お墓でスゴ腕美人短槍使い

2.(1)

 恐怖。


 数多い人間の感情の中でも、人間の行動に支障をきたす可能性はかなり高いものだ。攻撃的になることの多い怒りとは違い、どちらかというと消極的になることが多い。

 別に攻撃と消極が対義語だとは思わないけど、ものは例えだ。

 恐怖というのはやっかいなものだ。

 寒くもないのに足がガタガタ震えたり、腰を抜かしたり、言葉が上手く喋られなくなってしまう。

 ただ、危険なことに足を突っ込まないようにし、安全で平坦な生活をするのには、必要な感情なのかもしれない。

 そう。危険なことに足を突っ込まないようにし、安全で平坦な生活をするのには。


 だが、もう遅すぎる。


「……もう暗いのに、何でこんな所通るんだよぉ」

「しょうがないじゃろ。他に道はないんだから。ほれ、ユウ、しっかり歩かんかい」


 柔らかい羽が僕の背中を撫でる。


「でもさ、僕たちがこんな所で騒ぐなんて、かつてここに埋められた先人に対して失礼じゃないかぁ……」

「そんじょそこらの死人よりゃ、ワシの方が先人じゃぞ。落ち着けい」

「この古び方、絶対トリオより先人だよ……」


 進学先があるカンナ村を過ぎ、そこはもう見知らぬ風景。僕のような普通の村人はうろつかない、冒険者登録やその他の資格といった諸手続をしないと出てはいけないような、モンスターがいるかもしれない土地を僕は歩いている。

 僕はため息をついた。

 早く次の町へ行きたい。

 確かに僕はそう言った。

 だが、こんな所を通ってまで行きたいとは言っていない。僕は普通の人が通る普通のルートでさっさと歩きたかっただけだ。


 それなのに。


 僕は周りを見渡した。辺りに広がるのは古い石――墓石だ。

 そう。僕とトリオはこの黄昏時に、古い墓場を歩いている。

 理由は簡単。道に迷って時間を大幅に食って、また更に道に迷ったからだ。

 自慢じゃないが、生まれてこの方地図を必要とするほど見知らぬ場所に行ったことがなかった僕は、地図があまり読めなかった。

 地図が読めたはずのトリオは、鳥になったら細かい文字が見えなくなったらしく、読めなかった。

 地図の読めない二人がうろうろとしていたら、こんな羽目になってしまった。

 時間を大幅に食ったから、どこかでショートカット出来るコースがあればいいのに。


 確かに僕はそう言った。


 だが、墓場を通ってまで行きたいとは言っていない。それぐらいなら、僕は夜道を普通の人が通る普通のルートでさっさと歩く。

 墓場なんか通ったら……。


「化けて出るよ化けて出るよ化けて出るよぉ……」

「……まあ、人間誰しも苦手なものはあるもんじゃけど」


 トリオは溜め息をついた。鳥も溜め息はつけるらしい。


「今さら後悔してもらっても困るよ!」

「いや、別に後悔しちょるわけではないんじゃけど」

「なんだよ!」

「進学先の割にそういうの苦手なのは意外じゃなと……」


 国立中級学校魔工学専攻コース。それが僕の進学先だ。実に現実的な発想をもつ生徒が数多く集う。


「うるさいな!」

「いや、まあそうなんじゃけど……」

「っていうか、ここどこだよ!」

「ユウ、落ち着けい」


 トリオは静かに言うが、僕は落ち着けない。

 そう。もはや遅いのだ。

 旅立ってからはや二日目の夜だ。僕が旅立ってから今までの間で、僕の両親は、僕の部屋の片づけをしていたり、僕のアルバムを取り出して眺めたりしていたりするんだろうな。

 一応親に見られて困るものは、思いつく限り全部友達に預けたけど。……困るもの? まあ、年頃の健全な青少年なんで色々とね。


 じゃなくて!


