第一話 事の起こり
「あーあ、また
うだうだ云いつつ事務所に入ってきたのは、
仕事を放り出して新しい自殺方法を試しに行く奴の名前など、ここに書く価値も無い。
「ねえ国木田くぅん、包帯
「私の大事な包帯コレクションが、もうすぐ無くなってしまうんだよお。緊急事態なんだよお」
「知らん」
「購ってよお。国木田くぅん」
「自分で購え」
「いいじゃんいいじゃーん。国木田君はお金持ちなんだからあ」
「お前に金が無いのは働かない上に
「云われても分かんなーい」
そろそろ殴ってもいいだろうか。
「あ、国木田君、電話
――確かに国木田の携帯電話が鳴っている。
「はーあ、国木田君には電話が掛かってくるのに、私はこんなにも暇だなあ」
電話のお陰で国木田からの顔面
『大変です!』
携帯電話から聞こえてきた声は、珍しく焦っていた。
「どうした、賢治」
賢治は今日、朝から敦と共に港に出掛け、ポートマフィアの違法取引の見張りをしていたのだが――。
『敦さんが消えたんです!』
「消えた?」
『
『はい。お仕事が終わって、お
「そうか。周囲に怪しい物や人物は」
社員たちが不安げに顔を見合わせる中、国木田は手帳を開いて午後の予定に長い斜線を引く。
『いえ、何も。港で芥川さんとちょっと
「なるほど……」
ポートマフィアとの
「あのお子ちゃま、最近ご機嫌
電話の賢治の声は聞こえていない
「ちょーっとまずいんじゃないのお?」
太宰はそれから「はあ疲れた疲れた。武装探偵社の仕事は大変だなあ。休憩が必要だ」などと
名前を思い浮かべる価値も無い
だが、
芥川はこのところ、本当に機嫌が悪い。
敦の身長が自分を追い抜かし、太宰に近付いていることを
「賢治、
『はい!』
電話が切れる前に、扉が爆発音を立てて開く――というか壊れる。
賢治は随分と
十八歳になった賢治の異能力は恐ろしく成長しており、空腹時には増強した脚力を使って、瞬間移動といえるまでの速度で移動することができるのだ。
「全員聞け」
国木田が声を上げる前に、武装探偵社の社員は全員、国木田に注目していた。
「敦が消えた。消失の直前にはポートマフィアの芥川と揉め事があり、敦、ひいては武装探偵社社員全員の身に危険が及ぶことが
「えー、面倒臭いー」
国木田の指示を受けててきぱきと動く社員たちを尻目に、乱歩は机に足を載せ、きんつばを
「乱歩さん、そこを何とか。敦が見つかったら――」
「お菓子は
乱歩は国木田の言葉を
早々に作戦を見破られた国木田は、歯型付きのきんつばが作る扇形の残像を見ながら内心で頭を抱える。
「第一、なんで僕がこんなことに付き合わなきゃいけないのさ? そっちで勝手にやっててよ」
確かに消失した社員の捜索などという業務内容は、武装探偵社の雇用契約には含まれていないのだが――。
「まったく、君達はほんっとに
「乱歩」
事前の音も気配も無しに耳元に届いた声に、その場に居た乱歩以外の全員は無意識に
「敦が見つからなければ、明日の旅行は中止だ」
福沢と乱歩は明日、揃って休暇を取り、電車に乗って遊園地へ行く約束をしている。
「見つかるとか見つからないとか、そういう話じゃないでしょ。だって敦は――」
「乱歩!」
福沢が吠え、国木田は内心で溜息を
――まあ、分かってはいたが――。
「ぶう……」
乱歩は福沢の発する気に負けたのか、残りのきんつばを口に放り込み、だらだらだらだらと立ち上がる。
「乱歩さん。ご案内するよ」
谷崎や賢治、鏡花が事務所を出ていく中、少し離れた所で事の
「ありがとうございます。社長」
国木田は腰をぴったり四十五度に折って頭を下げる。
「いや。何時ものことだ。それより国木田――」
「はい?」
国木田が顔を上げると、福沢の肩越しに――。
「ここを事故物件にしたらお前の
国木田は走っていって、大破した戸枠に備品の延長コードを引っ掛けている太宰に体当たりを食らわし、そのまま太宰の
「……乱歩さん?」
与謝野は気付くと、乱歩の八歩ほど前を歩いている。
乱歩はというと、与謝野に背を向けて、大破した戸枠の上の防犯カメラを見上げ、ぼけっと突っ立っている。
「何してるンだい?」
敦が戻ってこなければ、与謝野の大切な実験台がいなくなる。ぼうっとしている時間は無いのだ。
「敦の場合は、意味が無いからね」
乱歩は心底退屈そうに云うと、「はーあ」と大きな溜息を
「意味が無い?」
『ここを事故物件にしたらお前の死霊を召喚して生き返るまで除霊してやる!』
乱歩は国木田と太宰の仲良しこよしに紛れて答えを
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます