#10 盗人
その日、俺はいつもの様に、仕事為に朝早くから漁港に向かっていた。
クスノキに紹介してもらった漁の手伝いだ。男手はいくらあっても困らないとの事で、それなりに良くしてもらっている。
村外れに暮らす老婆――シグレから聞いた話では、村民の人数は管理されていて細く長く困らない程度に保たれているとの話だった。
しかし、現状俺一人の参戦で漁師たちに喜ばれるということは、やはりこの村は所謂人手不足。
つまり、衰退に向かって行っているのではないかと邪推してしまう。
もっとも、それもまたおかしな神様の管理の範疇なのかもしれないが……。
漁港へ向かう途中、ジュウオウ村の入口門を通りかかる。
すると、そこには三人ほどの人影があった。
いつもこの時間、そこに誰かが居ることは無い。
漁師は皆漁港の方に居るし、農夫は畑仕事と、それぞれの役割に勤しんでいて、入口門の前でたむろしてサボっている様な村民は居ないのだ。
ジュウオウ村の村民は皆勤勉――というか、そもそもそうやってサボる余裕自体が無いのだろう。
俺はそこでたむろする村民の存在に首を傾げつつも、適当に会釈でもして通り過ぎようとする。
しかし――、
「おい、待ちな」
彼らの内の一人が、声を上げた。その声は俺に対して投げかけられている。
俺は初めてこの村に訪れた時の、村全体からの手酷い対応、その時の記憶を思い出し内心冷や汗をかきつつ、努めて丁寧に言葉を返す。
「はい、なんでしょう」
俺が足を止めるや否や、彼らは俺の前方に立ち塞がる。
その瞳は鋭く俺を睨みつけていた。
そして、彼らの顔を正面からまじまじと見て、やっと気づいた事があった。
俺は彼らの内の一人を、知っている。黒髪の男だ。
知っているとはいっても、俺が一方的に村の中で目撃したことがあるという程度だ。
確か、こいつは――、
その身知った男は、口を開く。
「やったのは、お前だろう?」
「……?」
何の話か分からず俺が言葉を返せずにいると、男は苛立ちを隠そうともせずに言葉を重ねた。
「白を切るって言うのか!? あんたが”盗った”んだろう!?」
盗った。――何を?
分からないので、それをそのまま問うた。
「すみません、話が見えません。俺が何を盗ったっていうんですか?」
男は更に声を荒げる。
「だから! お前がアニキの“石の首飾り”を盗ったんだろって、言ってんだよ!」
――ああ、そうか。
俺は何が盗られたのか、それを知っていた。聞いていた。
それに思い至ると同時に、目の前に立ち塞がる男をどこで目撃したのかを思い出した。
――こいつは、“石の首飾り”を盗られた男と一緒に居た、取り巻きの内の一人。盗られた方の男の事をアニキと呼んでいた男だ。
こいつは俺の事を、石の首飾りを盗んだ犯人だと思っているのだ。
その気持ちも分からなくはない。俺という迷い人が現れて、それと時を同じくして大変価値の在るであろう首飾りが盗まれたのだ。まず初めに疑いたくなるのも無理はない。
しかし、勿論犯人は俺ではない。そんなものに興味も無い。
その首飾りが何かしらの魔法的アイテムで、砕けば元の世界に帰れるなどという都合のいい展開でもあるのなら欲しくもなろうが、当然そんなはずも無い。
――さて、面倒な事になった。どうやって弁明しようか。
仮に「ああ、石の首飾りの事ですか?」なんて言ったものなら、それこそ犯人扱いされて吊るしあげられてしまう。
俺はただでさえ立場の弱い余所者、迷い人だ。ここで選択を間違えばそのまま詰みだろう。
なので、俺はなるべく刺激しない様に慎重に言葉を選びつつ、
「違いますよ。俺はそんな物知りませんし、盗ってもいません」
と、潔白を訴えるしかなかった。
しかし、男は更に熱を上げ、
「いいや、お前だ! お前が盗ったんだ!」
と、もはや俺が何を言おうと聞く耳を持たない。
そして他に二人も俺の後ろに回り、取り囲むように逃げ場を塞いで来た。
「やってないですって! なんなら、うちボロ小屋を好きに探してもらって構いません」
「そう言うって事は、どうせ他の場所に隠したんだろう!?」
何を言っても無駄だ。
頭から決めつけにかかっている彼らに、俺の言葉は届かない。
それからも無駄な押し問答が続き、ついに熱が頂点に達した男が俺の胸倉に掴み掛って来た。
――その時だった。
「おうい! ソラマ君!」
俺の名を呼ぶ声がした。
漁港の方角から、誰かが走って来る。
やがて、その輪郭がはっきりとしてきた。
――編み藁の礼として俺にボロ小屋を貸してくれて、仕事も紹介してくれた親切な漁師の男、クスノキだ。
