第138話:おじさんはおじさん。

「ありがとよ。もう行っていいぜ」


 バフォおじさんがそう言うと、虚ろな目をした冒険者たちが踵を返した。

 お、おい。まさか魂抜き取ったりしてないだろうなっ。


 慌てて彼らの前い回り込むと、さっきまで虚ろだった目に光が……。


「ん?」

「え?」

「いや、え? 俺たちに何か用か?」


 ど、どういうこと?


「な、なにもないです」

「そう、か。じゃ、行くな」

「そういや俺ら、どこに行こうとしてたんだっけ?」

「どこって……えぇっと、迷宮、だろ?」

「だよな。あれ、でも俺たち、さっきまで迷宮にいなかったか?」


 何の話をしているんだ。

 絶対バフォおじさんが何かしてる!


「おいおじさん、何やったんだよ」


 おじさんの首を掴んでルーシェたちから離れるようにして引きずっていく。


「ンベェベェ。何って、何をだよぉ」

「とぼけんなっ。あの冒険者に何やったんだよっ」

「何って、ヤギだけで中に入るわけにゃいかねぇだろ。だからあいつらを惑わして、ついていったんだよ」

「惑わすって……」

「魔法だ魔法。魅了チャームとか、そんなやつだ」


 魅了ってアレだろ?

 相手を誘惑して、メロメロにするちょっとエッチな魔法だろ?


 ヤギに――いや、バフォメットに魅了された屈強な男の冒険者……え……。


「おう、どうしたのよユタカ」

「バフォおじさん。知らない方について行って迷宮に入ったですか?」

「おう。面白かったぜ。まぁ地下一階にしか行けなかったけどよぉ」

「知らない人についていっちゃダメですよ」

「お、おぅ。面目ねぇ」


 頭がヤギで上半身が人間で、下半身がまたヤギで……そんなバフォメットに誘惑されてメロメロになる屈強な男の冒険者……。

 おじさん……まさか……どっちも行ける口!?


「おい、ユタカ。変な妄想してねぇか? お前から負の感情が出てんだが?」

「負の感情?」


 そうか。バフォおじさんはこんなんでも悪魔だ。

 悪魔だから負の感情が好物で、今、俺が考えてる勘定を食って……喜んでるはず。

 え、つまりやっぱおじさんは、ガチムキな男たちをあんなことやこんなことで魅了して……そんなことを考えてる俺の思考を食って喜んでるってわけでだからそれは――


「ンベベベ。気色わりぃ妄想すんなっ。具体的にはわかんねぇけど、おぞましい何かがヒシヒシと伝わってくんだよっ」

「ユタカさんが? いったい何を妄想なさっているのですか?」

「変態的なことをだよ」

「へ、変態!? ユタカ、あんたっ」

「ち、違う! 俺じゃない。バフォおじさんがだよ!」

「おい待てっ。オレがなんだってんだ? 勝手に妄想してんのはお前ぇだろうがっ」


 妄想じゃないだろ!

 だって男が男を魅了するって……アッー!!!






「なぁんだ。魅了魔法じゃなかったのかぁ」

「だから『そんなやつだ』つっただろう。お前ぇがわかりやすいよう、そう言っただけだ。実際は催眠みたいなもんだな」


 あぁ、よかった。

 バフォおじさんがどっちもいける口じゃなくって。


「買ってきましたぁ」

「橋の上にいろっな屋台が出てるわね」

「見てるだけでも楽しいです」


 湖面の上に架かった橋の上には、行儀よく並んだ屋台がずらーり。

 商魂たくましいよなぁ。

 ルーシェとシェリル、それにお子様たちが興味津々だったから好きなものを買ってきたら? ――と言って、みんながいない間にバフォおじさんを問い詰めた。


 ヤギだけで中に入ったらいろいろ怪しまれる。

 だから手ごろな冒険者に催眠術で洗脳して、中に入った。

 でもやっぱりヤギの姿だと怪しまれるから、幻覚魔法で人に見えるようにしたんだとか。


 ……ん?


「なぁおじさん。最初から幻覚魔法だけ使って、ひとりで入ればよかったんじゃね?」


 そう言うと、おじさんは明後日の方角に視線を向けて顎髭を風になびかせた。


 ・

 ・

 ・


「ま、な……。途中からオレもそう思ったんだよ」

「まぁた男二人で何か話してる」

「何を思ったんですか? バフォおじさん」

「いやぁー、内緒だ、内緒。ベヘェェ」


 途中でハタと気づいたが、時すでに遅しだったのか。

 まぁあの冒険者の魂を刈り取ったとか、そういうんじゃないならいいか。


「けどバフォおじさん。迷宮はダメよ。中にはモンスターがたくさんいるんだから」

「そうです。今回は冒険者の方に保護してもらえたようですが、もう中に入っちゃダメですよ」

「わかったよ。心配かけて悪かったな」


 むしろ迷宮内のモンスターが絶滅しないかの心配をした方が早い気はする。


「でもどうして入ったんですか?」

「あー、それはその……水没した建物がどうなってんのか、中から見てみたかったんだよ。面白ぇな。半魚人がいたぜ」

「その半魚人は、元々この神殿にいたなんちゃって神官たちだ。アクアディーネの呪いであぁなったらしい」

「……ウベェ。えげつねぇ」


 悪魔からえげつないと言われる大精霊って。


「はぁ、でもよかった。ヘタをしたら獲物と間違われて……」

「い、いやぁ、それはまぁ、アレよ。オレぁ話せるしよ、事情を話せば保護してもらえるさ」

「ふふ、そうですね。おじさんは人の言葉を話せますしね。でも……村に来た牛さんや豚さんはお喋りできないのに、バフォおじさんだけどうしてでしょう?」


 ようやくそこに気づきましたか!


「い、いやホラ。オレぁドラゴンに力を貰って、人語を話せるようになったからよぉ」


 って設定だったな。


「フレイ様にですか?」

『むっ?』

「いやいやいやいや。山ん奥にいた、そうっ。アス坊の母ちゃんにだ」

『ボクノオ母サン?』

「そう。オレぁアスの母ちゃんから力をもらってんだ」

『ソウナンダァ。ジャ、オジチャンガ牛サンニ力ヲアゲタラ、オ喋リデキルヨウニナルノ?」


 アス、なかなかいいツッコミだ。

 さぁ、バフォおじさん、どうするんだ?


「い、いや、あのな……」

『はぁぁぁ……そろそろ諦めたらどうだ?』

「ダ、ダンナ」

『いつまで隠しておくつもりだ? 隠しておっても、よいことなどないぞ』

「……そりゃダンナ、そっくりそのまま返すぜ」


 うん、そうだよな。完全にブーメランだもんな。


「隠す? おじさん、私たちに何か隠してるの?」

「い、いや、それはだな……」

「バフォおじさん、無理に話さなくてもいいんですよ。誰だって知られたくない秘密を持っていますし」

「そうよ。私たちは気にしないわ。バフォおじさんは、バフォおじさんだもん」


 そんな風に言ってくれる二人だからこそ俺は――


「俺は反対に、話てしまってもいいんじゃないかって思うぜ。な、おじさん。俺の秘密を知っても、この二人は態度を変えなかったんだ。二人はちゃんと見てくれてるから。今のおじさんの姿をさ」


 悪魔なのに悪魔らしくない、お人好しで世話好きのおじさんをさ。




*****************

五月から、通算三度目の風邪を息子がひきました。

外は暑い。室内は涼しい。

この温度差にやられているんだろうなぁ。


みなさんもお気を付けください。

まぁ風邪ひくからってエアコン消す訳にもいきませんしねぇ。

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