日々徒然
@chrys0bery1
第1話 薄氷(うすらひ)
ずるり。
寒さが少し緩み、夜明けも早くなってきた2月の中旬。
薄曇りの早朝。マフラーへと顔をうずめた少女が玄関から一歩踏み出すと体のバランスを崩した。
少女が視線を落とすと学校指定のローファーの足先で水たまりが凍っていた。
少女は眉間に小さくしわを寄せてふっと小さくため息をつく。ふわりと白い息が空気に溶けていった。
登校時間も過ぎて人もまばらな学校前の道を無心に歩く。少女にとっては通い慣れた道だ。あと何度この道を通うのだろうか。
校門に近づくにつれてチラホラと人が増えてきた。顔をこわばらせた人もいれば口元に小さく笑みを浮かべた人もいる。対照的な表情を浮かべた2人は顔見知りなのか、視線を交わしながらも気まずげな様子で互いにスッと目線を逸らして黙々と足を進めていった。
他の人に少女はどう見えているのだろうか。少なくとも、晴れやかとは言えないだろう。
校門を過ぎ少女は玄関でローファーから上履きへと履き替えようと体を屈めると、背中から声がかけられた。
「あ、久しぶり~。……そっちも、先生に結果報告?」
振り返れば、少女の友人が立っていた。
「久しぶり。ん……。まぁそんなとこかな」
「そっか。…………えっと。……あ、数学で先生に聞きたいことあったんだ。ごめん、ちょっと行ってくる。……じゃ、またね。お互い頑張ろうね」
「ね。あと二週間もないし、頑張ろうね。じゃあね」
少女の曖昧な言葉に友人は何か言いたげに口を開くも、そのまま用事を理由に立ち去った。少女は友人の背中をチラリと目をやってから反対方向へと足を向けた。
扉の上に職員室とプレートが掲げられた部屋への前で少女は立ち止まる。小さく息を吸い込んでから失礼します、と声を出して扉を開けて体を中に進み入れた。
少女は落ち着かない様子で部屋の中を歩く。その奥には男性が何か書き付けていた。
「あの、先生、合格してました」
「あぁ、合格したか! おめでとう。まずは一安心だな」
「はい。ありがとうございます」
小さな声で話しかけた少女の言葉に、男性教師は顔を上げて笑みを浮かべる。
「あとは第一志望か。どうだ? 順調か? 困ってることとかはあるか?」
「はい。あ、いえ」
「どっちだ」
「大丈夫です。あとは、もうやるだけというか……やるしかないというか」
「そうか。……そうだな。しっかりやれよ。お前なら大丈夫だ。体調にだけは気を付けるんだぞ」
「はい。気を付けます。……失礼します」
小さく頭を下げた少女に軽く手をあげて応えた男性に背を向けて、少女は足早にその場を離れた。
トボトボとした足取りで少女は家路につく。5本指の手袋に包まれた指先を、ぼんやりとした様子で擦り合わせていた少女の耳に子供の高い声が飛び込んできた。
「おかあさーん! みて! こおりー! われた! みて!」
「見てる見てる。あーほら危ないよ。手も冷えちゃうよ」
「だいじょぶ! バリバリ〜!」
少女の視線の先で、公園の小さな水遊びができる場所で幼い子供が氷の張った水面に何かを投げる。ぱりん、と氷が割れる音が聞こえた。子供は楽しそうに高い声をあげてその割れた氷の塊を掴み、母親だろう女性に駆け寄る。
「こおり! われた!」
「氷だね〜。前は割れなかったのにね。暖かくなってきたからだね」
「みて〜。とけた!」
「あ、手赤くなってるね。ほら、おてて出して? 手袋つけよ?」
しゃがみ込んで子供の手を布で拭いた女性は暖かそうな小さな手袋を子供の手にはめる。その横では陽の光を受けた氷面がきらりと白く反射していた。
パキリ。
その様子を横目に少女が一歩踏み出すと足元から軽やかな音が鳴った。
視線を落とすと地面に薄く貼った氷に割れ目が入り不規則な幾何学模様を描いていた。
「あ、これ、かっこいいかも……」
少女は小さく呟く。
鞄からスマートフォンを取り出す。手袋を外してパシャリパシャリと何枚か写真を撮ると、満足げに笑みを浮かべる。
ちらり、と少女は手を見つめる。中指にはペンだこ。大きくふくらみ、硬くなり、少し他の肌より色が濃い。少女の努力の証だ。
「……早く帰ろ。……スケッチしなきゃ」
少女は赤く染まった指先を手袋にしまいこみ、しっかりとした足取りで歩き出した。
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