第28話 戦場だって怖くない
みんなでヴィンセント様を探しにいく。そう決まったとたん、幻獣たちはわたしを連れて屋敷に突進していった。
そのまま広間に駆け込み、大張り切りで相談し始める。
『それで、あいつが出陣したのが……ここだったか』
わたしが持ち出してきた地図を見て、ネージュさんが難しい顔をしている。
『この辺りには泉も池もない。おれが跳ぶには向いていないな』
『ここに草原ある。トレだけならすぐに行ける。そこから先は歩き』
『しかし、エリカもそこに行きたがっておるし、万が一ヴィンセントが負傷しておったら、わらわたちで運んでやらねばならんであろ。ゆえにここは、わらわが一肌脱ごう』
わたしが口を挟む隙すらなく、計画ができあがっていった。
わたしと小さくなったネージュさんを、スリジエさんが運ぶ。全速力で飛べば、日が落ちる前に着けそうだとか。トレは一足先に現地に向かい、周囲を偵察する。
『もし人間の兵士が出たら、おれに任せろ。この毛皮は人間の武器程度では傷つけられないからな。手加減して殴れば、追い払うこともできるだろうし』
『うむ、任せたぞ。もしそうなったら、わらわはエリカを連れて上空にでも逃げるからの』
『トレは自分で逃げられる』
そんな風にはしゃいでいるみんなの間を、フラッフィーズが盛んに飛び回っている。どうやらこの子たちも、わたしたちについてくるつもりのようだった。
作戦がまとまってから、わたしは自分の分の荷造りをした。
何を持っていくのかは、みんなが教えてくれた。保存食を少しと、水をたっぷりと入れた水筒。もしもの事態に備えて傷薬と包帯。それから火打石など、細々した道具をいくつか。
『食べられる植物なら、トレが生やしてあげられるよ』
『わらわの翼なら、多少離れた水場でもすぐにたどり着けるでのう』
『つまり、水と食料についてはそこまで心配いらないということだ』
何とも頼もしい言葉と共に荷造りを終えてから、屋敷の使用人たちを集める。彼らに向かって、胸を張って告げた。
「わたしはこれから、ヴィンセント様がおられる南の戦場に向かいます。幻獣たちがついていてくれますし、じきに戻ります。ですからどうか、心配しないで」
ヴィンセント様の出陣中にわたしまでいなくなることに、みんな不安そうな顔をしていたけれど、それでもわたしたちを送り出してくれた。
「エリカ様、どうか……お気をつけて」
「お帰りを、お待ちしております!」
そんな声に見送られ、わたしは旅立った。スリジエさんの背から見る屋敷は、寂しくなるくらいに小さかった。
それからの空の旅は、とても大変なものだった。スリジエさんが急ぎに急いでいたこともあって、乗り心地は最悪、しかも肝が冷えるようなものすごい速度での移動になったのだ。
前にスリジエさんに乗った時は、手綱もくらもなかった。誇り高い彼女は、そんなものを使うことを断固として受けつけなかったのだ。
けれど今回は急ぎなので、彼女は自分からそれらの馬具を身に着けると言い出した。
彼女らしくない発言だなあと思っていたけれど、こうして実際に飛び出してみて、彼女がそう言った理由がよく分かった。馬具がなければ、とっくの昔に振り落とされている。というか、馬具があっても苦しい。
『スリジエ、少し速度を落とせ! おれはともかく、エリカが落ちたらまずい!』
「だ、だいじょうぶ、です……どうか、急いでください。一刻も早く、ヴィンセント様のところへ」
くらにしっかりとしがみついていても、少しでも気を抜いたら猛烈な風に吹き飛ばされてしまいそうになる。手がこわばってきた。
わたしとくらの間には、子犬くらいの大きさになったネージュさんが伏せている。そしてわたしの服の中には、フラッフィーズが二羽もぐりこんでいる。いつも通りのぴよぴよという声が、わたしを励ましてくれているように思えた。
しばらく飛んで、少し休憩する。それを繰り返しているうちに、目的地である戦場らしき場所にたどり着いた。
