ファインダーと芸術
秋山善哉
一枚目:玉の浦と尾道大橋
写真はありのままの姿を写すと言われている。
でも私は違うと思っている。ごちゃごちゃ説明しても分からないだろうから、試しに一枚撮ってみよう。
私は今、尾道にある千光寺山の展望台にいる。時間は昼時で、太陽は南の空に浮かんでいる。
東側にカメラを向けると、浄土寺山と向島、その間に尾道水道、さらにその上に尾道大橋が架かっているのが見える。
私は写真がぶれないように、柵の上にカメラを乗せた。
光が強いので、ISO感度を少し下げておく。
最後にピントを微調整して、シャッターを切る。その後も何回か微調整を加えて写真を撮った。
もう分かっただろう。「撮る」という動作には必ず撮影者の意志が付き纏う。
どの角度から、どのくらいの光量で、どのような構図で……。撮影者はそれらを自分で決めて、自分が撮りたいように写真を撮る。そういう意味で「ありのままの姿を写した写真」などというのは存在しえないのだ。
撮った写真を液晶モニターで確認する。まあまあの出来だ。
満足した私は展望台を後にして、下りのロープウェイに乗った。
今回私が尾道に来たのは、どうしても撮りたい写真があったからだ。だが、それはあくまで「表向き」の理由だ。
私は三年ほど、とある女の子の家で生活していた。
名前を有紗という。有紗と初めて出会ったのは写真サークルの新歓(新入生歓迎会の略。大学のサークルは新歓を開いて新入生を集める)だった。そのとき彼女は私と同じ一年生で、私の隣に座っていた。彼女は飲みの席に慣れていないのか終始オドオドしていた。
縁の大きな丸眼鏡をかけて、少し赤みがかったお下げ髪を後ろでまとめて括っていた。第一印象はちょっぴりオシャレな優等生という感じだった。
そのとき彼女はジュースばかり飲んでいっこうに料理に手を付けていなかったから、見かねて私から声をかけた。
「新歓は先輩が奢ってくれるから、いっぱい食べた方がいいよ。それに新歓に行ったからって、そのサークルに入らないといけないわけじゃないし。私は行ける新歓は全部行くつもりだよ」
最後の言葉は場を和ます冗談のつもりだった。だが、彼女は本気で捉えたようで少し目を見開いて驚いていた。
「すごいですね……! あの……」
彼女は私の目を見たまま口をパクパクさせていた。頭の中で何か適切な言葉を探しているみたいだった。
「新歓、たくさん行くんですよね?」
「ええ、はい」
それは冗談で……、とは言えなかった。
「じゃあ、もしよろしければ私も連れて行っていただけないでしょうか……」
「ええ?」
後に分かることだが、彼女にはこういうところがあった。つまり、素直で物腰が柔らかいくせに、たまに妙なところで行動力を発揮するのだ。
結局、私は彼女と二人で、大半の新歓に参加する羽目になった。仲良くなるのは必然だった。
ゴンドラが揺れてゆっくりと止まる。
私は他の観光客と一緒に下車した。
観光客たちは次の目的地を目指して散り散りになっていく。私だけが手持ち無沙汰だった。
本当は全ての予定を一日で終わらすこともできた。でも、それはしたくなかった。
今はできるだけ長く有紗から離れていたかった。
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