16本目「胸熱? はじめてのデート!?(後編)」

「へ~、こんなところに槍のお店があるんですね~」




 姫先輩と談笑しながら駅から歩くこと10分くらい。

 ビジネス街、というわけでもなくさりとて住宅街というわけでもない。

 両者がほどよく混じり合った……うーん、なんて言えばいいのか僕にはわからないや。

 そんな場所の大通り沿い、そこそこ新し目の5階建てビルに目当ての『槍のお店』があった。




「ええ。数年前にこのビルへと店舗を移したのですよ」




 通りに面したショーケースには様々な槍や鎧兜が陳列されており、一種異様な雰囲気を醸し出してはいるけど……まぁその手の店というのは見ればわかるか。

 ちらっと覗いてみると、横幅はそこそこ、奥行きが結構あるみたいだ。

 ……両隣は食事する店だったり服屋だったりと、妙に統一感がないのについては、だからこそ『昔からの店』という感じではあるか。




「それでは参りましょう」


「は、はい」




 流石にちょっと緊張する。

 槍もそうだけど、こういう『武道』関係のお店ってなんか空気が張りつめている感じがするよね。スポーツ用品店とはいい意味で雰囲気が違うというか。

 ここまで来て『やっぱやめます』は言えない。

 姫先輩と共に僕ははじめての『槍のお店』へと入店するのであった。







◆  ◆  ◆  ◆  ◆







「おぉ~……何というか、凄いですね……!」




 お店の中は外から見るよりもかなり広い印象だった。

 壁際に様々な槍が並べられ、店の奥側にカウンターがある。

 店内中央部には幾つかの机がある。多分、高額の商品とか注文品とかの話をするときに使うのだろう。流石に今日は縁がないとは思うけど……予算的に。




「いらっしゃいませ――おや、颶風院のお嬢様でしたか」




 奥のカウンターに座っていたナイスミドルのお爺さんが、姫先輩のことをそう呼ぶ。

 馴染みの店と言っていたし、店員さんとも顔見知りなのか。




「ごきげんよう。

 今日はこちらの方にヤリを見繕いたくて参りました」


「さようでございますか。

 ふむ……ヤリは初めてですな?」


「あ、は、はい……」




 別にジロジロと見られたわけでもないんだけど、妙な威圧感を受けた気がする……。

 そして、当然のように槍の習熟度まで見抜いてくる……いや、まぁ僕に関しては別に見抜いたから慧眼だとも言えないか?




