第39話 ビルスとアニス
エリザベス卿がくれた圧縮記憶によると概要はこんな感じだ。
ビルス姉さんとアニスという神聖王候補は別の国の出身で、女神との高い
エリザベス卿はアニスのお付きの武官も兼ねて法国に赴任し、アニスが神聖王に選ばれるようありとあらゆる方面から支援をした。腰巾着というよりは、執事という方が近いだろうが、他国の人間から見れば腰巾着のような感じだったのかもしれない。要塞に来ていたのもその役目を終えて、武官としてきていたらしい。何せ枢機卿クラスの魔法を使える存在だ。戦力として大きいだろう。
神聖王は政治的には何の権限もない。だが、このヒト族世界の信仰の中心であり、自分の国の人間から神聖王を輩出すれば、発言権が大いに増すのだという。実際、エリザベス卿とアニスの出身国は人類軍の中で大した発言権を持っていなかったが、今では一目置かれているらしい。
神聖王は法国で重要な儀式を行ったり、ミサを行ったり、外交活動をするだけの存在ではない。俺の世界のどの聖人よりも能力的に優れているところがある。また、それが神聖王たる所以でもあるのだが。まあ俺が元いた世界でも自称でできる人は多いのだけれど。
それは実際に女神をその身に降臨させることができる力を持っていることだ。女神を降臨させれば、時間が限られてはいるが、女神の力を行使した奇跡を起こすことが可能になる。ただし、その命を代償にして。
女神を降臨させるほどの同調率を持っていたのはアニスとビルス姉さんの2人だけだったという。
あれ? つーことはデーモン族にも似たような存在があるってことだ。しのぶ姉ちゃんが『女神の器』とか不穏な言葉を口にしていたし。
「問題だったのが、2人が恋仲になってしまったことだ」
ははーん。エリザベス卿は圧縮記憶では伝えにくいところを言葉にしたらしい。もしかしたらそのシーンそのものを目撃していたのかもしれない。女しかいないこの世界では異性愛が存在しないので至極ノーマルな展開ではある。
「我が国のアニスが神聖王に選ばれたことで、ビルス枢機卿は最前線に出た。法国内部の無用な権力闘争から身を引こうとしたということもあるだろうが、実際には恋人の命を永らえるためだと私は考えている」
『え、どういうこと?』
「同じように女神を降臨させる力を持つ者が同時代に2人いる。ならば1人を犠牲にしても女神の奇跡で人類軍に祝福を与えようと考えても無理はないだろう?」
それは酷い話だ。アニスに女神を降臨させた後は、ビルス姉さんを後釜に据えればいいということなのだから。ということはビルス姉さんやマリーさんの母国は人類軍の中核を担う大国ということになるんだろうな。
『それで死んで当たり前みたいな任務に飛び出したんだ……自分が死ねば、恋人の神聖王が女神降臨の触媒にならないで済むから』
エリザベス卿は頷いた。やはり人の話は両方から聞かないとならないのだ。こんな展開は全く想像していなかった。
『でも俺を連れて神聖王に会いに行くってのは、よく分からない。俺の身体を生成するため? もしかしてその奇跡で?』
「そうかもしれないしそうでないかもしれない。ただ、女神を降臨させる魔方陣は法国の神殿の奥深くにあるという。ビルス枢機卿が自ら降臨の儀を行うのかもしれない」
『何のために?』
「何故、このタイミングで男の――つまり君の魂が呼ばれたのか。その意味を確かめ、男を復活させることが正しいのかどうか、女神に直接聞く気なのだろうなと私は考えている」
『聖典には男を復活させようとか書いてあるんじゃないの? そうだ男神のこと、直接書いていないんだっけ。え? ということは男自体は女神の創造物ってことになってるの?』
旧約聖書じゃ男の肋骨から女が創造されているが……
「そう。この世の全ての生き物は女神によって創造された。文脈的には男神が存在する。ならば男神が男を創造して自然だが……これ以上は考えても仕方がない。私の考えすぎかもしれないしな」
『でも、生きて戻る気になったんだから……』
ビルス姉さんが自分で女神降臨の儀をすることも選択肢にあるだろう。それで何をするのかは分からないが。
食事からビルス姉さんとマリーさんが帰ってきて、この会話は中断された。
「仲良くなったのだな」
ビルス姉さんが俺とエリザベス卿を交互に見て言った。
「話をしていて面白い子ですよ、この子は」
エリザベス卿は微笑んだ。その微笑みの下にはいろいろな色が隠されているのだろう。親身になって支えたアニスの恋人を見る目。1度は彼女を救うために死地に赴いた女が帰ってきた、その重い意味と理由。ビルス姉さんが神聖王になれば自分の国の発言力が低下し、人類軍の中での扱いも変わるであろうこと。
『エリザベス卿、大変そうだから、あんまり苦労掛けないようにね』
俺はビルス姉さんに思わずそういってしまった。
「私が、猊下にそんな気苦労を掛けているのか?」
エリザベス卿は俺が素直に言葉にしてしまったものだから、苦笑いするほかなかった。
申し訳ない。トホホ。
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