12. 王女の価値
こんなに綺麗で優しいお姉様に、こんなに寂しい思いをさせるなんて。教官って血も涙もないのかしら?
「恋人に連絡しないなんて、教官って冷たいのね! 私、魔術師なんて、絶対に好きにならないわ」
お姉様のベッドに寝間着で寝転びながら、私は頬杖をついて悪態をついた。お姉様は大人しいから、きっとこんな文句は言わない。だから、私が代わりに言ってあげる!
「シャザード様は難しい任務があるのよ。余計なことを考える時間なんてないわ」
「それは分かってます。でも、もうちょっと気を使ってくれても……。いつレイを帰してくれるのかしら」
私がそう言うと、お姉様はクスっと笑った。
え、なんで? だって、レイはずっと教官と一緒でしょ。いつ戻ってくるか、全然分からないんだもの!
「セシルは、レイを待っているのね」
「そうよ! 他の子は気が利かないの。従者はレイじゃないと。私が困るの!」
私の言葉を聞いて、お姉様はまたクスクスと笑った。
もうっ! いつもこうなんだから。お姉さまは人が良すぎるのよ。もっと自己主張していいのに。だって、この国の王女なのよ。お父様とご正妃様と、側妃様の次に偉いんだから!
「どうかしらね。もう、戻ってきているのかもしれないわ。私のところには来ないだけで。シャザード様には、他にも寄るところがあるから……」
「王宮にいるの? それなら、連絡があるはずだけど」
「そうじゃないのよ。男の方には、色々と事情があるものなの」
「大人のお付き合いとか、そういうこと? お酒飲んだり遊んだり? あの教官に、そういう友達がいるとは思えないけど」
誰とも群れることのない、孤高の一匹狼。みなが恐れて近寄れない空気を出しているのが、シャザード教官だ。レイは教官と、一体どんな風に話しているんだろう。想像できない。
「セシルには、まだ分からなくていいことよ」
お姉様はそう言うと、唇に薄く紅を引いた。今夜も、教官が来るのを待っているんだ。
教官が来るのは、いつも夜更け。だから、お姉さまは、いつも夜に念入りにお化粧をする。好きな人に会うために綺麗にするって、どんな気持ちなんだろう。
「お姉様は、どうやって教官と恋人になったの?」
「あら、セシルもそんなことを聞く年頃になったのね。好きな子がいるの?」
「やだ、そんな子いないわ! そうじゃなくてね、恋人ってどうやってなるのかなって」
私が慌ててそう言うと、お姉様は楽しそうに笑った。
どうして、みんな笑うのかしら。侍女のマリアも、私がこういう話をすると、いつも笑う。
お姉様はちょっと考えてから、私の質問に答えてくれた。
「お父様の命令だったの」
「え、何それっ! どういうこと?」
それはつまり、恋愛じゃなくて政略というか、お見合い結婚? いやいや、待って! 結婚してないんだから、えーと、えーと。
混乱する私を宥めるように、お姉様は優しい声で話を続けた。
「このお屋敷はね、お父様からシャザード様へ贈られたものなの。彼の偉大な功績に報いるためにね。私はその報奨のオマケ」
「オマケって……。お姉様はこの国の王女よ! そんな、品物みたいな扱いなんて、あっていいわけないわ。教官は平民だし、身分が違う!」
私の言葉を聞いて、お姉様は静かに微笑んだ。その様子はあまりに儚げで、今にも消えてしまいそうだった。
「私の母は平民だし、頼みの魔力も乏しいわ。お父様からすれば、こんな出来損ないの娘より、シャザード様のほうがずっと大事でしょう」
ありえないと思うけど、否定しきれない。確かに、父王にとって子どもなんて駒。利用価値がなければ、捨て置かれる。
私の価値は魔力。お姉さまの価値は、シャザード様への褒美? そんなことって!
「あの、教官の気持ちは? お姉様のことを……」
お姉様は黙って首を振った。その表情は、穏やかだったけれど、やっぱりすごく寂しそうだった。
「聞いたことがないの。私の名ばかりの身分のせいで、お父様の顔を立てるために逢ってくださっているのかもしれない。だとしたら、私お荷物。それを知りたくないの」
お姉様がお荷物なんて、そんなはずない! あの誇り高い教官が、保身で女性を選ぶわけがない。お父様への義理なんて、これっぽっちも感じてないような人なのに!
「お姉様、それでいいんですか? 教官の気持ちを聞かないままで」
「ええ。だって、彼も私の気持ちを知らないもの。好きだと言ったら、困ってしまうかもしれない。そんなことできないわ」
お姉様に好かれて困るなんて、そんなわけない! だって、お姉様は私の憧れだもの。教官だって、絶対にお姉様が好きに決まっている。
そんなことを思い悩む私の手を、お姉様は優しく握った。小さくてひんやりとした手が気持ちいい。
「ごめんなさい。セシルに言うことじゃなかったわ。これは私たちだけの秘密ね。約束よ」
どう言ったらいいか分からなかった。だから、私は黙って頷いた。
私はまだ、お姉様の気持ちを理解できるほど大人じゃなかった。それでも、その話を鵜呑みにしてしまうほど子どもじゃない。
次に会ったとき、レイに教官のことを聞いてみよう。そして、お姉様にそれを教えてあげよう。
お節介な私は、そのときはそう思ったのだった。
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