19本目「宿命! 颶風院と王帝院!!」

 僕たちは槍の購入後、その足でいつもの『くあどりが』へとやって来ていた。

 ……まぁ色気のない場所ではあるけど、そもそも本当の『デート』ってわけでもなかったし、僕も夜については特に考えてなかったので姫先輩さえよければいいんだけど。




「おう、今日はおまえたちだけだ。

 ……話があるなら、ゆっくりとな」




 今日のバイトは本多先輩が一人だけ。

 お客さんも僕たち二人だけ。

 ……バイト先に言うのもなんだけど、これでやっていけるのかな……僕のバイト代、ちゃんと出るんだろうか若干の不安がある。

 それはともかく――




「……」




 テーブル席に僕と向かい合わせに座る姫先輩は、お酒の席だというのにいつもより明らかにテンションが低い。

 僕と二人きりだからではない。

 さっきのビルでの会話――『キサキ』に関することをこれから話すからだろう。

 ……そ、そうだよね?







「――順を追ってお話いたしますね」




 最初の一杯を豪快に飲み干した後、表情一つ変えず姫先輩は切り出す。

 ……知ってはいたけど、相変わらず酒強いなー……酔わせてお持ち帰りは難易度高いだろうなー……。

 いや、今日はそんなことはどうでもいいか。




「まず、ご存じの通り、わたくしの家――颶風院ぐふういん家は、古くから続くヤリの名門です」




 初耳ですが?

 ……槍の名門とかあるんだー……へー……。

 だがちょっと気になることがある。




「……さっきの子たちの祖父? が槍の協会の会長だって言ってませんでしたっけ?」




 こういう何とか協会とかって、昔からの名門が牛耳ってるようなイメージがあるんだけどな。

 話の腰を折ってしまう形となったが、姫先輩は軽く微笑み僕の疑問に答えてくれる。




「現在の協会長は『磐梯バンだい真魚まお』様――綺璃花きりかちゃんたちの祖父になります。

 当家については『権力は振るわない』と家訓で決まっておりますので、協会長が不在の時の代理だけを務めることになりますね」


「なるほど……?」




 名家であるが故に、逆に上の立場にはならないということか。

 あくまでも、いち槍人ヤリマンとして振る舞うべし――これを責任放棄と受け取る人ももしかしたらいるかもしれない。

 難しい問題だね。正直僕には颶風院のスタンスが正しいのかどうかは判断がつかないし、是非を論じることはしたくないかな……。

 それに、今回の『主題』ではない。




「すみません、お話の腰を折ってしまいました」


「いえ……当然の疑問ですから」




 ……もしかしたら僕以外のヤリサーの面々、というか槍界隈の人にとっては常識なのかもしれないなぁ……。




「それで、当家と同じく――いえ双璧を成す家があります。

 そう、ご存じの通り『王帝院おうていいん』家です」




 全くご存じありませんが??

 ……ヤリサーに関わってから思ってたけど、もしかして僕は日本によく似た異世界にいつの間にか転移してるんじゃないだろーか……。

 異世界というか、この場合はパラレルワールドかな。よくわかんないけど、槍が異様な存在感を放つ並行世界というか……。

 それはともかく、姫先輩の家と並ぶ槍の名家……ふむ? もしかして……。




「ふふ、ご心配なさらず。

 颶風院家と王帝院家との仲は良好ですよ。わたくしの父と斗織トールおじさまは『親友』と言っても差し支えのない関係です。

 父の代に限らず、両家は共に切磋琢磨、時に助け合いながら続いてきたのです」


「そ、そうなんですね……」




 てっきりライバルである王帝院がヤリマン狩りの手引きをしているのかなと疑ってしまったけど……。

 どうやらそうではないらしい。




「おう、颶風院と王帝院の旦那は昔から仲が良かったらしいぞ。

 俺の親父の世代でつるんで色々とヤンチャしてたらしいがな」


「本多先輩? ……あれ? もしかして、本多先輩って……」


「おう、親父が姫の父親と同世代でな。姫のことも昔から知ってるぞ」




 へぇ……。

 何となく他のサークルメンバーに比べて、本多先輩と姫先輩の距離感が近いなーって感じてはいたけど親が同世代だったのか。




「貞雄さん、わたくしたちのサークルが『伝説のヤリサー』と呼ばれる理由はにあるんですよ」


「ははは。親父たちの世代が出来たてのヤリ学にヤリサーを立ち上げたって話なんだがな。

 ……まぁ流石にヤリの名家双璧の跡取りが揃っていたら『伝説』と言われてもおかしくはないな」


「……そういうことだったんですねー……」




 今更だよなー……。

 僕の望む方向での『伝説のヤリサー』なんて、よくよく考えたら犯罪方面で有名になった場合にそう呼ばれるかも? って感じだよなー……。

 まぁ今のヤリサー自体、僕は結構楽しんでるし続ける気でいるからもう済んだ話ではあるんだけど。




「その王帝院家ですが、一つ問題が起こってしまいまして――」




 そこで姫先輩は言い淀んだように言葉を止める。

 ……『家』の話ってことは、そうおいそれと話せないナイーブな話になってくるのだろうか……?

