文豪ストレイドッグス 4 Years Later

柿月籠野(カキヅキコモノ)

中島敦消失事件

プロローグ

 午前十時九分五十六秒。

 国木田は予定通り自席から立ち上がり、敦のもとへと向かう。

 その途中でちらりと窓の外に目をると、たった数年前の危機的状況など忘れたかのように平和な時を刻むヨコハマの街が存在していた。

「敦」

 予定通り午前十時十分〇秒に敦の肩を叩くと、丁度ちょうどノートパソコンのキーボードを打つ手を止めていた敦が、「はい?」と呑気な声と顔で振り返る。

「……お前、そろそろ新しい服をったらどうだ」

 敦は体質の所為せいか、幼少期に十分に食べていなかった所為か、二十二になった今もまだ身長が伸び続けている。伸びる速度は十代の頃に比べれば随分ずいぶんと落ちたが、今や彼の白髪はくはつの脳天の高さは、谷崎を超え、太宰に迫る一七八センチメートルとなっている。

 だがその敦が着ている服は何時いつも、武装探偵社への入社前に他の調査員らが購い与えた白襯衣シャツとサスペンダー付きの黒下裾着ズボンである。それらは洗濯や持ち主の成長によって小さくなったり、もしくは戦闘によって破壊されたりすれば、持ち主が幼少期に覚えた手縫てぬいでちまちまと直され、着られ続ける――。

「いえ、いいんです。まだ着られるのに、勿体無もったいないですから」

 貧乏性びんぼうしょうの敦は笑顔でそうった後、書類作成が一段落ついているノートパソコンの画面に目を戻し、襯衣や下裾着ズボンと同じく愛用している黒襟飾ねくたいの結び目を右手に握って、「それに、僕はこれが気に入っているので」と、顔を赤くして付け足す。

 好きで着ているのなら、国木田がどうこう云うことはできないが――。

 国木田は、〇・八ミリメートル下にずれた眼鏡を指先で正しい位置に戻す。

「敦」

 再び「はい?」と呑気な声と顔で振り返った敦の耳に口を寄せ、国木田は何事かをささやく。

「いっ、いんですか!?」

 国木田の話を聞いた敦は、他の社員たちが仕事をしているのにも構わず大声で驚き喜ぶ。

「ああ。社長からの御達おたっしだ。だが、条件がある」

 国木田が云うと敦は表情を引き締め、座り直す。

「詳しくは今日の午後三時半、休憩時間の終了後に書類を渡すから、それを熟読して理解するように。だが――」

 国木田はそこまで云うと、敦と話すためにわずかに屈めていた上体を起こし、窓際のプランターの野菜を眺めている賢治と、依頼人の個人情報が載った書類で作った紙飛行機を飛ばしている太宰に、一瞬だけ鋭い視線を送る。

「――まあ、分かるよな」

「はい」

 敦は立ち上がり、「よろしくお願いします」と、深く頭を下げた。

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