第12話「時には魔女らしく相手を叩きのめしましょう」
ディランが村に滞在するようになって数か月ほどが過ぎた、
最初は帝国(都会)から来た元騎士という肩書きから周りからは敬遠されていたが、さすがは神族の加護を受けた存在。
眩しいほどの神々しいオーラと物怖じしない性格、誰にでも優しく穏やかなスタイルが気に入られ、何故か今では人気者だ。
どんな仕事も嫌がらずに引き受けるし、子供たちに文字や数学を教えているらしく「先生」と呼ばれているのを見かける事もあった。
これまではユーリが引き受けていた仕事の一部なども共有するようになり、ディランとユーリが並んで何かをしていると村の娘たちがそわそわと覗きにくる始末だ。
若者にはそれが原因でやっかまれているのではないかと心配になったが、ディランは都会育ちなのもあって憧れられ慕われているし、元は孤児で私の弟子であるユーリは弟のように可愛がられているようで、心配するような諍いは何も起きていないらしい。
平和かよ。
私の仕事も好調で、貯めた資金を元手に街にも出入りできるようになり、ロダンの店の支店を街の中に構える事になった。
信頼できる商人とも巡り合い、支店を任せて各地との商談をおまかせしている。
私は気ままに森で商品を作り、適度?な収入を得て悠々自適だ。
忙しすぎる事もないし、村人たちとの交流や可愛い弟子に物を教える生活はとても穏やかで楽しい。
人としてあくせく秘書をしていた時には得られなかった満足ばかりだ。
しかし、思うようにいかないのが人生?いや魔生なのかもしれない。
「魔女殿、教会からの追手が来ました」
明け方、突然に訪ねてきたディランが初めて見せるような真剣な表情で告げてきた。
「え、今更?」
「あちらも私が出奔した騒動のほとぼりがさめるのを待っていたようです」
ディランからは薄く血の匂いがした。
辞めたと言えども騎士、荒事には慣れているのだろう。
「・・・村の人たちに被害は?」
「私だけを狙ってきたので今のところはありません。しかしこの先はわかりません」
いつも穏やかに微笑むディランの表情がかすかに歪む。
周りの人を巻き込むのは本意ではないのだろう。
追手が来ないままにこの生活が続くとどこか漠然と信じていたのに。
「今回は様子見だったようで少人数でした。しかしそれで私を仕留められれば儲けものというようなある程度の手練れでもありました。見逃してくれるとも思えません」
気ままに自由に暮らしたいだけだったのに。
魔女と名乗って魔族を辞めたつもりでいるが、私自身は人間ではない。
魔素がないので力は弱まっているが、寿命や丈夫さだって違う。
何かがあれば逃げればいいと思っていたが、長く関わりすぎた。
「・・・ディランはどうすればいいと思う?」
ずるい質問だと思う。
恐らくだが、ディランは私が人ではない事に気が付いている。
魔女と名乗っているだけのただの人もいるだろうが、私は違う。
魔族として生まれた人とは違う魔法を使う本物だ。
神族の加護を受けた人間が気が付かない筈はない。
「相手は恐らくですが、魔女殿を侮っています。多少乱暴な手を使えば葬れると」
ディランは核心に触れずに話してくれる。
相手は自分が魔女の薬に頼ったことが知られるのが怖い臆病者だ。
ディランが魔女と通じて自分に薬を勝手に飲ませたという言い訳を真実にしたいがための暴挙。
だからこそ打つ手がある。
「しかし、魔女殿にかなわないと知れば、むしろ手を引くでしょう」
そうだろう。
相手に勝てないと知れば言い訳を通すことで真実が露見するという事実に気が付くはずだ。
それに魔族相手に戦いを挑めばただでは済まない。
ディランから聞いた話では相手はそれなりに地位のある神官。
馬鹿ではない筈だ。
「やっぱりそうですか」
私はのんびり自由に過ごしたかった。
やりたいことをやって穏やかに生活したい。
誰かのためでもなく自分の為に。
人間として死んで魔族に生まれ変わって魔王城を辞めて秘書を辞めて。
特に目的があったわけでもなく、ここで魔女として生活を始めて、沢山の人と関わって。
ああ、この生活は守りたいと心底思う。
「では、久しぶりに本気を出しますか」
魔族を辞めて魔女になってますが、少しだけ本性を出すことにしましょう。
ユーリとディランには村を守るように言いつけて、帝都からの刺客を迎え撃つことにした。
2人とも最後までついてくると渋っていたが、久しぶりに本気を出すので巻き込まない自信がない。
探知の魔法を使って私への敵意を探し出す。
幸運なことにまだ村からは遠くに気配を見つけた。
久しぶりに指輪を外す。
人に寄せていた外観が元に戻る。
多少の月日は流れたが、やはりまだ少女と呼べる姿だろう。
境界の近くに育っていた薬草をたっぷり使って作ったクッキーを食べれば、魔素がぐんと吸収されていくのがわかる。
姿を変えたままよりもずっと吸収がいいし魔力も練りやすい。
「さて、死なない程度に苦しんでもらいましょうね」
指先に魔力を込めて風を起こす。
刺客たちは私の存在に気が付いて警戒しているが、姿かたちが少女なので戦うかどうか決めかねているようだった。
『お前たちが、わらわを狙う神に連なる者たちか』
魔法で声音を変え、極力恐ろしくなるように口調を変えて演出する。
刺客たちが一気に緊張の面持ちになる。
このまま逃げ帰ってくれれば御の字なのだが、戦闘態勢に入られてしまった。
『せっかく求められて薬を分けてやったのに、恩を仇で返すとは許せない』
これは本心。
別に悪事を働いたつもりはない。心からの善意だ。
それなのに私の生活を脅かすなんていい度胸をしている。
だんだん腹が立ってきて、怒りを込めて風に雷を混ぜて刺客たちを追い立てる。
刺客たちに罪はない。
けれども腹が立って仕方がない。
こんなに腹立たしいのは魔王が私の名前を知らなかった事を知った時以来だ。
『わらわを舐めるな!!』
結果、五体満足ではあるが心に深い傷を負った刺客たちはほうほうのていで逃げ帰っていった。
『わらわやまわりに手を出せばこんなものでは済まさないぞ』
全力の脅しと騎士はもういないという話を煮詰めて体に叩きこんだので、刺客たちはそれはそれは恐ろしい体験談として神官に伝えるだろう。
これが吉と出るか凶と出るかはまだわからない。
しかし、恐らくだが大丈夫だという確信がある。
あの刺客たちの口ぶりだと、神官直属の何かで、侮っていた魔女が本物とは思っていない様子だった。
恐らく神官は藪をつついて蛇を出すのを嫌がるはずだ。
ディランにも手を出すことはないだろう。
ほっと息をつく。
久しぶりに暴れたので少々疲れた。
魔素がない場所で魔法を使いすぎたのだろう。
刺客たちの気配が遠く離れたのを確認して地面に座り込む。
だだでさえ小さな体なので視界が低い。
「あー楽しかった」
魔族に産まれても、特に暴れたい衝動などなかったし、なんだかんだと勤め人をしていたのでおとなしい生活ばかりだった。
魔法も生活に役立つ物ばかりだったから、こんな風に戦いにも似た使い方をしたのは初めてだ。
案外楽しいものだったと、心地よい疲労と爽快感にこのまま寝てしまおうかと地面に転がる。
「それは何よりだな、秘書よ」
その視界を埋めたのは、今一番見たくない顔。
「げ、クソ魔王」
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