世那+世良=パニック

甘夏みかん

第1話 巴江世那


世那せな、約束通り買い食いしに行くぞ!」


「はい、よろしくお願いします」


 二人しか居ない同好会の活動を終えて、雪葉ゆきはは幼馴染の世那に弾んだ声を掛ける。世那は読んでいた分厚い文庫本を閉じると、楽しそうに嬉しそうに柔らかく微笑んだ。生徒や教師の愚痴や相談を聞くのが主な活動ではあるが、胡散臭いと言われてほとんど誰も部室に足を運ばない為、いつも部室で好きなことをして好きな時間に帰っていた。部活と認めてもらえず顧問も居ないが、快適故、同好会のままの方が良い。

 既に帰り支度を終えて廊下で待っていた雪葉は、鞄を持って廊下に駆け寄って来た世那の手を掴み、部室に鍵を掛けて弾んだ足取りで職員室まで走る。早く箱入りお嬢様で世間知らずな世那に、買い食いの素晴らしさを教えたい感情で、実は初挑戦の世那より浮き足立っていた。廊下を走るな、イチャつくなと注意を受けつつ、相変わらず仲良しだなと微笑む担任に鍵を返す。


「雪葉くん、そんなに急がなくても、門限まで時間はたっぷりありますので、途中で帰ることにはなりませんよ。少し落ち着いて下さい。このままだと、僕が倒れます」


「うおっ!? 悪い、そうだよな。早くコンビニに行きた過ぎて浮かれてた」


 乱れた息を整えながらフラフラと身を預けてきた世那に、ようやく自分勝手な行いに気付いた雪葉は慌てて謝罪した。しかし、いくら門限がないとはいえ、早くコンビニに行きたい気持ちは変わらない。ということで、お疲れの世那を横抱きする。


「これなら良いだろ?」


「そうですね。雪葉くんに着いて行って疲れたので、ついでに休ませてもらいます」


「おう、コンビニまでゆっくりしとけ」


 得意満面に口角を上げた雪葉に世那も同意を示した為、目的地であるコンビニまで姫抱っこで運ぶことになった。担任に挨拶をしてから職員室を出て、期待で胸を高揚させながらコンビニまで駆ける。背後から、担任に呆れたような声で「お前らはよ付き合え」と言われたような気がした。

 無駄に多い体力で一度も止まることなく走り切り、到着したコンビニの前で世那を下ろして店内に入る。よく来る雪葉にとっては馴染みのある光景だが、初めて来店した世那は「おお」と圧倒されていた。様々な商品を手に取り目を輝かせてはしゃぐ世那に相槌を打ちつつ、肉まんや唐揚げが並んだショーケースに向かう。ざっと並んだ商品に目を通して、肉まんを一つ頼んだ。


「雪葉くんは肉まんですか? 相変わらず、大好物なんですね」


「まぁな。世那はどれにするんだ?」


「先程見つけた温めるだけで食べられる冷凍食品や、既に洗って刻まれたお野菜も捨て難いのですが……」


「それは今度遊びに来た時に出してやるから、この中から選んでくれ」


 ショーケースから冷凍食品を並べた棚に目を移す世那は、余程、電子レンジで加熱するだけの商品が気になるみたいだ。そんな彼女の顔を優しく目先の商品に戻して、雪葉が頰に苦笑を含ませながら乞うと、何とか諦めて肉まんを選んでくれる。遠慮する世那を説得して二人分の会計を済ませ、暖房が利いた温かいコンビニから出た。


「さっむ! 走ってる時は何も感じなかったが、めちゃくちゃ寒いな」


「気分が高まっていて脳が狂ってたんでしょうね。僕も物凄く寒いです」


「さっさと肉まん食って温まろうぜ」


 二月の冷たい空気に迎えられて身体を震わせた雪葉は、隣で頰を赤らめて白い息を吐く世那に肉まんを一つ手渡す。出来立てだと告げるべく湯気を放つ肉まんは、包装紙越しに手をじんわり温めてくれた。齧り付く食べ方をしたことがないのか、目を瞬かせて雪葉を見上げていた世那も、恐る恐る肉まんを食む。目がキラキラ輝いた。


「な、何ですか、これ。あんなに安いのに、すごく美味しいです」


「美味いよなぁ。高校生でもお手軽にこんなに美味い食い物を買えるコンビニを考えた人は天才だと思う」


「そうですね。創設した方を探し出して、多額の報奨金をお渡ししたいぐらいです」


「それはやめとけ」


 髪と同じ淡黄檗色の瞳に興奮を宿した世那の絶賛に、雪葉も肉まんの旨さを噛み締めながらしみじみと頷く。腰まで伸びた艶やかで真っ直ぐな髪を風に揺らし、とんでもないことを言い出す世那の頭を軽く叩き、雪葉は喜ぶ彼女の姿にニヤニヤと口元を綻ばせた。

 初めての買い食いに興奮する世那の褒め言葉は、全てコンビニに向けてのものなのだが、初めて教えた自分が褒められているみたく嬉しくて擽ったい。暫くコンビニの素晴らしさを語りつつ歩いていると、肉まんを食べ終わった頃に世那がこんなことを言い出した。


「そういえば、好物で思い出したんですけど、雪葉くんは最近流行っている噂を知っていますか?」


「噂? ああ、相手の好物を媒介にした呪いのことか? そういや、唐突に凄い勢いで広まり出したよな」


 脈絡のない話題転換に戸惑いながらも、雪葉はすぐに該当する噂を思い出し頷く。最近、校内で怒涛の勢いで拡散されている噂とは、「決められた方法で誰かに呪われると、呪われた人は見知らぬ場所で食べ物に追いかけられる」というものだ。呪いの発動方法は呪いたい相手の好きな食べ物を一日持ち歩き、魂と馴染ませて相手への憎しみを強く込めるだけ。規定値を超えた憎悪をその食べ物に送れば、対象は好物を食べた途端、異界に引き摺り込まれる。

 あまり難しくない為、好奇心旺盛な学生は揃って呪いを試し、校内で嫌いな誰かを呪うという異常な趣味が流行っていた。今のところ身近な人やクラスメイトが居なくなったり、呪いを成功させたと誇る人に会ったことはなく、呪いの信憑性は不明だ。危惧した教師達はやめさせようとしているが、好奇心を刺激された子供を止めるなんて至難の業。こっそり呪いを試すだろう。なんて呪いについて思い出していると、真剣な顔をした世那に見つめられていた。


「雪葉くんは誰かを恨んで呪うなんてしないと信じてますが、危険なので絶対に試さないでくださいね」


「お、おう」


「約束ですよ? 遊び半分でも試したりしてはいけませんからね?」


「安心しろ、絶対しないから」


 怖いぐらい真面目な表情に気圧されて首を縦に振れば、ホッと安堵の息を吐き雪葉の右手を両手で包み込む世那。切なげに不安そうに眉を垂れ下げて、儚く見上げてくる彼女に庇護欲を刺激され、雪葉は心配を色濃く滲ませた世那を両腕に閉じ込める。


「けど、噂って本当なのか? もしも噂が本当だったら、いきなり知らない場所に引き摺り込まれるなんて、怖すぎるよな」


「大丈夫ですよ。雪葉くんが呪われたら、『私』が必ず助けに行きますから」


 他人の温もりで暖を取りつつ不安を吐露すると、世那が雪葉の頰に手を添えニコリと相好を崩した。助けに行ける保証などどこにもないはずなのに、妙に頼もしく説得力のある雰囲気を醸し出している。夕日に照らされて淡い笑みを浮かべた世那は、悍ましいほど美しく全くの別人に見えた。

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