第4話 九七式中戦車

 1938年組でこそないが1938年から本格的に配備される中戦車が九七式中戦車チハである。重戦車の復権から歩兵支援を奪われ、九八式軽戦車と共に主力戦車の座に収まったが、歩兵支援から対戦車に移ったことが計画の遅延を強いた。1年遅くの1938年から正式な量産車が配備される。


 新型戦車ということで日本陸軍は白色ロシア軍の士気向上に茶番を用意した。


「見ろよ。あれがイポンスキーの新型戦車だ」


「しかも最精鋭の戦車隊が来たって」


「あぁ、威風堂々としている」


 白色ロシアの領土内を戦車隊が通行する。日本陸軍の中でも最強と謳われる池田少佐の戦車隊だ。池田末男少佐は騎兵出身の士官として戦車隊の指揮を執る。白色ロシアに派遣された。現地軍と連携してソ連の電撃的な侵攻や小規模な衝突に備える。


 しかし、今日は茶番の役者に抜擢されて威風堂々と行進した。


「敬礼!」


 砲塔のキューポラから半身を出す車長は一様に敬礼した。


 九七式中戦車は八九式中戦車の歩兵支援を踏襲する。八九式は低速でトラックや装軌車に追従できない反省点が残された。日本陸軍は戦車は機動戦闘を行うことを徹底する。九七式は必然的に快速が要求された上に一定の装甲も施した。その重量は20t級に膨らんでいる。ソ連を念頭に置いた大陸の運用を想定し、架橋能力の増強に努め、20t級主力戦車の道は切り開かれた。


「47mm戦車砲はソ連の快速戦車と互角と言っている。撃ち負けることはあり得ないってさ」


「45mm砲も積めるんじゃないか? 鹵獲した物を載せてみたら」


「お前なぁ。敵の戦車砲を簡単に載せられる。そんな都合の良い話があるか」


 白色ロシア兵の反応は一様に好意的である。ソ連軍の快速戦車軍団は大規模な軍事パレードから把握できた。白色ロシアが統一を目指すに大きな壁となることは明らかだろう。しかし、シベリアの大地に戦車は自然と生えてこなかった。自国製は骨董品しかない。日本戦車を運用せざるを得なかった。もっとも、最近はイギリス製、アメリカ製の導入も進んでいる。


 どの国の物を導入しようと、国産戦車が開発されようと、見るところは一点だけ。


 ソ連戦車に勝てるかどうかに尽きる。


「気になりますかな?」


「ロシア語を喋られ…」


「ほんの少しだけだ」


 九七式中戦車の観察して議論に熱中する兵士の輪の中に日本兵が入り込んだ。カタコトのロシア語と笑いたくなる。その者の階級章を確認すると士官を示していた。ロシア兵は慌てて敬礼する。日本陸軍の士官は手をヒラヒラと振った。欠礼は気にしていないようだ。


「我々の中戦車は47mmの戦車砲を搭載する。君たちが指摘する通り、ソ連戦車の主砲は45mmの戦車砲のため、我々は2mmだけ大きな47mm戦車砲を採用した。ソ連戦車との撃ち合いは互角に持ち込む」


「対戦車砲も47mm砲があると聞いたことが」


「よく知っている。戦車砲と対戦車砲の弾薬が同じ方が何かと便利だろう。37mm速射砲を拡大した47mm速射砲が登場した。もっと大きくした57mm速射砲もある。さらに、野砲と高射砲を対戦車砲に直した75mm戦車砲も開発した」


「それは急なことでは」


「そうなんだ。君達も知っていると思うが、ソ連軍は大砲に秀でており、日本軍は劣っている。急であることは重々承知して大砲の刷新を進めた」


 主砲は新式速射砲に合わせた47mmの九七式四十七粍戦車砲を備えた。世界で主流の対戦車砲は37mmである。しかし、ソ連快速戦車のBTシリーズは45mm戦車砲だ。ソ連戦車に対抗する火力として既存の37mm戦車砲を拡大した47mm戦車砲を採用する。約48口径から撃ち出される徹甲弾は500mで60mmの装甲を貫徹した。


