episode_007

「玲香さん、お願いします」

 ヘルプでついて、その場で場内をもらったテーブルにいる玲香に声がかかった。

 今日は、来店予定の客はないはずだけど

 史子は学生ということもあり、出勤も週三日から四日程度である。早上がりすることもある。店側はもっと出勤を増やしたいようで、担当マネの青木からは、しばしば懇願されている。しかし、単位など落としたら宮城につれ戻されることがわかっているので、史子は大学を優先していた。熱心な営業もしないタイプであることも重なって、指名客はそう多くないが、太い客が多いので、そこそこの成績を残している。

「ご指名のお客さまです」

「指名客って?」

 史子は、ラッキーに訊く。

「岡崎さんですよ」

 今日は月曜日だ。土曜日に来たばかりで「これからは、思う存分、玲香ちゃんに会うことにしたんだ」とは言っていたが、そんなに熱くなっているの、岡崎さん。よし、それならとことん、いきましょう

 テーブルにつくと、モエが準備されていた。先行でついていた麻菜が説明する。

「岡崎さん、どうしてもこれを飲みたいって。でも、玲香にいうと土曜日みたいに止められるから、私がいる間に持ってきてって、頼まれて・・・」

「いらっしゃいませ。特に連絡頂いてなかったから、びっくりしちゃいました」

「玲香ちゃんをびっくりさせたかったんだよね。それに、シャンパンだと、結構美味しそうに飲んでたし」

 炭酸はあまり好きではない史子は、マドラーで炭酸をかなり飛ばしてから飲んでいた。岡崎を引っ張ると決めた直後だったので、普段以上にがんばって飲んだのだ。

「えぇ? 玲香ちゃんって、炭酸苦手だから、シャンパンとかあんまり普段は飲まないんですよ。岡崎さんが、記念だ、って言って開けたから、がんばっちゃったのかな?」

 麻菜の言葉をうけて、さらにヒートアップさせるようなことを史子は言った。

「ごめんなさい、本当は麻菜ちゃんの言うとおりなの。お酒、あんまり強くないけど、赤ワインは好きなんですよね」

「また、うそいっちゃって、ザルのくせに」

と言った表情を、岡崎の隣に座った麻菜がニヤニヤしながら浮かべている。当然、岡崎には、その表情は見えない。実際、史子は相当お酒が強い。店では次の日の学校を考えて飲まないようにしているが、飲みキャラの麻菜より強いことは、一緒に遊んでいる麻菜が知っている。

