シンデレラ・ナイト
関森へきさ
シンデレラ・ナイト
プロローグ『蝶々』
少女は、夢を見ていた。
その場所は、金属とケイ素で形作られた、四角い木々の鬱蒼と茂る人工の森の中で、その背の高い建物たちの眼下に根の様に広がるアスファルトで形作られた小道を、どこまでもマイペースにふわふわとした足取りで歩く者と、その後を落ち着かない気持ちで付き従う者、二人の人間の姿があった。
先を行く少女が不意にくるりと一度回ると、翻ったスカートの裾がふわりと浮く。
「一度でいいからさ」
言いながら歩く足取りはふわふわと、というよりもふらふらとしており、おぼつかない足取りに見えるステップで車道と歩道を隔てる縁石の上を妖精のような足取りで、歌うように言葉を紡ぐ。
「なーんにもない、だだっ広い原っぱの上でさ」
気持ちが良かったのか、今度は足を止めて二度、三度とくるくると回り始める。案の定、ぐらりとその身体が大きく傾いだ。
「先輩!」
その姿を見るや否や、慌ててもう一人が悲鳴のような声を上げながら、車道側に飛び出しそうになった身体を支えに駆け出した。
「よっと」
そんな心配もどこ吹く風、一度は車道に降りたかと思えば、事も無げにひらりと一歩、今度は縁石を越えて反対側の歩道へとぴょんと飛ぶと、その傍らを、猛スピードの車が通り過ぎて行った。それを見て一喜一憂を繰り返す者の姿など全く意に介さず、まるで自分自身の周りに存在する物になど興味が無いとでも言わんばかりに、奔放な言葉を続けていく。
「寝っ転がりたいんだよね」
その、どこまでも浮世を離れた言葉を聞いた相手がどんな顔をしていたのか、夢の主の目には靄がかかったように映らなかった。
その場所の名前は、電子世界『ガーデン』。
地球を手狭な世界にしてしまった人類の、次なる故郷は宇宙ではなく。電子の庭だった。今や世界中の人々が息づく空間、その始まりは、素性も明かされぬエンジニアが残したコードによるプログラムだった。それは当初、自分のためだけの楽園を作りたかったエンジニアは、その空間以外には何も残さなかった。それでも手がかりの一つも存在しない入り口のプロトコルを暴き、最初にその楽園に足を踏み入れた開拓者は、眼前に映った景色にただただ驚愕し、自らの正気を疑った。
そこに広がっていたのは、現実世界と瓜二つの世界だった。あるべき土地に、あるべきものがある。現実世界からコピーしたような空間に、その場所にいると電子世界である事を忘れてしまうほどだった。無論、データのコピーではあるが、現実世界とリンクしたそれは、現実のアップデートを取り込み世界と同時に成長していた。そこに無かったのは、肉の身体を持った生命だけだった。
先駆者に次いで、人々がその楽園に辿り着くと、その完成された世界を次々と開拓していった。
大地と海があり、光と影があり、建物があり、そしていよいよ生命で満たされ始めた世界は、少しの間の混沌の時間を経て、そこに根付き始めた秩序と経済活動によって、多くの人々の故郷となった。
現実世界のアップデートを取り込む電子世界は、見返りに現実世界に恩恵をもたらした。現実世界に出現した新物質『リターン』。電子世界の演算の結果によって現実世界に発生した、透明な液状の物質は、燃料として使う事も、人類が身体に取り込むことも出来、現実世界の食糧事情とエネルギー問題の両方を都合よく一挙に解決した。
そして、しばらく電子世界の住人となっていた人々は、ついに世界のルールを理解する事になった。電子であるがゆえに0と1で表現される世界の中では、人々の願望と知恵により、その0と1を書き換える事が許されていた。この発見と、その0と1を書き換えるための式が一般化した事により、人類の電子世界への移住はより加速する事となった。
***
教壇に立つ教師が、電子の黒板上に文字を記しながら、世界の歴史をなぞっていく。そして、それをぼうっと見ている少女がいた。知りたくもない文字の羅列の表示されたタブレットになど、微塵も興味は向けられていなかった。窓の外を眺めているふうだが、目線を向けているのは外の空や校門の外でもなかった。少女の意識と魂は、もっと遠く、ほどなく訪れる鐘の音に呼ばれて一瞬で飛んで行く事が可能な、現実の距離上では数百キロメートル先のスタジアムに、すでに囚われていた。
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