2.(4)

 もう一度つけた明かりがぼんやりと僕たちの周りを光っている中、先導するマチルダさんは言った。


「魔力の泉はもうすぐよ。シガムがこんなに光ってるもの」


 彼女の手の中では、握ると隠れてしまうくらい小さな瓶が光っている。瓶の中には、シガムという植物を特別な方法で煎じたものが入っている。この粉は、強い魔力を近くに感じたら、淡く光る習性をもつので、魔力の泉を捜すとき、よく使われる。

 ちなみに、僕の手の中には、約束通りにマチルダさんから貰った、魔物攻撃用の剣がある。


「新しい剣の使いごこちはどう?」

「丁度いいですよ。本当に、ありがとうございます」


 再び出たバールーンを僕が苦もなく倒すのをみて、マチルダさんは聞いてきた。

 僕は彼女に礼を言った。その剣は中古品のようだが、そこまで古くないし、一般的に広まっているタウンソードで、僕にも扱えるタイプだ。貰い物にしては申し分ない。


「でも、マチルダさんは短槍使いでしょう? 何でこれ持ってたんですか?」


 聞くと、マチルダさんはマントの裾を軽く握った。


「このマントと抱き合わせされてたの。わたし、剣は自信ないからあっても正直困るんだけど、この肩かけ、本当に欲しかったからつい買っちゃったのよね」

「そうなんですね」

「売れないし、捨てるのも勿体なかったから、こちらとしても、ちょうど良かったわ」


 魔法の使える連れも出来たしね、と、マチルダさんはにこにこと笑っている。

 ひょっとして、僕がマチルダさんを手伝わなくても、彼女は僕にその剣をくれたんじゃなかろうか。さっき袋をごそごそしていたし。

 そんな考えが頭に浮かんだが、もらった以上手伝わないと良心が痛むというのはある。その考えは捨てることにした。

 しかし、マチルダさんのほどの腕なら、旅の仲間を見つけるのなんてたやすい気もする。魔法を使える仲間といっても、少なくとも僕ぐらいの魔法の腕なら、学校でそこそこ頑張っていればなれると思う。無理な話じゃない、というか可能すぎる話だ。

 それなのに、マチルダさんはあえて僕を選んだ。

 ……何でだ?

 僕はマチルダさんを見た。肩よりちょっと上くらいの長さですかれているハネ気味の黒い髪。丈夫そうな革鎧に青っぽいマントと、革製のブーツ。そして短槍。ちなみに、背は年齢別男子の平均身長ど真ん中の僕とあまり変わらない。女の人にしてはそれなりに高いのかもね。

 そんないかにも冒険者という恰好をした彼女は、僕の魔法の明かりで道を確認しながら元気良く歩く。生命力の強そうな人だ。

 女の子が憧れるお姉さんというような感じだ。


 男の子から見たら?


 僕は考えていたが、ふと、頭にトリオの言葉が蘇った。


『おい、ユウ。この女の用事が何なのか確かめてからでないと、ワレの身が危ないかもしれんで』


 ま、まさか。本当にそういう目的じゃないだろうな。

 僕はマチルダさんから少し離れた。

 いやね、確かにマチルダさんは割ときれいだし、スタイルも良さそうだし、その点は申し分ないんだけど、襲われるというのはちょっと勘弁してもらいたい。そういうのは趣味じゃないもんで。


「ねえ、ユウ君」

「うわわわっ! や、やめてくださいよ!」


 そうそう。あと、初めての舞台がこんなお化けのお宅のご近所ってところも勘弁してもらいたい。お化けなんて、考えるだけでもイヤなんだ。

 ところが、マチルダさんは不思議そうな顔をした。


「はぁ? 何が?」

「え、いや、別に……」


 何だかとんでもないことを考えていたような気がして決まり悪くなった僕は、そのまま俯いた。


「ふーん。なら、いいけど」


 良かった。流してくれた。


「そうそう。魔力の泉は多分すぐそこにあるはずなの。わたしはこっち側探すから、あなたとバカ鳥はそっち探してくれないかしら?」

「は、はい……」


 僕はトリオを呼び、一人と一羽でマチルダさんの示す方向を探し始めた。魔力の泉があったら、何が妙なことが起こっている可能性は高いので気をつけなくてはならない。そのせいか、トリオも口答えせずに、おとなしく従っていた。

 木や草をかきわけ、魔力の泉を探してみるが、上手い具合には見つからない。少し面倒くさいが、ここはおとなしく魔力の流れを調べた方が良いようだ。

 そう思った僕は軽く両手を合わせ、呪文を呟き、それをまた離した。すると両手の間で、青みがかった淡い光のひだが一筋、僕の右斜め前に向かって蝶かリボンのように揺れているのが見えるようになった。

 これが、魔力の流れだ。普通、魔力が流れてきた方向に、魔力の泉はある。


「マチルダさん、多分こっちだと思います」

「本当? やっぱり魔法ってスゴイのねぇ」


 マチルダさんは目を大きくした。

 魔力を可視化させただけなので、これはほとんど魔法ともいえないくらいのものなんだけど、説明するのも面倒なので、まあいいか。

 僕の先を、マチルダさんは進んだ。心なしか、近づくにつれて焦ってきているように思える。


「あった! ユウ君、バカ鳥来て!」

「あ、ハイ」

「さっきから何げなくバカ鳥ゆうんじゃない!」


 そうして僕が見たそこでは、淡く青みがかった光が渦巻き状にまわっていた。魔力が満ち溢れすぎて、何もしなくても魔力が見えるようだ。


「キレイね」


 そう。マチルダさんの言う通り、魔力の泉というものは、危険なことがあるかもしれないというのを除いたら、とてもきれいな場所ではある。


「……これがお化けの正体だよね?」


 心の平穏を求めて僕は聞いた。


「まあ、そうじゃろうな。あの風船みたいなもんと、この光を見て勘違いしたアホの言うたんに、尾ビレ背ビレがついただけじゃろ」


 トリオのその返事に、マチルダさんも頷いた。そして、右手に持っている短槍でトンと地面をつき、首を前に傾け、軽く溜め息をついた。


「でも、今回もやっぱり外れなのね……」

「外れ?」


 僕の言葉を聞いたマチルダさんは軽く笑った。


「ああ、大したことじゃないわ。わたし、ちょっとした理由があって、魔力の泉巡りをしているの。普段は、そんなことのためだけに一緒に行ってくれる人なんかいないから、一人で行動してたの」


 これで、マチルダさんが一人ということについて納得できた。そこに潜むものをどうにかするために魔力の泉に行くというのはあるだろうけど、魔力の泉だけを目的にする旅なんて、普通の冒険者たちには考えられないことだから。

 冒険者というのは、秘宝とか村の危機とか魔物とか、そんな言葉には弱いが、魔力の泉という言葉単体ではそんなに反応は示さない。エネルギー源の魔石がとれなくもないけど、今日びは人工的に魔石を作る技術は確立していて、あまり意味がないしね。

 身の危険を感じる必要はなくなったので、とりあえず安心に思えた。


「ホント、一緒に来てくれてありがとうね。本当に助かったわ。やっぱり誰かいるっていいものね。じゃ、約束通りにフミの町へ案内するとしましょうか」


 マチルダさんは短槍を持ち上げ、僕とトリオの前を進んだ。

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