31. 重要な証人
「それじゃ、教官の死を確認したわけじゃないのね?」
「ああ。でも、あれだけの力で自爆して、生きているわけない」
お姉様を人質に取られた教官は、進退窮まった末に自害するため、魔力を爆発させたそうだ。
「レイは、どうやって脱出したの?」
「爆発の一瞬前に、教官の声が聞こえた。逃げろ……と」
頭に響いたその声に、レイは反射的に動かされたと言っている。自分自身に防御シールドを張り、爆発と同時に弱まった結界を突き破ったらしい。
「それで、ここまで飛んだの?」
「いや、魔力はもう残っていなかった。爆発から身を守るだけで精一杯で」
共和国からの追手を振り払い、なんとか国境まで逃げおおせた。そして、そこに駐屯していた我が国の軍に、保護されたという。国境軍には、かつて施設で共に学んだ魔術師がいる。レイのただならぬ様子に、事情をいち早く察したそうだ。
「お姉様は……、無事なの?」
「確かなことは分からない。でも、そう思う」
レイがお姉様に会ったのは、教官が自爆する前だった。身代わりの人質として、教官と対峙させられた後、元首に連れて行かれたという。
友好国の王女を人質に取って、魔術師に裏切りを強要する。これは明らかな敵対行為。共和国は、国際制裁に値する命取りな行動に出た。
「レイよ、よくやった! これであの国も終わりだ」
「……恐れ入ります」
レイの報告を聞いたお父様は上機嫌だった。今の話を立証できれば、共和国の未来はないと言っても過言じゃない。それはつまり、お父様が狙っていたことだった。
「早速、フローレスの返還を要求しよう。あれが証人となれば、すべてが解決だ。お前には褒美を取らせる。何が望みだ?」
「では、セシル殿下の騎士に任命を」
「いいだろう。だが、王宮魔術師の地位も空いているぞ。弟子が師匠の跡を継ぐのは、自然の理だろう」
「騎士と兼任ならば、魔術師の任務も果たしましょう」
「レイ、そんな大事なこと、よく考えてから返答すべきよ! お父様、レイはまだ本調子じゃありません。今は休ませるべきです」
私は慌てて、横から口を挟んだ。私の騎士になったら、せっかく従者の任を解いたのに、意味がなくなってしまう。また、私の命令に縛られるなんて。レイの本意じゃないはずなのに。
「まあよい。ゆっくり考えよ。いずれ正式に報奨を贈ろう」
「ありがたき幸せ」
お父様が出ていくと、私はレイにブランケットを掛けようと、椅子から立ち上がった。その瞬間、下腹部にチリっとした痛みが走って、一瞬だけ動くのを躊躇してしまった。
昨夜の破瓜の名残で、まだ私の体にはレイがつけた傷がうずいていた。魔法で治癒することもできるけれど、どうしても消すことができないままだった。レイから与えられたもの。たとえそれが痛みであっても、私には宝物だから。
「セシル? 大丈夫か」
「え、ええ。ちょっとね。お腹が空いちゃった」
思わず下腹部に当てた手を誤魔化すように、私は明るい声を出した。
「食べてないの?」
「レイのせいよ。食べ物なんか、喉を通らなかったわ」
「……ごめん」
「冗談よ。レイこそ、何か食べるでしょう?」
私がそう言って立ち上がると、レイがぐいっと私の腕を引いた。バランスを崩して、私はベッドに腰をおろしてしまった。レイの手が、そっと私の下腹部に置かれる。
「じっとして」
「レイ! 魔法は使っちゃだめよ」
「……使わないよ」
魔法を使われたら、傷があることに気づかれてしまう。それだけは阻止しないと。そう思ったけれど、レイは手を当てただけだった。
温かい体温にホッとするというよりも、昨夜のことが記憶に蘇って体が熱くなった。私の体で、レイの指と唇が触れていない場所はない。一晩中、心も体もレイに溶かされた。
ダメ。変に思われてしまう。レイは昨夜のことは夢だと思っている。何も聞いてこないのがその証拠。もしもバレたら、どれほどショックを受けるか分からない。
「やめてよ! 女性のお腹に触るなんて、レイってえっちなのね!」
「そうだよ。知らなかった?」
「知ってるわよ。女好きだけは、教官を見習ってほしくないわね」
「誰でもいいみたいに言わないでくれ」
そんなこと、言われなくても分かってる。だから、昨夜のことを知ったら、きっと苦しんでしまう。
私はさりげなく立ち上がって、レイから離れた。大丈夫、大丈夫。レイには気づかれていない。レイを受け入れたことは、私だけの秘密のまま。
「食事を持ってくるわ。少し横になっていて! まだ目覚めたばかりなんだから」
「……ああ、悪い」
「いいのよ。あなたは重要な証人なの。いわば国家の要人よ。他人に世話は任せられないわ。悪いけど、しばらくは私の看病で我慢してね」
「セシル……」
「少しだけの辛抱よ。お姉様が戻ってくれば、もうなんの心配もいらなくなるから」
そうしたら、今度こそレイを解放してあげよう。自由に好きなところに行って、好きな人と好きなことができるように。私がこの国を平和にできるなら、王族を守る騎士も、戦いに出る魔術師も必要がなくなる。
レイのために、この国から争いの芽を摘む。そのための働ける自分を、王女であることを、私は心から喜んでいた。
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