Stranger
水曜 あめ
#000.The Beginning
少女がいた。
母親はいない。父親もいない。
そして、少女は自らの身体がもう長くないことを知っていた。だからこそ、彼女の胎にはすでに微かな灯が二つ、静かに息づいていた。
暫くして少女は死んだ。何故生まれ、この世で何をすべきだったのか。それは彼女の肉体に包まれて、泡のように消えた。風が吹き、彼女は消えた。それはまるで朝が来た夢のように暖かく、そして急激に彼女の痕跡を消し去っていった。彼女の形を覚えていた草花も夢から覚めるように起き上がり、再び無情に揺れだした。
時が流れ、そこは森となった。人間界においてその森の情報は数少なく、信頼に足るものは一つを除いて存在しない。
たった一つ、とある冒険家の手記を除いて。
「私は今、とある理由で戦場に赴いている。この記録は戦況を伝えるものではなく、この目の前に広がる瑞々しく美しい森を何としてでも残そうとする私個人の強い意思の結晶だと思ってほしい。いや、まさにこれこそが私という生に与えられた使命なのだ。(中略)私は何度もその森へ足を踏み入れ、驚いた。その森は訪れる度に決まって違う顔を見せたのだ。それだけではない。この森には『泉』があった。なんてことはないただの泉に見えるが、私には分かる。ここには何かいる。特にあの泉の中心にある浮島。あそこだけは特に、絶対にヤバい...っ!私はすぐに引き上げた。これを書き起こす今現在まで、再びあの『泉』を見ることは無かったが、もしこれを読んでその森へ入ったとしても『泉』には近づかないこと、いや、探さないことを誓ってほしい。」その冒険家はそう記した後、半月もしないうちに妻とともに命の綱を自ら断った。
死後見つかった彼の日記にはその手記に加えられるはずだった言葉が添えられていた。
「君主なきこの大陸に『支配者』を、『泉』に生贄を。母なる『泉』が『支配者』を産み落とすまで。」
「今日はここまで。また来ておくれ。」
伸び放題の眉から目を優しく覗かせ、老齢の男はそう言った。話を始めた頃には二十人近くいた子供たちは、すでに二人を残してどこかへ走り去ってしまっていた。
「おじいさん。」
そのうちの一人が男を見上げ、小さく言った。
「なんだい。」
男はできる限り優しく答えたつもりだったが、子供には得体のしれない化け物にでも見えるのか、子供は少し後退りした。それでもその小さな体いっぱいに勇気を満たし、
「ふたりはどうなったの?」
と聞いた。
「女の子のおなかにいたふたりかい?...そうだねえ、そのふたりはね、それぞれまほうぞくとにんげんぞくになったんだよ。」
子供が頷くのを見て、少しためてから男はそう言った。子供は分かったとも分かっていないとも取れる返事をして、もう一人を連れて足早にその場を去ってしまった。
遠くなる二つの背中を目で追いながら、冒険家は呟いた。
「未来と過去になったとも言われているがね。」
これは、一人の男が、心に縛られたこの大陸で、支配者になる物語。
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