。でも、マチルダさんは?」

「大丈夫だいじょうぶ。あの魔法当たらないから」


 それは確信の口調だった。どういうことかは分からないけど、僕は、その言葉を信じるしかない。

 トリオを見てみる。トリオの周りには黄緑色の魔力のオーラが立ち込めている。さすがずっと呪文を唱えているだけあって、かなり強そうな魔法だ。マチルダさんはそれを確かめながら、トリオを守ろうと必死だ。


 出会ってから今まで、あまり時間は経ってはいないが、それでも口ゲンカ以外はほとんどやっていない一人と一羽。こうやって協力し合っている

姿を見ると、ある意味感慨にふけりたくなる。

 一人と一羽、ずっと戦っていれば口ゲンカせずに静かだろうに。いや、それもまたきついかな。

 トリオは呪文を言うのを止め、マチルダさんに言った。


「よーし、出来たで! 串刺し女はしゃがめ!」

「へ? わ、分かったわ」


 ばさりと羽を大きく振ったトリオ。金色の鎖のペンダントがキラリと光る。


「じゃあいくぞ! いけい!」


 トリオの頭上には、巨大な光の球が浮いていた。


 雷だ。


 雷魔法なんて初めて見た。伝説だけの話かと思ってたけど、こんなの使う人いるんだ。聞いたことがない。

 それはテービットさんの方へと凄まじい速さで向かっていく。こんなの作れるなんて、とてつもなく強大な魔力じゃないとありえない。

 トリオは本当に、歴史上でもかなり強いと高名な魔法剣士、トリオルース・ナセルなんだ……。


 変な言葉を使う、黄緑色の変な鳥。親切ではあるけど、本当にトリオルース・ナセルなのか、騙されているんじゃないか、でも言葉しゃべる鳥っていうのも珍しいよな、まあ長期休み中くらいはいいかとずっと思っていた僕だったが、その光の球を見て初めて実感出来た。


 僕がそんなことを感じているうちに、その光の玉はテービットさんに当たり、ますます光を発した。


「グオオオォぉお!」


 テービットさんは呻き声をあげる。腕を高く振り上げているが、それは両腕とも細かく震えている。苦しそうだ。

 呪文を唱えたトリオの周りには光の筋が現れ、それはテービットさんを包み込む形となった。苦しんでもがくテービットさん。


「ひとまず、あそこへ入ってもらうぞ!」


 トリオが翼を部屋の奥にあったやけに大きい宝箱の方へ向けると、宝箱の蓋はぱかりと開き、その中に宝箱よりも明らかに大きいテービットさんなのに、すっ飛んで入り、箱の蓋はぱたりと閉じた。


「へえ、もう圧縮も出来るのか。さすが、思ったよりも扱いがはやい」


 少女は、にやりと広角を片側だけあげる。人形みたいな顔には、その口調同様、どこか不釣り合いだ。

 テービットさんをちゃんと閉じ込めたことを確認してから、トリオはふうと息を吐いた。


「やっぱり魔法が使えると話が早いのう。ざっとこんなものか」


 そしてそのまま言葉を下ろす。


「おい、起きろカメ女。ワシの力凄いじゃろう」


 トリオ自身がマチルダさんを伏せさせたくせに、凄い言い様だ。

 起き上がったマチルダさんは、マントのホコリを軽くはたいてから、トリオを睨む。


「……確かに凄いけど、スゴ腕美人短槍使いのこのわたしが、呪文でいっぱいいっぱいになってるあんたを、呪文発動まで守ってやったのよ」


 マチルダさんは短槍をトリオに向ける。


「あんたこそ、わたしに対する感謝の気持ちを噴水のごとく溢れさせなければいけないの!」

「なんじゃと」

「何よぅ」


 一羽と一人は互いをじっと睨んだが、同じタイミングでそっぽを向いた。



 本当に、気が合うよね。

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