29. 新たな任務
お姉様が北方の共和国に発ってから、今日で一週間が過ぎる。誰からも何の連絡もない。教官と一緒にいるはずのレイの消息も不明だった。
あれから、何度もお父様に謁見を申し入れている。でも、一度として許されたことはなかった。お姉様と教官の命乞いすらできない。
「お姉様、最後まで希望は捨てないで。お父様を説得できれば、生き残る道が見えてくるかもしれない。だから、教官にも早まらないように伝えて」
「ありがとう、セシル。私たちのことはいいの。レイだけは、必ず助けるから」
「レイは、教官と運命を共にすると思う。それが望みなら、そうさせてあげて」
「セシル、それでいいの? レイのこと、待っているんでしょう」
レイはもう私の従者じゃない。自分の意思で教官に付いていった。生きたいように生きてくれればいい。レイは、必ず戻ると言った。待っていてほしいと。だから、私は待つ。一生でも待ち続ける。
「レイと約束したの。この国の平和を守るって。王女の務めを全うするって。だから、私はここでお父様に挑むわ。大丈夫、共和国が無害だと分かれば、お父様も……」
「無理をしないで。お父様に逆らったら、あなたに害が及ぶわ」
「それでもよ。納得できるまで、やれることはやっておきたいの。じゃなきゃ、レイに顔向けできないわ」
レイなら、きっと諦めない。自分で決めたことを、途中で投げ出したりしない。レイに相応しい人間に、この国が誇れる王女になる。その目標があるから、私は一人でも頑張れる。
「レイはきっと戻ってくるわ。そのときは、彼のすべてを受け入れて。私たちのことは、心配しないで」
心配するなと言いながら、お姉様は顔色が悪い。緊張しているのか、具合が悪いようだった。少しでも楽になるように、治癒魔法を使っておこう。
「お姉様、少しだけ魔力を入れるわ。気分がよくなるように」
「ありがとう。でも、病気じゃないのよ」
お姉様の手を取ってゆっくり魔力を流すと、わずかな抵抗を感じた。こんなことは初めてだった。量もお姉様にきちんと合わせてある。反発するような要素は……。
「お姉様、あの、もしや……」
「セシルには、隠せないわね」
「そんな体で! すぐに北方行きを中止しましょう。お父様に話して……」
お姉様は私の腕をぎゅっとつかんで、私の肩に自分の頭を乗せた。そして、小さく謝るようにこう言った。
「見逃して。シャザード様に会いたいの。私たちは、ようやく家族になれたのよ。もう二度と、離れたくない」
「お姉様。でも、それじゃ赤ちゃんも危険に……」
お姉様はとても愛しそうに、まだ真っ平らな下腹部に手を当てた。
「この子を人質に取られることがあれば、シャザード様はきっと迷うわ。不本意な人生で、彼の魂を穢すことだけは避けたいの。だから、そうなる前に……」
私は声を上げて泣いた。お姉様は死ぬつもりだ。後を追うのではなく、教官の憂いを消すために。赤ちゃんと一緒に、逝こうとしているんだ。
「彼の崇高な生き方の邪魔をしないことが、私のたった一つの誇りなの。生きていたら邪魔になる。でも、一目だけでいいから、もう一度シャザード様にお会いしたい。私はとても欲が深いわね」
「それが、お姉様の愛なんですか?」
「ええ」
「私には分からない。教官だって、きっと分からないと思うわ。でも、私はそれを受け入れるしかないのね」
「分からなくていいのよ。セシルには、こんな愛を知ってほしくないもの」
「お姉様は、それで幸せなんですか?」
「ええ、とても」
穏やかな笑みを見せるお姉様は、まったく不幸には見えなかった。お姉様は自分の生き方を、行く道を自分で選んだんだ。誰にも止めることはできない。
お姉様が乗った馬車が見えなくなるまで、私は門のそばに立って、遠ざかる影を見送った。
レイに会いたかった。この気持ちを聞いてほしかった。レイの前だったら、きっと我慢せずに思いっきり泣ける。私の悲しみを分かってくれる!
そうして、出口のないトンネルの中にいるような日々を過ごしていた私に、ついに王宮から火急の呼び出しがあった。私は取るものもとりあえず、王宮への道を急いだ。
きっと、お姉様に何かあったんだ!
それしか、私が呼ばれる理由はない。お父様の私室に通されると思ったのに、私が案内されたのは王族専用の病棟だった。
お姉様が戻ってきたの? まさか……。
「お父様! お姉様に何か……」
そう言いかけて、私は言葉を失った。ベッドに横たわっていたのは、お姉様ではなくてレイだった。私は思わず、ベッドの側に駆け寄っていた。
「レイ! しっかりしてっ!」
「傷は癒やした。意識が戻れば助かる」
寝ているレイにしがみつくと、背後からお父様の声が聞こえた。振り返ると、聖女と医師団を従えて、お父様が立っていた。
「レイに何があったんですか? どうしてこんなことに……」
「それを聞き出すのが、お前の役目だ。この男はお前の従者だろう」
従者の任はすでに解いている。でも、今はそうだと思わせておいたほうがいい。そうすれば、このままレイを引き取れる。
「承知いたしました。全力で回復を試みます」
お父様が人払いをする合図を見届けてから、私はレイの手を握った。魔力の枯渇。こんなになるまで、一体どれくらいの魔力を使ったのか。
「予想通りだな」
「……どういう意味ですか?」
「この男が重症を負って逃げてきたということは、シャザードは消されたんだろう」
「そんな! じゃあ、お姉様は?ま さか、お姉様も……」
お父様の言葉に、私の目の前が暗くなった。絶望が全身を支配するような、そんな感覚だった。
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