猫真似

@ku-ro-usagi

読み切り

会社の行き帰り

住んでいるボロアパートの近辺を根城にしている

地域猫たちと遭遇する

みんな可愛い

餌とかはやらないけど

みんな人懐っこいし

たまに撫でてたら

その中の1匹がやたら懐いてくれるようになった

まだとても小さい子

でも住んでるボロアパートは猫禁止

連れて帰れない

その子猫とは

特に夕方の帰り道に会うことが多いんだ

そうしたら

段々と猫がアパートの近くまでついてくるようになった

縄張りが広がっているのかな?

2週間もしないうちに

1階に住む私の部屋の前まで一緒に歩いてくれるようになった

ここ

本当に古いボロアパートだしオートロックなんて当たり前になくて

ドアの前はもう数歩踏み出せば

それぞれの部屋の駐車場の枠線があるだけのひび割れたコンクリート

柵なんてないから突っ込まれたらドアも壁も破壊されるというか

何を言いたいかと言うと

子猫もね

容易にドアの目の前まで来られるんだ

でも子猫は

部屋の前まで来ても

中には入れないことは解ってるみたいで(賢いね)

私は一緒に帰ってくれるお礼に

玄関の外でさ

猫用おやつをあげるようになった

それから

1週間もしないうちに

深夜も0時に近い時間になると子猫は1匹でやってきて

「ニャーン」

とドアの外でほんの一声だけ鳴いて

「夜食が欲しい、撫でて欲しい」

とおねだりにくるようになったんだ

可愛くて可愛くて

色んな餌だけじゃなくておやつも買ったよね

それがまた5日間くらいかな

続いたある日

うん

あれは金曜日だった

また深夜に

毎日の日課になりつつある

かわいい

「にゃーん」

が聞こえたのでいそいそ餌を持ってドアを開けたんだ

そしたら

いきなり

変にしゃがれた男の

「にゃあーん」

って猫の鳴き真似と荒い呼吸音が聞こえてきた


私だけじゃなくて子猫もビクッとして

声の聞こえる方を向いたら

アパートと隣の一軒家を仕切る生垣だけの狭い隙間から

伸びかけたボサボサの髪に顔は不健康に青白い

なのに

目許だけはやたら赤く唇は分厚くて荒れている

よれよれの着古したジャージ姿の男が

生垣の葉を頭や肩に数枚乗せて肩で息しながら出てきた

え?は?誰?

どこから出てきたの?

まるで

アパートと生け垣の間に潜んででもいたような

そんな現れ方だったし

実際

潜んでいたらしい


私は

その唐突過ぎる男の出現と今の状況が理解できずに

文字通り固まっていたけれど

男の荒い呼吸が

別に今の今まで走っていたからなどではなく

ただ小鼻を広げ気味の

本能からくる性的欲求を含んだものであること

荒れた唇を舐めながら

目を血走らせて

「にゃあ……っはぁぁ……にゃあぁ…!」

と媚を売るような鳴き真似と共に

こちらに両手を伸ばしながら

素足に便所サンダルを履いた足を一歩踏み出された瞬間


私は

やっと

本当にやっと

太ももの裏辺りから頭にまでゾワッと嫌なものが走り抜けていく感覚と

それが恐怖から来るものだと遅まきながら脳みそが判断した

けど

動けなかった

怖くて

ただ

怖くて

無意識に

「誰か」

と祈った瞬間


「フシャーッ!!」


と子猫が

全身を総毛立たせて男を威嚇してくれた

逃げるどころか

小さい身体で立ち向かおうとしていた

私は

その子猫の鳴き声にやっと身体が動いて

男を威嚇する子猫を片手で掬うように抱き上げて

掴んだままだったドアノブごとドアの内側に身体を戻し

ドアを閉めて鍵かけて

震える手でチェーンを掛けて

子猫を抱えながらその場にしゃがみこんだ

ドア閉める直前に

実はあれは人間などではなく

妖怪か悪霊か何かの類いではないかと思った

凄まじい形相と

こちらに伸びてきた

妙に分厚い指と噛み痕のある爪先

酷くほつれ垢で黒ずんでいたジャージの裾が

私の目にスローモーションで映り込み

それらはもう

パーツ一つ一つが

全てが悪夢そのものだった


そんな恐怖とパニック中で頭の中がぐるぐる回りながらも

頭の一部はどこか冷静だった

じゃないときっとパニックになってしまうから

きっと

多分ね

最近の私の日課となりつつあった


ドアの前で猫が鳴く

若い女がドアを開ける


そんな構図が続いているのを

男はどこからか見てたんだと思った

私は

自分のあまりの危機管理のなさに

自分自身を張り倒したくなった


だって

だってさ

今も

薄いドア1枚隔てた向こう側から

「……ハァーッ……にゃーん……ハァーッハァァーッ……にゃーん…!」

って男の呼吸音と猫真似が聞こえてくるんだよ

それと

ドアを爪で引っ掻く音も

本人は子猫のつもりなのか

不気味なくらい控えめな引っ掻き音だった

私はただ小さく柔らかい子猫を抱えて

怯えながらこの時間が終わることを祈るしかできなかった


それから

どれくらい経ったのか

多分そんなに長くはなかったと思う

男は猫になることを諦めたのか

ただ

アパートの前の道を

誰か人が歩いてきたのかもしれない

玄関ドアを引っ掻くカリカリ音も

不気味な声も聞こえなくなって

やがて気配も感じなくなった

私はそれでも動けずにいると

不意に腕の中で子猫が窮屈そうに身動ぎし

ガチガチに固まっていた私の腕の中からすり抜けた

そして

ふるふるとかぶりを振ると

私の前に向かい合うように座って

小首を傾げて私を見上げてきた

そんな愛らしい仕草を見て

私はやっと

やっと身体が動いて

それでも腰が抜けて立つことができず

四つん這いで部屋にスマホを取りに行き

「あの……変な、変な男が部屋の前に……」

って

半べそで警察に電話かけた


その後は

勢いとはいえ子猫を部屋に入れちゃって

子猫も外へ出せと鳴くこともなく

翌日は仕事も休みだったから

夜中は色々諸々でほぼ寝れなかったけど

朝に恐る恐る外に出てそのままへ不動産へ行った

そしたら

猫OK

奇跡的に即入居OK

(ただ、家賃が今より+3万)

のオートロックのマンションを契約できた

私はすぐに

1匹の子猫と共に新しい部屋へ引っ越した

子猫は+3万の価値はある可愛さだから後悔はないけれども

生活はちょっと苦しい


猫真似男は

隣の一軒家に年老いた両親と住む

毎日家にいる男だった

2階の自室から

猫の鳴き声→若い女がドアを開ける

をたまたま窓から見た日から

毎日気になって見るようになった

それがなにがどうしてそうなったか

「自分も猫になれば餌を貰えると思った」

「部屋に入れてくれると思った」

と思ったのだそう

どうして

そうなるのかは多分一生理解できないし

理解したくもない


今回の教訓は

安易にボロアパートには住むな

かな


子猫は今日も窓際で空を眺めている











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