第1話
朝日が昇る風景はいつ見ても美しいものである。それはモニター越しに映っても、目を細めてうっとりする程だ。
しかし、藤田このみの目覚めはいつも憂鬱だった。毎朝、何故か沢山の寝汗をかいて起きるからだ。病院で検査をしても特に異常が無いと出る為、医者からはただの体質だろうと言われる始末。今のところ、脱水にならないように水を多く飲む以外の対処のしようがなかった。
相変わらず嫌な体質だなぁと、彼女は深いため息をついて布団から起きた。まずは寝起きの水を飲むためにキッチンへと向かう。コップに水を入れて一気に飲み干し、一息付いたところで彼女は風呂に入った。季節は春を迎える頃で、少し肌寒い。熱めのシャワーで汗を流して体を温めれば、ようやくスッキリとした気持ちに彼女はなった。
風呂から上がり、バスタオルで髪を拭きながらまた水を飲もうとキッチンへ向かう。コップに水を注ごうとしたが、ふと思い立ち、冷蔵庫の野菜室を開けた。
「あれ、どこに転がって……あった!これこれ、レモン!」
黄色いレモンを1つ手に取り、彼女は冷蔵庫を閉じた。たまにはレモン水でも作ろうと思い昨日買っていたのだ。さっそくまな板と包丁を取り出し顔を上げて、彼女はビクッと体を震わせて固まった。
キッチンの小窓に、縦に細長い灰色の影があった。このシルエットには見覚えがある。ネコだ。何故か、気がつくとこのキッチンの小窓にいる。猫らしく音も無く現れるため、彼女はいつも驚いて固まるのだった。
――ここって、この子の通り道なんだろうなぁ。
彼女はそんな事をいつも呑気に考えた。しばらく小窓を通してネコの姿を堪能していると、ネコは去っていった。尻尾は鍵尻尾だった。
「…明日、猫カフェに行こう」
彼女は頷きながら呟き、レモンを薄切りにしていった。爽やかな香りが広がり、自然と頬が緩む。彼女は今飲む分をコップに入れて、後に飲む分を別の容器に入れてレモン水を作った。手際良く作り終えた彼女は、朝食用のパンも皿に盛ってパソコンに向かうのであった。
「これで…返信は完了っと」
間違いはないか確認した後、彼女は大きく息を吐いて背もたれに体を預けた。パソコンにはメールボックスの受信画面が映っている。そこには、ハンドメイドのアクセサリーの注文が何件か入っていた。
彼女はハンドメイドのアクセサリー作家として、ねこのみと言うネームで活動していた。コツコツと地道に作り続け、今ではそれなりに知名度がある。個人事業主として、生活には困らない位は彼女のアクセサリーは売れていた。素材の購入、アクセサリー制作、注文者とのやり取り、梱包、商品発送などを全て1人でこなすのは大変だ。
彼女は棚からボックスを1つ取り出して机に並べた。キラキラとしたビーズが沢山入っている。
「赤色のビーズと、やっぱり黒猫が良いか………ゴールドとシルバー………ゴールドを黒猫、シルバー………シルバー………同じで、いける??」
アクセサリーを考えて作るのはとても楽しく毎日が充実していた。購入してくれた方にもっと満足してもらえるように、彼女は今日もアクセサリーを制作する。
アクセサリーを制作してしばらく、インターフォンが鳴った。彼女が時計を見ると、午前11時。集荷の時間ちょうどだった。椅子から立ち上がり、インターフォンの前に行く。画面に映る人を見れば、いつもの集荷のお兄さんがいた。インターフォン越しにやり取りをし、玄関の扉を開ける。
「こんにちは。荷物の集荷に来ました」
「こんにちは。いつもありがとうございます」
事務的な挨拶も和かで爽やかな印象がお兄さんにはあった。仕事も早く、玄関に用意していた荷物をサッと優しくカートに入れて、受付けを済ますと控えを渡してくる。彼女が控えを確認したのを見て、集荷のお兄さんはお辞儀をして帰って行った。
――いつも助かるなぁ〜。
彼女は玄関の扉を閉めると、上機嫌にパソコンへ向かった。アクセサリーの発送完了を送信し、朝食に使った皿とコップをキッチンの流し台に置く。
――洗い物が終わったら昼食を作ってそれから…
家事をこなしつつ、午後に何をするかを彼女は決めた。
――そうだ、ゲームをしよう。
と。
息抜きは必要である。デザインのアイデアはとても難しく、長時間やれたものでない。特に彼女は疲れやすく引きずるタイプなので、非現実な面白さで適度に現実を忘れた方が良かった。今は『ただ何かを眺めるだけのゲーム』がネット上にある。そのゲームは効果音と音楽が非常に心地よく、妙な中毒性があった。現に、彼女は長座布団の上で寝息を立てている。もちろん、頭の近くにはゲームを起動させたタブレットが置いてあった。
ピンポーン。
暗がりの室内にインターフォンの音が響いた。飛び起きた彼女は素早く辺りを確認し、自分を落ち着かせつつ忍足でインターフォンの画面を確認する。そこには、集荷のお兄さんが笑顔でいた。不気味であった。しかし、何か不手際があったのかと彼女は思ってしまった。
「少しお待ちください」
そう言って彼女は急いでカーテンを閉めて部屋の明かりをつけた。駆け足で玄関に向かい、念の為と、扉のチェーンをかける。
「お待たせしました。――え」
集荷のお兄さんがいた。笑っている。扉の隙間からお兄さんの腕が伸びていた。伸びている。それは、彼女の胸を突き刺し、未だ脈打つ心臓を優しく握った。
「あがっ」
腕が引き抜かれた。彼女は血を吐きながらゆっくりと倒れ込んだ。虚ろな目で見上げると、集荷のお兄さんだった
「ぴぎっががァ…ヒヒ」
映像はそこで途切れたのだった。
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