チュウしたい妹

月鮫優花

チュウしたい妹

 ある夜のことだった。ずっと行方不明になっていた妹が帰ってきた。

 妹がいなくなったのは、私がまだ小学四年生の頃だった。妹はまだ二年生で、あの日は授業のコマ数の関係で妹だけ先に帰っているはずだった。

 だけど、私が家に帰っても妹はそこにいなかった。そしてそのままずっと帰ってくることはなかった。それからいつも物足りなくて、寂しくて、悲しくて、どうしたらよかったのだろうと自問自答を繰り返していた。地球が変わらず回るのが恨めしかった。

 その妹が、今、帰ってきたのだ。

 夢にまで見た妹の笑顔。あの頃と同じだ。

 「ただいま、お姉ちゃん。」

 おかえりなさい!と思いっきり抱きしめた。

 「あはは、くるしいよぉ。」

 「ごめん。けど、すごく嬉しくて。お腹は空いてない?今日はちょうど、あなたの好物だった餃子を作っていたのよ、今から食べるところだったの……。それとも、先にシャワー浴びる……?」

 「おなかは空いてるけどさ!その前にただいまのキスがほしいな。」

 ただいまのキス。あの頃、学校から帰るたびに両親に隠れてしていた、二人だけの秘密のキス。そう思い返していると、妹の喉から震える声が出てきた。

 「……早くしてよ。」

 本当に不安でいっぱいで、泣きそうな顔をしていた。

 「ねぇ、早くキスして。」

 「どうかしたの?」

 「どうかしたかって……わかっているんでしょ?」

 そう言った妹は背中から力強く羽を生やしていた。皮膜でできているようだった。例えるなら、コウモリや、悪魔のような。もしくは……。

 「そうだよ、私、吸血鬼になったの。おかしかったでしょ、だってあれから70年も経ったじゃない。それなのに私はあの頃と同じ123cmで、笑顔だって何一つ変えられなかった。おそろいのシワの1つもつけられてない!お母さんもお父さんも死んじゃったのに!!」

 妹の息はすっかり上がりきっていた。肩で呼吸をしているようだった。私は背中をさすっていた。それぐらいしかできることが見当たらなかったのだ。本当は抱きしめたかったけれど、私とキスをしたい動機がどういうものなのか、もう少し話を聞いてからにするべきだとも思った。

 そうして20分ほど過ごしたあと、妹はまた口を開いた。

 「あの日の帰り道にね、背の高い、黒い服の人が立っていて、その人に誘拐されちゃったの。気がついたら、薄暗い研究所みたいなところにいて、そこには私と同じくらいの子がたくさんいて、一人ずつ、大きな機械みたいなのの中に入れられて、逆らうと叩かれて、そしてね……。」

 そこで妹はまた固く口を結んだ。ひどく悲しんでいるのに、どこか怒りの色があって、悔しがっている様子だった。息がまた乱れそうなのを必死に抑えているのを見て、私はその頭を撫でたくなったが、私の老いた手で触れば傷つけてしまいそうな気がしたので、ただじっと待つことしか出来なかった。妹は一通り表情を変えたあと、思いっきり、大きく口を開けて、か細い声を出した。

 「意識が戻った時、こうなっちゃってたの。それでね、外で活動して、吸血鬼を増やしてこいって言われて放っておかれたんだ。でも、ここに来るのにはずっとためらいがあったんだよ。もちろん最初にお姉ちゃんに会いたかったけど、きっと会ったら血を吸いたくなる。そうしたらお姉ちゃんとお姉ちゃんの生活や未来を壊しちゃうでしょう。それでも私のお腹はずっと満たされなくて、吸うならお姉ちゃんの血が良くて、吸血鬼の研究が進んだ時にお姉ちゃんがもうすでに私以外のヤツに吸血鬼にされてるのも嫌で、って、そうこう考えていたらこんなに経っててさぁ。本当はおかえりのキスなんていってどさくさに紛れて吸ってしまえていれば、楽だったのかもしれないけど。」

 妹の口元は諦めたように笑っていた。一方で、目の奥では“答え”を求めて焦っているようだった。儚くて、私が瞬きをしようものならそのうちに消えてしまいそうだった。

 だから私は妹を抱き寄せて、その唇にキスをした。あの頃と同じ、唇を重ねるだけの、おかえりなさいのキス。

 驚いた妹が、顔を少し離して、なんで、と聞いてきたので、その小さく開いた口に舌を入れこんだ。今度は、二人で大人になるためのキスだ。妹の頭が逃げないように軽く抑えながら歯列を舌でなぞると、確かにそれらしい牙があるのが分かった。妹の舌を舐めるようにすれば、恐るおそる、といった様子で向こうからも私の舌に絡みついてきたのが堪らなく愛おしかった。

 「私もね、ずっとあなたとのおかえりのキスがしたかったんだよ。」

 私は妹の蕩けた顔を自分の鎖骨のあたりに誘った。

 「あなたの全てを受け止めたいの。だから、あなたも私のことを受け入れて。」

 そう言えば間も無く痛みが来た。鋭いながらも甘い感じのする心地いい痛みだった。ちゅうちゅう、と血が吸われているのが分かった。

 少しして妹は顔を上げた。満足げであって、それでいて少し恥ずかしそうに笑っていたので、私も釣られて照れてしまった。

 二人だけの夜がずっと続いていくのだ。

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