 イギリスの歩兵戦車を除いた大半の戦車を撃破できる。47mm戦車砲は対戦車戦闘を主眼に置いているが、一定の歩兵支援も行えるよう、榴弾と榴散弾も用意されていた。当初の歩兵支援思想から短砲身の57mm戦車砲を採用する計画は立ち消えとなる。新たに対戦車思想の長砲身の47mm戦車砲に変更を余儀なくされた。とは言え、歩兵支援を完全に捨てたこともない。短砲身の75mm砲に及ばないと雖も47mm砲の砲撃火力も馬鹿にならなかった。


「45mm砲の砲撃に耐えるんですかい?」


「砲塔と車体の正面なら耐える。側面と背面が弱い事は知っているな」


「へい。敵戦車の側面か背面に火炎瓶か手榴弾を投げ込みます」


「流石に側面まで厚い装甲を張ると重量が嵩んでしまう。戦車に攻撃、防御、速度の全てを備えることは叶わない」


 九七式中戦車も快速戦車の思想から重防御は見送られた。45mm対戦車砲に耐える50mmの一枚装甲が正面限定で張られている。側面と背面は20mmという薄さのため、やはり、快速を以て敵弾を回避することが原則だった。現地で装甲を張ったり、土嚢を積んだり、等々の改造は行えるが気休めにしかならない。


「ならソ連の玩具に追いつけるぐらいの」


「それは保証しよう」


「それなら安心できます」


 快速戦車の思想を支えるエンジンは軽戦車の物を強化した。統制空冷V型12気筒(過給機付き)250馬力を積んでいる。素体のエンジンに過給機が追加されて出力の増強に成功した。その代償にコストが嵩んで量産性は低下せざるを得ない。中華民国の満洲に日本と白色ロシア向けの大工場が完成すると、規模の経済性から低コスト化と量産性向上を見込んだ。


 懸架装置は九八式軽戦車と同じくリーフスプリング式である。トーションバー式は見送られた。250馬力を叩き出すエンジンはリーフスプリング式を介し、整地の好条件で最速45km/hの快速を発揮し、不整地でも約40km/hを発揮してソ連軍のBT戦車に対抗した。


「率直な声を聴きたい。お世辞は要らないよ」


「周りに上官はいないよな」


「君達の上官がいても構わない。私が認める」


「じゃぁ、遠慮なく…」


 日本陸軍の士官は現場の意見とロシア兵の率直な感想を要求する。下位の兵士が士官に忌憚のない声を叩きつけることは憚られる行為だ。自分たちの周りに上官がいる上に聞かれた場合はキツイ叱責が待っている。それは日本陸軍の士官が制止すると約束した。ここは怖いもの無しの志願上がりの若い兵士が正々堂々と正直の砲弾を放り投げる。


「砲の火力は全く足りていないと思いました。ソ連戦車と同等の火力に満足しては」


「おい、言い過ぎじゃ」


「構わないと言っている。私みたいな士官よりも最前線に立つ君たちの方が遥かに有用な意見を出せる」


 47mm戦車砲は十分に強力な範囲内であるが、いつソ連の大砲に覆されても、何らおかしくなかった。ソ連は伝統的に大砲に注力してきた歴史に裏打ちされた実績がある。戦車の主砲も45mmから大型化する可能性は高い。武力衝突の際に一方的に撃ち負けることが危惧された。


 日本陸軍も大砲の劣勢は認識している。一生懸命に砲兵隊の刷新を進めた。北進論が形骸化しない努力を重ね、戦車の主砲も47mmで満足することなく、新式57mm対戦車砲の戦車砲転用、75mm野砲と高射砲の戦車砲転用を行う予定だ。


「君達にだけ教えてあげよう。実は九七式中戦車は砲塔に余裕を設けた。75mm戦車砲の換装を想定している。一旦は75mmの大砲で間に合うはずだ」


「なんと…」


「これぞイポンスキーの底力なんて」


「君たちの期待に沿うことを約束する」


 九七式中戦車の砲塔は47mm戦車砲を持つにしては大きいのである。戦車砲を収めるターレットリングに余裕を設けた。75mm級まで対応可能に設計しており、47mm戦車砲の次は57mm戦車砲であるが、75mm級まで確保しておくことで即応性を高める。


 余裕はあればあるほどに良いだろう。


 この設計が吉と出るか凶と出るか。


 今はわからない。


続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る