「こんなところで、何やってんだい」
仕事の時間になっても現れない俺を心配して、探しに来てくれたらしい。
「ああ、クスノキさん! 良かった、助けてください!」
クスノキの姿を見てほっと胸を撫で下ろす俺とは対照的に、男たちは顔をしかめて、クスノキへと訴えかける。
「クスノキさんか。聞いてくれよ、こいつがアニキの家から石の首飾りを盗った盗人なんだ」
「だから違うと何度も――」「うるせえ!」
俺が再度の弁明しようとするも、男は被せて怒号を吐き出す。
しかし低く威圧的な声とは対照的に、外見は痩せて骨ばっていて、正面に立っていても威圧感はあまり感じられない。
俺はげんなりとしつつも、クスノキに視線をやる。
クスノキは戸惑った様子ながらも、俺と男の間に割って入った。
「待て、待てって。何があったのか、俺にも分かる様にちゃんと説明してくれよ」
「だから、こいつが盗人だって話だよ! あんただって、アニキの家に盗人が入ったって話、知ってるだろ?」
男は感情の昂ったままに、同じ言葉を繰り返す。
「そりゃ聞いた話だが、それでどうしてソラマ君が盗った事になるんだい」
「クスノキさん、あんただって分かるはずだ。こいつは他所から来た奴だ。盗みなんて働くのはいつも余所者だ」
「確かにそれも分かるが、ソラマ君は俺に上等な編み藁を分けてくれたんだぜ? 盗人なら、魔除けの編み藁をわざわざくれたりしねえだろう」
男の表情が曇る。
「あんた、この“余所者”の肩を持つって言うのか」
「もうソラマ君は“客人”だ。それに、よく働いてくれているから、俺ら漁師は助かってる」
「ちっ……」
男は俺を睨みつけて、しばしの間沈黙。
これがこの村のルール、決まり事の持つ力だ。
“土産物”を収めた俺は客人だ。だから、特に直接それを受け取ったクスノキは俺の肩を持ってくれるのだ。
俺を睨みつけていた男は少し間を置いた後、何か思いついたのか口角を吊り上げて言う。
「じゃあよ、こうしよう。クスノキさんの顔は立ててやる。だが、タダでとはいかねえ。それじゃあこっちも収まりが付かん。
だから、もしお前が犯人じゃないって言うのなら、盗られた石の首飾りを見つけてこい。そうしたら、認めてやるよ」
男は挑戦状を叩き付けるが如く、俺を指で刺す。
少々形は違うが、これも一種の“土産物”――物品を納める事で、信用を得てみよという訳だ。
「おいおい、そうは言ったって――」
「いくらクスノキさんの言い分でも、これ以上は譲歩出来ねえ」
クスノキがなおも庇ってくれようとするが、男は頑なだ。
男は続けて俺に言う。
「期限は明日の朝までだ。それまでにお前が首飾りを持って来なければ、村で犯人として吊るし上げる。文句は言わせねえぞ」
「……分かりました。見つけて、持って来ればいいんですね」
「ああ、そうだ。アニキの元に首飾りが戻ってくれば、それでいいんだ」
「でも、俺はそれがどういった物なのか知りません。それくらいは、教えてもらえますか」
男は渋々といった風に、答えてくれた。
「白い石が幾つも繋がった、石の首飾りだよ。上等な物だから、見たらすぐ分かるはずだ」
そう言い残して、男たちはその場を去って行った。
後に残されたのは、俺とクスノキの二人だけだ。
「すまねぇな、ソラマ君。おかしな事になっちまった」
「いえ。最近盗みが多いみたいですから、気が立っていたのでしょう。それに、他所から来て勝手に居着いている俺が真っ先に疑われるのも無理はないです。ただ――」
――ただ、どうやってその疑いを晴らすのか、だ。
単純に失せた件の石の首飾りを見つけ出すと言っても、人ひとりで探すにはジュウオウ村は広すぎる。
それに、大抵の場合盗みを働く輩は祭りの時期に足を運んでくる他所からの客人に紛れているはずだ。なら、既に持ち去られ手の届かない所に在る可能性だってずっと高いのだ。
「そうさなあ。俺はそろそろ戻って仕事をせにゃならんが、あやつの言い分では待ってくれるのも明日の朝までだ、ソラマ君はそういう訳にもいかんだろう。今日の所は仕事は大丈夫だ、俺たちでも充分回せる」
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけして、すみません」
「良いって事よ。そっちを手伝えないのはすまねえが、なんとか頑張ってくれ」
「はい。必ず」
そう話がまとまれば、クスノキは足早に漁港の方へと去って行った。
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