第2話 九八式重戦車

【1938年】


 1938年に登場した戦車は九八式重戦車と九八式軽戦車の二種が存在する。


 今回は前者の九八式重戦車を見ていく。


 どの戦車も全て白色ロシアと赤色ソ連の国境線に配置された。


 それ故に大柄な九八式重戦車は注目を集める。


「デッカイなぁ」


「主砲も大きそうだ」


「おい、こいつの主砲は何なんだ」


 最初に配置された際は白色ロシアの兵士も目を丸くした。九八式重戦車は重戦車の名に恥じない大柄な図体である。本車は前身という反省に九五式重戦車が存在し、さらに掘り下げると、試製九一式重戦車と試製一号戦車が存在した。


 試製一号戦車は日本初の国産戦車であり、試験も良好な生成を収めて国産戦車の道を切り開いたが、大陸の運用を考えて八九式中戦車に敗北する。これを対ソを念頭に置いて、重戦車と改良した車両が九一式重戦車だ。どちらも試作品止まりだが、改良は続けられ、九五式重戦車に至る。


 九五式重戦車はイギリスのインディペンデント重戦車のような多砲塔戦車である。ソ連軍を圧倒する火力と防御力と自負したが、あいにく、日本陸軍は早期に快速で軽量な中戦車と軽戦車を大量に整備する方針へ切り替えた。九五式重戦車まで続いた大型の大重量で機動力に乏しい重戦車は打ち切る。


 高火力と重装甲の重戦車は歩兵支援に流用できるはずだ。九五式重戦車を製造した大阪砲兵工廠は具申書を提出する。陸軍も重戦車を完全に捨てなかった。歩兵の随伴支援用の戦車は新型中戦車とするところ、九五式に代わる新型重戦車に与えることを決め、中戦車は歩兵支援から対戦車戦闘に移行される。


 かくして、九八式重戦車が誕生した。


「主砲は七糎半だ」


「七十五粍か?」


「そうなる。見ての通り。山砲と変わりない。こいつは榴弾しか撃たん」


「対戦車戦闘は九七式中戦車に任せる。九八式は歩兵の盾になる」


 九八式重戦車の主砲は新型の九七式七糎半戦車砲である。75mmの大口径砲の正体は山砲に過ぎない。具体的には、旧式化した明治期の四一式山砲が基となっており、歩兵支援の対陣地砲撃に榴弾を発射する。日本陸軍の山砲は九四式や九六式に交代した。四一式を倉庫にしまっておくには勿体ない。よって、歩兵支援に特化した戦車の主砲に転用した。


 山砲時代から短砲身を引き継いだ18.4口径は榴弾の発射が大半を占める。75mmの戦車砲は大口径にあたり、歩兵の突撃を阻む敵陣地に榴弾を叩き込み、対戦車砲から機関銃まで無力化する。歩兵支援の思想に準ずるが、一応の対戦車戦闘も行えた。実は弾道は意外と良好な低伸性を発揮し、徹甲弾は距離500mで50mmの装甲を食い破る。


 つまり、歩兵支援と言いながら対戦車戦闘も卒なく行えるわけだ。


「お前さんの装甲はどれくらい分厚いんだ」


「正面なら75mmもある」


「わからんな」


「あ~そうだな。あの47mm速射砲を通さない」


「そいつは分厚いな」


 敵陣地の対戦車砲(速射砲)を無効化して15cm級重砲の至近弾に耐える重装甲を身に纏う。正面装甲は75mmの分厚さである。自軍の47mm速射砲を至近距離以外は通さない。各国の対戦車砲は37mmが主流の中で過剰と思われた。


 実際は50mmの装甲板に25mmの装甲板を追加している。砲塔正面は装甲板を溶接で止めた。車体正面は装甲板をリベットで止めた。一枚板でないため数値以下の防御力である。さらに、リベット打ちは本来守るはずの歩兵を危険に晒しかねない。リベット打ちの装甲は被弾時に飛散して散弾と化した。


「分厚い装甲は必然的に重くなる。ノロノロ運転さね」


「あまりに速くてガタンガタンするチハやケニに比べりゃな」


「こいつはガソリンエンジンなのよ」


「あぁ。そういう」


 ベテランの戦車兵は互いに草創期の戦車の苦労を身をもって経験した。若い兵士は「なんのこっちゃ」とわからない。とりあえず、その図体に似合うノロノロ運転は理解できた。こんな大柄な戦車が快速で走られては地響きが起こる。