 それでも、躊躇ったのは数秒。姫先輩は決心したかのように迷いのない顔で僕の目を見て続ける。




「……子供がいないのです」


「!」




 ……なるほど、姫先輩が躊躇った理由はわかる。

 子供はね……色々と要因はあるだろうし、一概に『こう』とは言えないし他人が踏み入っていい話でもない。

 ましてや王帝院家に何の関係もない僕にとっては……比較的親しい仲だという姫先輩だってそうだろう。




「斗織おじさまが結婚できなかったので……」




 Oh……それは論外だわー……。

 しかも、結婚、ではなく結婚かー……。

 …………僕も他人事じゃないな……次世代に継いでいかなきゃいけないような名家なんかじゃないけどさ。

 まぁ、うん。ここは突っ込んだら僕自身もダメージを受けそうな予感がするのでスルーしておこう。




「そこで王帝院家は養子を迎えることとなりました。

 ――それが『キサキ』です」




 ようやくその名前が出て来たか……。

 王帝院の養子であり次の世代の跡取りかー。

 両家は親世代では仲が良いけど、姫先輩の世代ではそうではないということなのかな?




「キサキ――王帝院姫咲きさき……元の名は姫咲」


「!? それって……」


「…………わたくしの、実の妹だった子です」




 姫先輩は少し寂しそうな顔で言った。

 そうか……親世代が親友だというし、元々の家同士も近い距離にあった。

 どんな話し合いがあったのかは想像するしかないけど……養子をとるなら、ということで姫先輩の妹さんが行くことになったということなのかな……。

 もしかして、そのことを恨んでいる……?




「……あの子が今何を考えているのか、わたくしにはわかりません――けれども、今回の件……あの子が関わっているのは間違いないと思います」


「おう。チビ姫はなぁ……まぁ細かい話は省くが、ヤツならやりかねないだろうなぁ」




 いつの間にか仕事をさぼって椅子に座ってる本多先輩も頷く。

 ふむ……? 二人が何の理由もなく人を疑うとは思えないし、それなりに思い当たることがあるってことかな……。

 ともかく、最近になっていきなりヤリマン狩りが姫先輩を狙いだしたことに、姫先輩の元妹――王帝院姫咲が関わっている可能性が高いこと。これだけははっきりとした。

 まだ確定ではないし、仮にそうだったとして解決の目途はたっていないけど……。




「先輩方、僕に出来ることはありますか?」




 一つはっきりとしていることは、ヤリサーに本腰を入れようとしている僕は、もう巻き込まれただけの無関係な人ではいられないし、いるつもりもないということだ。

 ヤリサーの一員としてやれることはやるつもりだし、微力ながらも姫先輩の助けとなりたい。

 ……下心がないわけじゃないけど――やっぱり好きになった女性の助けになりたい、と思うのは男として当然のことだと僕は思うのだ。




「ありがとうございます、貞雄さん」


「ふっ、あの小さかった新人がな……ここまで大きくなるとは」




 親戚のおっちゃんか。知り合って何ヶ月も経ってないのに。

 僕の言葉にほろりと涙する二人。

 ……そ、そこまで感激されるようなことを言った覚えはないんだけどなー……。




「ヤリの道は一日にして成らず――貞雄さんもこれからはヤリの訓練ですね♪」


「の、望むところですとも!」




 何をすればいいのかわからないまでも、とにかく僕も一端の槍人ヤリマンにならなければならないのは間違いない。

 流石に小学生チャンプたちに勝つ、とはいかずともせめて技量の差を体格差で埋められる程度にはなりたい。




「意気や良し。

 新人――いや、。ひとまずの目標は、お前にも『ランク』を取得してもらうことになるな」


「ランクですか……?」


「おう。平たく言えば『資格』みたいなもんだ。剣道の初段とか、柔道の黒帯とか」


「ああ、なるほど……」




 実際の実力とそう言った資格はあんまり関係ないような気もするけど、持っているにこしたことはないか。

 資格の試験を突破できている、ということはある程度の実力も保証されるわけだしね。

 そういえば新歓ランパの時にもちらっと言っていたかな? 確か弁慶さんがAランクだったような。




「ちなみに、お二人のランクは……?」


「俺はSランクだ」


「わたくしはSSSランクですね♪」


「……」




 …………何か途端に胡散臭いランクになってきたんですけど……。




「確かランク試験はもうそろそろでしたよね?」


「おう、貞雄次第でどうしようかと思っていたが、やる気十分のようだし……そこでランクを取ってもらうか!

 ちなみにだが、ヤリのランクは履歴書にも書けるぞ!」




 就職とかに有利に働く資格とは思えないけどね……。

 ま、それでも僕の決意に変わりはない。




「わかりました! 当面の目標はランク試験の突破ですね!

 これからもよろしくお願いします、先輩方!!」




 ――ヤリサーに入った当初の『童貞卒業』からは離れていってる気がしないでもないけど、これはこれで悪くない。そう思うのだった。




 ……それに、ヤリの腕を磨いていけば姫先輩とお近づきになりやすいかもしれないし……。

 一見すると遠回りしているかのようなこの道こそが、一番の近道なのではないだろうか。

 なにせ、今の僕には――姫先輩しか見えていないのだから……。

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