第十一話 二人

「敦さん、合格ですねっ!」

 元気溌剌なその声が聞こえた方を見て、医務室にいた乱歩以外の全員が目を見開き、下顎を落とす。

 医務室の入り口には、元気一杯の宮沢賢治が立っていた。

 しかし、割れた窓の下にも、ぼろぼろの宮沢賢治がうずくまっている。

「ああ。合格だ」

 わけが分からない。

 背中から腹に洋刀が突き刺さっている福沢が、血塗ちまみれのまま涼しい顔で立ち上がっている。

「皆さん、不思議そうなお顔をしておられますね」

 入り口付近にいる方の宮沢賢治が、あごに手を当ててちょこんと首を傾げる。

「でも、僕はあまり説明が上手ではありませんので、お二人をお迎えに行って参ります。はい、お連れしました」

 賢治の両手に灰色の男と濃紺の男が湧いて出たように見えるが、賢治が走って連れてきただけである。

「夜叉――」

《その必要は無い。鏡花》

 両手を挙げて敵意の無いことを見せた濃紺の男が、流暢りゅうちょうに喋り、頭巾を脱ぐ――。

「くっ、国木田……!?」

 与謝野が床に伸びている花袋をながら、驚愕の声を上げる。

「ああ。すまなかったな。俺はここまでの騒ぎにするつもりは無かったんだが……」

 国木田はがりがりと髪をいて、隣の灰色の男をややかな目で見る。

「国木田君がとうとう、新しい自殺方法を試していいって云うから」

 灰色の男が頭巾を脱ぎ、その下の淡い桃色の包帯をほどく――。

「ついつい張り切っちゃったよ。この包帯、一メートルで五万円ほどする高級品なんだけど、経費で落としてくれるって云うからさあ」

 太宰は顔から解いた桃色の包帯を指先でまみ、ぴろぴろと振ってみせる。

「貴様、あれこれと理由を付けて変なもん購いやがって。そこの薬局のでいいと云っただろうが」

 国木田が奇妙な色の包帯を睨み、がるがるとうなる。

「いやいや、変態白色木乃伊じゃあ恥ずか死ねないでしょ? 桃色でなくっちゃ」

「桃色で二回試しても死ななかっただろうが」

「そりゃあ警察が来ちゃうからだよ。どうせ直ぐ逃げられるのに、性懲しょうこりも無く何度も捕まえてさあ」

「たった数秒でもお前を公衆の面前から排除する価値は大いにある」

「恥ずか死ぬ自殺で死ねば永遠に公衆の面前から排除されるのに?」

「そんな方法で死ねる奴があるか。ネットに正しい自殺の方法などっとる訳が無かろう。社会的な大問題だ」

「ちぇー」

「それにそもそもそんな方法で死んだ奴がいたとしたら、公衆の面前から排除されるどころか数千年に渡って語り継がれるぞ。いや、どんな方法や原因にせよ、死んだ奴というのはプライバシーも人権も何も無くなって、公衆の面前にさらされ続ける」

「それは嫌だなあ」

「だろう。だからお前は俺の視界に入らないようにしつつ――」

「夜叉――」

「ああ、分かった分かった。今から説明する」

 鏡花のにらみに負けたのか、国木田が慌てて云う。

「その為には――敦」

『敦』と呼ばれたのは、窓の下に蹲っている方の宮沢賢治だ。

「あ、あは、敦さんと、僕は、一緒に、です……」

 窓の下の賢治はへにゃへにゃ笑いながら、あらぬ方向に向かって喋っている。

「でも、あの、少し、痛いです……異能……できなくて、でも、走らなくちゃ、ました、からね……。えへ、へへ……」

「こりゃ駄目だな。太宰」

 国木田は溜息をき、目を閉じる。

「はいはい」

 太宰は面倒臭そうに首を振って、底無しの瞳をぼろぼろの賢治に向ける。

 賢治の姿が、蜃気楼しんきろうに飲まれたかのようにぐらり、と揺れる。

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