そろそろ日が傾き始めていたけれど、まだ日が暮れるまでには時間がありそうだった。屋敷を発ったのが昼過ぎだということを思えば、破格の早さだった。必死に耐えたかいがあった。
『あ、みんなきた。早かった』
地面に降り立ったとたん、かたわらの草地からにょっきりとトレが生えてくる。
『どうだった、トレ?』
『このへん、今は静か。でもあっちのほう、こないだまで戦ってたみたい。地面、ぼろぼろ』
辺りには人の気配がない。でもしっかりと警戒しながら、トレの話に耳を傾ける。
『この辺ずっと、ヴィンセントの匂いしてる。匂いいっぱいで、どこにいるか分からない。でもあっち、ちょっとだけ匂いが強い、かも』
『……ああ、確かにそうだ。あっちから、あいつの匂いがする。間違いない』
幻獣たちはみんな、ヴィンセント様からいい匂いがすると言っている。この中では一番鼻のきくネージュさんが首を伸ばして、わたしには分からないその匂いをかいでいた。
『見える範囲に、あやつはおらぬがのう。というか、そもそも人がおらぬわ』
こちらはスリジエさんだ。彼女はいつも高い空を飛んでいるからか、とても目がいいのだ。
「ひとまず、匂いが強いほうに行ってみましょう」
そうしてトレとネージュさんの案内で、不気味に静まり返った戦場を歩く。スリジエさんは見えずの霧を広げて、わたしたち全員を包み込んでくれていた。かなり疲れるらしいのだけれど、今は非常事態だからと快く力を貸してくれた。
それでも、やはり落ち着かなかった。どこかに、敵国の兵士がいるんじゃないか。わたしたちを見つけて、襲ってくるんじゃないか。そう思わずにはいられなかったから。
歩くにつれ目につくのは、たくさんの人間に踏み荒らされた地面、あちこちに落ちている何かの破片。時々、滴り落ちた血の跡のようなものも見かけた。
ここは、元はごくありふれた緑豊かな草原だったのだろう。でも今ではすっかり荒れ果てて、寒々しく恐ろしい姿を見せていた。
「ヴィンセント様、大丈夫かな……」
そんなわたしのつぶやきにも、返事はなかった。みんな緊張した顔で、辺りを見渡している。
震える足を懸命に踏み出して、前に進む。きっとこの先にヴィンセント様がいる、絶対に見つけてみせると意気込みながら。そうでもしないと、絶望で崩れ落ちてしまいそうだった。
すると突然、異様な光景が姿を現した。地面が大きくえぐれ、辺り一面に土が飛び散っている。近くにある大きな岩が割れて、真新しい断面を見せていた。
めちゃくちゃになっているその一帯で、トレとネージュさんが立ち止まる。
『ここ、匂い一番強い』
『そうだな。……爆発か何かあったようだが、ここにあいつがいたのは間違いないな』
「そんな、それじゃヴィンセント様は!」
思わずネージュさんの胸毛をひっつかみ、問いただしていた。そんなわたしの頭の上で、フラッフィーズが心配そうにぴいぴい鳴いている。
『落ち着くのじゃ。多少血の匂いはするが、これくらいでは人は死なぬ。もしあやつが爆発に巻き込まれたのだとしても、生きておるじゃろう。嘆くには早い』
ゆっくり深呼吸して気持ちを落ち着かせようとする。しかしその時、落ちていたものに目が留まる。
「これ……ヴィンセント様のお守り……わたしが作った……」
布を折って縫った、小さな布の花飾り。土に半ばほど埋もれたそれは、ちぎれてぼろぼろになっていた。そろそろと手に取り、呆然と眺める。
「やっぱり、ヴィンセント様はここに……でもそれなら、今はどこにいるの……?」
『生きてる。探そう』
泣きそうになるわたしの足に、トレが顔をすりつける。
『トレの言う通りだ。いないのなら、探せばいい。少し待っていろ、今匂いをたどってやる』
ネージュさんがお守りに鼻を寄せて、それから地面に鼻をつける。犬そっくりのその仕草が、今はとても頼もしく思えた。
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