大切なもの
つき
第1話 夫の話し
新聞を仕舞っておくのが、私の趣味だ。
プラスチック製の、衣装ケースの引き出しに、ぴっちり重ねて束ごと仕舞っておくのである。
もう引き出しは、全部で八段になるだろうか。
元々、毎朝目を通していたのだが、仕事が忙しく、読み損ねてしまう日が続いた。
そこで、日々の情報は携帯でチェックし、新聞は週末にまとめて、ゆっくりと読むことにしたのだ。
それが休日の私の楽しみであった。
妻も仕事に忙しく、私達はそれで良かった。
そのうちに、リモートワークでの休日出勤が増え、新聞を毎週末に読むのでは追いつかなくなった。
ニュースなどはネットで事足りたので、新聞は部屋の隅に山積みになってしまった。
妻に、ごっそりと捨てられた事も一度や二度では無い。
そこで、書斎のプラスチックケースの中に、一時保管することにしたのだ。
妻は、リビングから新聞の山が消えたので、もう難癖はつけて来なくなった。
どうせ私しか読まない。
そうして、書斎の一角に、堂々と新聞置き場が誕生したのである。
そういえば子供の頃、毎月、教材付きの学習雑誌を取っていた。楽しみだったな。
その教材を組み立てるのだが、うかうかしていると、とたんに毎月のペースが崩れ、本棚に未開封のものを並べる羽目になった。
休日に、そんな事をボンヤリと考えながら、床に新聞を広げる。
安心感が私を包んだ。
私は、仕事で遅れを取った事は無い。本やポケットティッシュも、素早く処分する。
着ないシャツやスニーカーも、簡単に手放す。
何故、新聞だけは、読まなければ捨てられないのか。
あの紙面をペリペリと開くのが、楽しいのだ。では、それだけだろうか。
仕事は相変わらず、忙しい。読まなければいけない書籍や資料も沢山ある。
新聞が追いつかない。
しかし捨てられない。
そんなある日、人事から転勤が言い渡された。支社への出向だ。引越しをする事になったのだ。
私は真っ先に、新しい土地へ新聞を連れていけるかと心配した。
帰宅して妻に詳しく話すと、栄転だと喜び、仕事を辞めてついて来てくれると言った。
が、残念なことに、新聞の持ち運びは理解してもらえなかった。
正直、私は妻より、新聞について来て欲しいと思った。
私の楽しみを奪う権利は、誰にも無い筈だ。
私は今、新天地で妻と上手くやっていけるか、不安を抱えている。
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