『お、母さん。見てみなよ。学校の運動会の写真。二位の子に隠れてよく見えないけど、ユウは六人中一位だったっけ』

『そーよぅ。ユウはとっても頑張ったの!』

『それにほら、こっちのアルバムに載っているのは掴まり立ち記念のだ。ほんのちょっと前までは、ユウはこんなに小さかったんだね。いやあ、僕や母さんが年を取るわけだな』

『あら、いやね。ユウはいないんだから、ねえ、名前で呼んでよ。最近ウミって呼ばれたことないんだもん』

『そうだね。ゴメンよ、ウミ』

『キャッ。なーに? ユキ』


 頭の中でこんな会話が浮かぶ僕は、どうかしているのだろうか。だが、事実は近からずとも遠からずぐらいには当たっていると思う。

 何しろこれは、ちょっと前に父方の祖父の家に泊まって帰ってきた時、帰ってきた僕に気付かず、いちゃいちゃとやっていた二人の会話だから。

 その時は、親も人間なんだとしみじみ思ったっけ。ちなみに、弟や妹は産まれず、僕は一人っ子のままだ。

 それはともかく。


「ねぇ、トリオ。もうそろそろ明かりつけた方がいいよね……。怖いし。暗くなるのって早いし。急に魔物が来たら嫌じゃん」

「そうじゃな。て、おい」


 僕は準備しようとした手を止め、トリオを見た。


「どうしたの?」

「あそこに明かりが見えるのぅ」


 向こうを見ると、確かに何かチラチラしたものが見える。明かりなのだろうか。いや、もしかしてそうではなく。


「お、お化け……?」


 割と落ち着いている方だと自負する方ではあるが、何でかよく分からないけど、僕は生来怪談話という類のものが苦手でたまらない。


「うわわわわ……、や、やっぱり墓地なんか通っちゃいけないんだぁっ。やっぱりこういう悪いことはまとめて来るんだから! この二日間、道を間違えたこと以外は、魔物が出なかったりって悪いことはなかったんだし、これからお化けがまとめて襲いかかってくるんだぁ!」

「っだあ、やかましいわ、落ち着け!」


 僕が勢いで叫んだ台詞は、彼のお気には召さなかったらしい。トリオは、僕の耳元できょるきょると叫び始めた。とんでもなくうるさい。


「わざわざ出かけに教会で旅立ち払いしちょるんじゃから、んな簡単にバケモンが出てたまるかっちゅうんじゃ!」


 たまらず、僕は耳を押さえた。

 その瞬間に背中がぞわりとする。何か嫌な予感。

 僕は恐る恐る振り向いた。


「わっ! ま、魔物!」


 そこで見えたのは、お化けではなく、風船みたいな形の数匹の魔物だった。浮き輪みたいに気楽そうに浮いて光っている。ぞわりとしたのは、その中の一匹が僕の背中を撫でたからで、結構冷たかった。


「たいしたことのない相手じゃ。よし、ユウ、行けるぞ」

「ええー、別に害はなさそうだけ――」


 そこまで言って、僕は後ろへ飛んだ。魔物が僕の腹の辺りを狙って飛びかかって来たのだ。

 前言撤回。

 この魔物たちは、少なくとも僕にとっては害がある。


「ったく、やればいいんだろ!」


 僕は腰に履いていた剣を抜いた。魔物は特定の場所でしか生まれないためか、人が多いところではあまり現れない。

 これが僕たちが二日間魔物と会わなかった理由だ。

 それと、魔力という存在なので、専用の武器を持っていなければ攻撃出来ない。持っていない人なら追い払うだけだ。

 学校の授業で使っていたこの剣は、一応そこそこ馴染みはある。さっきトリオが言ってたお払いのおかげかなんなのか、最後の授業から運良くまだ一回も使っていないこの剣を有り難く使わせてもらう。


「えい!」


 僕は剣を振るった。

 一応、これでも学校の魔物学は平均よりはそれなりにいい点は取れている身だし、体育の剣術も特に秀でてはないけど、内申点を取るべく真面目にはやっていたので、剣だって少しは出来る。

 まあ、目立つほど高い点数でもなかったけど、このくらいの魔物なら簡単に倒せるはずなのだが。


「あれ?」


 にぶい音ではなく、風の音を手元で感じた。

 魔物を切ろうとしたのに、手応えを感じることなく、腕はそのまま振り下ろされている。

 切ることが出来ない。

 僕は驚きながら己の手を見た。剣の柄の赤い文字が目に入る。


「……使用期間が過ぎている」


 そうか。学用品の使用期限は卒業までなのか。それは知らなかった。剣術の授業の先生言ってくれよ。単に話を聞いていなかったかもしれないけど。

 流され流され旅へのやる気がなさすぎた自分に痛い目にあってしまった。


「おい、気をつけろ、ユウ!」


 魔物はトリオにも飛びかかってきたらしい。その攻撃を避けたらしく、バサバサという羽ばたく音がした。


「う……」


 敵はもはや攻撃モード。

 ここまで来たら追い払うのは難しい。

 こうなったら計画変更。剣も追い返すのもダメなのなら、魔法で倒すしかない。

 僕は魔物の攻撃を避けながら、まず、腰に下げていた札の束を手に取った。生活魔法ならともかく、攻撃魔法はあまり得意でないので札に助けてもらう。詠唱している間、僕は攻撃されるわけにはいかない。いくら札に魔法を手伝ってもらっても、学生程度の魔法しか使えない僕は特に集中しなくてはいけないのだから。


「トリオ! しばらくその風船みたいの引きつけて!」

「それはやぶさかじゃないんじゃが、実を言うと、この姿になってから、魔法が出んと先ほど気付いた」


 僕はしゃがんだ。

 トリオは飛び上がった。

 その間を魔物と僕の声が通り過ぎる。


「えー!」

「時代が進んで便利になっちょったし、ユウが大体やってくれちょったし、案外ここまで魔法を使わないで済んだからのぅ……」


 言われてみると、僕もここまでは基本的に魔道具と魔工具で解決させている。


「まあ、気を引きつけるくらいならやってみるか」


 自信なさげにトリオがふわりと翼を上げようとする。


 そんな時。


 一寸の白い光が見えた気がした。

 ……お化け?

 僕はまばたきをするのも忘れ、その光を目で追った。

 だが、それはお化けではなかった。光が止まったと感じた時、魔物が一匹沈んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る