「それじゃ、これは俺が飲むから、赤ワインもってきてよ。銘柄とかよくわからないから、玲香ちゃんにまかせるね」

「せっかく開けて頂いたのに、わがまま言ってごめんなさい。それじゃ、せっかくだから赤ワイン、頂きますね。ありがとうございます」

 いきなりオーパスワンやロマネをいれるのも芸がないと思った史子は、一万円程度の軽めの赤ワインをオーダーした。

「本当にびっくりしちゃいました」

 麻菜が抜かれて、二人になった。

「びっくりして、イヤな気分だった?」

「逆ですよ、今日も指名して頂いて、感謝!って感じです」

「やっぱり指名が増えると、いいこと多いの?」

「そうですね・・・イヤな話ですけど、お給料良くなるし。私、学校へ行くためにバイトで働いてるじゃないですか、だから、早く学校へ行けるお金が貯まればいいなと思って」

「TOEICのための学校だよね。俺がそのお金、貸してあげてもいいよ」

「そんな悪いですよ」

 史子は岡崎の発言の真意を測りかねた。

「別に悪くないよ。俺がそうしたいんだし」

「お気持ちはすごくうれしいんですけど、自分でお金貯めて、そのお金で学校行く、と決めたんで。私、意外と意志が固いんですよ」

「そうでなくちゃ、やっぱり玲香ちゃんだね。そう言うところ、好きだよ」

「好きなんて、簡単に言っちゃ、いけませんよ。岡崎さんの彼女に悪いじゃないですか」

「そっか、俺に彼女がいると玲香ちゃんは思ってたんだね・・・それでだ」

「何が、それでなんですか?」

「いや・・・それじゃ指名が増えれば増えるほど、玲香ちゃんは夢に近づくんだね?」

「そうです、だからがんばって指名取らなきゃいけないんですけど、ここはきれいな人が多いし、私、学生だから、なかなか難しくて・・・」

「大丈夫、俺がうんと応援してあげるから。玲香ちゃんの夢は、俺の夢だから」

「どうしちゃたんですか、ホントに」

 彼は暴走している。勝手にはまって、勝手に勘違いしてる。きっと、私も彼のこと好きだと思って、バラ色の未来ってやつを思い浮かべているんだ。どこで準備してきたお金かしないけど、とことん、引っ張ってやる。でも、色恋営業じゃない。私から「好きだ」とか「つき合って」とかは、絶対言ってはならない。そうしないと、逃げられなくなる

 岡崎にモエを注ごうとして、自分のつけているトノウ・カーベックスが眼に入った。頭の中に、田淵とトゥールビヨンレボリューションの映像がオーバーラップする。

 いけるとこまで、いってやる

 史子は改めてそう思った。

 岡崎は、終電近くまで滞在し、十万円以上の会計をすませた。

 翌日の午後、岡崎のもとに史子からお礼にメッセージが届いた。

「岡崎さん、昨日は本当にびっくりしましたけど、うれしかったです。でも、ちょっと飲み過ぎちゃいましたね。うれしかったせいか、二日酔いにもなっていません」

 そういえば、昨日は、玲香の担当マネジャーの青木とかいうやつも含めて、何人もテーブルに来たな。結局、赤ワイン三本空いたし

 これは、岡崎がトイレに立った隙に、史子が青木を呼んで「とにかく、ボトルを開けるから、次々に回して」とお願いしたせいだ。待機席の子や難しい指名客から息抜きしたい子が、次々ヘルプとなって現れ、グラスに注がれたワインを一口だけ飲んでは、去っていく。史子は、ほとんど飲んでいなかったが、ボトルが空になるころには、自分のグラスも空にするようにして、結果、三本の赤ワインが空いた。

「今日もがんばって授業うけています。今も授業中です。メッセージしているようじゃ、がんばってないか」

 ちゃんと授業に行ってるんだな。

「今日は、帰ってレポートをやるので、お店にはいきません。岡崎さんもお仕事がんばってください」

 今日は、玲香に会えないな。次は木曜か


 史子は、日曜に電話をしたままだった田淵に電話を入れた。

「玲香です。こんにちは、今、お電話よろしいですか?」

「玲香ちゃんか、大丈夫だよ。伝言、聴いたよ、すんなり別れられたのかな?」

「意外とあっさり、でした」

「それは良かった。今は出勤準備中ってところかな?」

「今日は公休で、おうちでレポート書いてます」

「学生だったもんな・・・就職とかどうするつもり?」

「英語を勉強しているんで、それを活かせたらと思っているんですけど、成績悪くて。英語を活かすっていっても、具体的に何かあるわけじゃないんですよ」

「そうなんだ、それじゃ一度、私のオフィスに社会科見学のつもりで、遊びに来てご覧」

「いいんですか?田淵さん、お忙しいでしょう?」

「そうだね、いつでもって訳にはいかないけどね」

「そうですよね、すいませんでした。またご連絡させて頂いていいですか?」

「待ってるよ」

「それじゃ、失礼します」

 トゥールビヨンレボリューションをしている男の仕事をのぞいてみたい

 史子は切実に思った。

 木曜日、岡崎がスプレンディに現れた。そしてこれ以降も、玲香の出勤日に全てスプレンディに現れ、十万円以上使って帰った。


 七月の初めての給料日、史子は今までにはない額の給料を手にした。月二回の締めで支払われる給料だが、その対象となった半月に、岡崎が百万円近い売上を落としたせいである。

「ちょっと玲香すごくない?」

更衣室で麻菜に言われた。

「順位だって、すごいじゃん。バイトではダントツトップだよ」

 下位のレギュラーも数人は抜いた順位である。

「何か奢ってもらわないとな、中国語オヤジの件では、私もアシストしたしさ」

「いいよ、この後、何か食べに行こうよ」

「前に中国語オヤジと同伴した店、なんだっけ?すごく美味しいっていう中華屋、そこにしようよ」

「美林閣ね」

「実はさ、ちょっと話もあってね」

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