 75mmの分厚い装甲を有すると重量は嵩んだ。無線機の搭載が標準化されるなど装備は増加して一層嵩んでいる。最終的な重量は海上輸送に支障をきたす30tに突入した。これは生産から運用まで中華民国で行うことで解決する。


 この重戦車を動かすエンジンは300馬力のガソリンエンジンである。川崎がライセンス生産する航空機用液冷V型12気筒エンジンをデチューンした。日本陸軍の戦車はディーゼルを採用する中で異端と言えるが、重戦車は重量が嵩み過ぎてディーゼルの馬力では非力が呈される。やむなく、航空機用を流用したガソリンエンジンが採られた。


「あの、ガソリンエンジンに欠点があるのですか?」


「お前は知らなくて当然か。八九式中戦車があるだろ?」


「はい。我が国の誇る近代的な戦車です」


「あれの初期型はガソリンエンジンなんだが、些細なことで火災を起こして、まぁ大変だったんだ」


「火災! なんとなく、わかりました」


 ガソリンエンジンは大出力を発揮できる割に小型に収まった。しかし、些細なことで火災が発生する。戦車兵や整備員が日々の点検を入念に行っても、火災を引き起こすことが懸念材料であり、ディーゼルエンジンを磨く方向に移行した。


 とは言え、ガソリンエンジンの利点も無視できない。ガソリンとディーゼルは甲乙つけがたい。ディーゼルエンジンを磨きつつ航空機用を流用したガソリンエンジンも開発した。本当はガソリンかディーゼルに統一することが好ましい。まだまだ、ガソリン一本化とディーゼル一本化できるほど、日本におけるエンジンは熟成されていないのだ。


「今の八九式はディーゼルに統一されたが、九七式と九八式が揃い踏みして、倉庫のお守りになっちまった。あの大変な時代を知る者は悲しいな」


「おいおい、八九式も無駄にならねぇよ」


「訓練用じゃないだろうな」


「もちろん。八九式の車体だけ抽出して海軍さんの艦砲を載せる」


「ほ~う。簡易的な自走砲か」


「そうそう」


 旧式化に入った八九式中戦車の有効活用はまたの機会に回そう。


 九八式重戦車のサスペンションこと懸架装置はトーションバー式が採用された。トーションバー式は機動戦闘に適した懸架装置である。不整地の機動力も確保できて重量級戦車に使用された。しかし、日本にとっては高い技術力と工作精度を必要とする。生産性は低くてコストも高いと必ずしも最良とは評価できない。


 九八式重戦車の生産数は中戦車と軽戦車に比べて少なかった。トーションバー式を採用した戦車は少ない。30t未満の九七式中戦車と九八式軽戦車はリーフスプリング式を採用した。リーフスプリング式は鉄道車両の研究から蓄積が存在し、トーションバー式に比べて簡単である。


 履帯は大陸の運用を鑑みた幅広に小型転輪を多数揃えた。小型転輪は極初期の戦車から存在しており、不整地走破能力を高められる反面に高機動は得られない。九八式は快速を端から捨てて幅広履帯と小型転輪を組み合わせる。最速でも時速22kmの鈍足だが不整地を走破できる能力は見た目の割に高かった。


「ソ連の戦車は75mmでふっ飛ばしてやる。なんて言いたいが」


「わかってるよ。チハとケニが快速野郎をふっ飛ばす。お前さんは歩兵と一緒にズンドコ進む」


「理解が早くて助かる」


 九八式重戦車は歩兵支援に特化した。対戦車戦闘は中戦車と軽戦車に任せる。特に新型の九七式中戦車と九八式軽戦車は、ソ連の快速戦車に負けない快速を鳴らし、同等の火力を振り回すことで互角の勝負に持ち込めるはずだ。


 次は九七式中戦車と九八式軽戦車を見ていく。


 それから自走砲と砲戦車に参りたい。


続く


〇九八式重戦車

全長:約6.5m

全幅:約3m

全高:約2.6m

重量:約32t

懸架装置:トーションバー式

速度:整地22km/h

   不整地17km/h

主砲:九七式18,4口径七糎半(七十五粍)戦車砲

副武装:九七式車載重機関銃

装甲:砲塔

   正面75mm(50mm+25mm)

   側面50mm

   後面30mm

   車体

   正面75mm(50mm+25mm)

   側面50mm

   後面30mm

エンジン:川崎液冷V型12気筒300馬力 

乗員:5名(車長・砲手・装填手・操縦手・無線手)

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