「なるほど……それでは、こちらのコーナーに丁度良い品がありますのでどうぞ」


「ありがとうございます」




 壁際のコーナーの一画に案内される。

 そちらにはサークルの先輩たちが使っているのと同じようなオーソドックスな槍が並べられており、カゴに無造作に纏めて放り込まれた安物と思しき物もある。

 ……ま、僕みたいな初心者にはこういうのでちょうどいいだろう。




「それでは、決まりましたらお呼びください。私はしばらく『上』へと行ってますので」


「はい♪」




 爺や――じゃなくて店員さんは一礼すると再びカウンターへではなく、フロア端にある階段を昇って行ってしまった……。

 服屋とかだと店員が張り付いてきてうざかったりするけど、姫先輩という槍のプロ (?)がいることがわかっているので余計な口ははさむまい、ということなんだろう。

 ……まぁもしかしたら見た目に反してやる気があまりないじーさんなのかもしれないけど。




「貞雄さん、それでは一つずつ見ていきましょう!」




 姫先輩のテンションが高い。飲み会の時と同等だ。

 ……本当にこの人は、心の底から槍が好きなんだろうなぁというのがわかって微笑ましい気持ちだ。







◆  ◆  ◆  ◆  ◆







「オーソドックスで万人向けの槍と言えば、やはりこのタイプですね!」




 姫先輩が真っ先に指したのは、姫先輩自身やサークルの皆が使っているような一般的な槍――長い柄の先に穂先がついている『スピア』タイプの槍だった。




「公式ルールも全てに対応していますし、色々と考えることもなく、一番扱いやすいヤリですよ」




 ふむ。僕も今日買うのはこのタイプの槍だと思っていたので是非はない。

 後はまぁ値段の問題くらいかな。

 でも折角だし、色々と槍を見てみたい気持ちはあある。

 僕の気持ちを理解してくれているのかはたまた予想していたのか、姫先輩は他の槍も色々と紹介してくれる。







 ……ほんと、色々な種類の槍があるなぁ……そしてそれらすべてについて色々と解説できる姫先輩の知識に、感心せざるをえない。

 この間のヤマンバが使っていた『ハープーン』。

 ヤマンバのとは違うけど、主に投げつけるための槍である『投擲槍ジャベリン』。

 西洋の騎馬騎士が使うイメージのある、細長い円錐状に伸びる巨大な槍である『騎兵槍ランス』。

 変わり種としては斧とかと一体化した『斧槍ハルバード』とか、もうほぼ長刀なぎなたなんじゃないの? と言いたくなるような刃を備えた『青龍偃月刀』とか……。

 とにかく色々な種類の槍があった。

 ……槍というか、柄の長いあるいはリーチのある武器全てをひっくるめて『槍』と呼んでいるんじゃないか疑惑が浮上してきた……。




「……やっぱり、普通の槍ですかね」


「そうですね。どのルールにも対応していますし、最も扱いやすいかと」




 色々と見たけども、やっぱりオーソドックスなタイプの槍が一番だと思った。

 形状によってはルールに対応していないものもあったりするし、扱いが難しいというのが素人の僕にはネックとなる。

 ちなみに、値段も一番安いので選択の余地もそもそもないかなー……。




「あとは付属品も購入する必要がありますわね」


「付属品ですか?」


「はい。ゴムではないので、持ち運ぶためのケースが必要になるでしょう」




 あー、確かに。

 刃物ではないけど、木刀とかと同じでそのまま持ち運んでいたらおまわりさん直行コースになってしまうか。




「それと、穂先を覆うスキンもですね」




 新歓ランパみたいに『ホ別』ルールの時は必要になるか。

 ……ぶっちゃけ、防具無しでやるランパで穂先を覆おうがなんだろうがあんまり意味ない気もするけどなー……。




「貞雄さん、これ見てください! 新しい、皮付きのヤリです!」




 きゃっきゃとはしゃぐ姫先輩が指したのは、『新発売!』とポップの貼られた槍だった。

 他の槍と違って最初から穂先が皮に包まれている。




「ホ別……じゃなくてホ込? のルールってあるんですか?」




 ホ別しかないようなら、皮を別途買わずに済むかなとは思うけど。

 わざわざそういうルールが出来ているってことは、皮を外す場合もあるってことなんだろう。




「そうですね……サークルでのランパでは滅多にありませんが、公式戦ではホ込が主流ですね」




 公式戦かー……僕には遠い話に思える。




「ほら、見てください!」




 テンションがまた上がった姫先輩が皮付き槍を棚から取り出し、穂先に手を掛ける。




「ここを、こうすると――ほら、皮が剥けました♪」




 ボタンで留められていたらしい皮をぺりっと剥がすと、穂先が露わになった。

 余った皮は穂の根本部分に纏められるようになっている。




 うっっっっ!!!!!!!!!!!!




 …………ふぅ……いかんいかんあぶないあぶない……。

 姫先輩の艶めかしい手つきで、つい別のものの皮を剥くのを想像してしまった――個人的にはかなりアリ寄りのアリだな!!




「……とりあえず、皮は別で買います」




 冷静に考えたら、普段皮を被せたり剥いたりするの僕だしね……何か色々な意味で凹みそうだし……。







 で、槍本体とケース、皮で合わせて4万ほどになる計算だった。

 結構痛い出費ではあるけど払えない額ではない。

 まぁこれもサークル活動をする上での投資、いや必要経費かと思えばそこまで高いものでもないだろう。

 これで専用の防具が必要とでもなったら、余裕で10万くらいは吹っ飛ぶだろうしね……。

 さて、会計をしたいけど店員の爺さんは上に行ったままだ。




「貞雄さん、わたくしたちも上に参りましょう。

 折角ですので、試しにヤリを振ってみませんか?」


「上ですか?」


「はい。上の階はヤリの道場となっているんですよ」


「へー」




 専門店+道場ってことか。

 ということは、もしかしたらあの爺さんは店員兼道場の先生ってことなのかもしれないな。

 これから使う槍だし、確かに一度振ってみて感触を確かめてみるのもいいだろう、流石にお店の中では振り回せないしね。

 会計前だけど……姫先輩の馴染みみたいだし、大丈夫なのかな。




「ちょうど今の時間帯だと、子供たちの教室が開かれていると思います」


「子供も槍やるんですね……」


「ええ、とっても可愛いんですよ。チビッ子ヤリマンたちは!」




 …………世も末だなぁ……。

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