第2話 再会

私が悪魔と名乗る男の言葉を否定出来ず。ただただ、図星を指された後ろめたさと男の底知れない闇を目の当たりにして、私は慄然とし身がすくむのを感じ微動だに出来ない…

目の前の男から目が離せられなかった。

沈黙は長く硬直状態が続くものと思っていた所ですぐそばの扉が開く。

―ガチャッ−―

「…猫か、どうしたんだお前?人の家の前で騒いで」

開いた扉から出てきたのは私が会いたくて仕方のなかった兄である恵だ、兄は足下に居る私を覗き込むようにしゃがみ大きな手を延ばす、その手は優しく頭を数回撫でると脇から掬うように私を持ち上げ、抱え上げられた私は吃驚して身を強張らせされるがままになって仕舞う、すると不思議そうな顔でいう。

「?お前随分大人しいな?どっから来たんだ?」

聞かれた問いよりも何よりも、覗き込んだ兄の顔に泣きたくなった。会いたかった兄は猫である私にさえ悲しさを押し隠していて、それが無性に悲しかった。おそらく家のなかでは泣いていたに違いない、その顔は鼻が赤らみ、目は潤みそのはしは少し濡れていて。顔全体は赤らんでいるはずなのに、なぜか、生気が薄く、瞳に影を落としている。そんな兄を目の当たりにして、私の感情は大きく揺れ動き


「…っ、め、めぐ兄っ、私っめぐ兄にそんな顔して欲しかったんじゃないのっ、ごめんねっ、ごめんねっおいて逝って、ごめんなさい、こんな筈じゃなかった、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ……」

私は思わず兄に飛び付いて文字通り鳴いた。「ニャーニャー」と鳴き続ける私に兄は最初戸惑って居たけれど、優しく背中を撫でてほんの少しだけ、笑い、「お前往くとこ無いなら家に来るか?」と、そう言って私を降ろして兄は家の扉を開け「どうする?」と口にまではしないものの促す様に待ち構えている。

私はゆっくりと少し前までは自分の家でもあった筈の我が家に招き入れられる。

「ただいま」と小さく呟いて玄関まで進んで行くと、兄は私の前に屈み「よろしくな」と頭を撫でいそいそと家の奥に向かう。

その後をついて行き、リビングの奥の台所に着いた。兄はどうやらキャットフードを取り出そうとしているようだ。

ここで一つ疑問に感じるのが、私にキャットフードが食べられるのかどうか?だ、百歩譲って食べられるとしても美味しいと感じるかどうか、美味しいと感じて仕舞ったらそれはそれで、どうなの?

そんな事を考えている間に私の目の前には兄が準備したキャットフードが置かれていた。

「……。」

(食べるの?これ…うう〜)

無言で兄を見上げれば「どうした?食って良いんだぞ」と心配そうに見つめている。

(ううっ、食べなきゃ、ダメ?ダメなのかな…)

迷いに迷った末、恐る恐るキャットフードに顔を近づけて行く。

まず鼻先で匂いを嗅ぐ

(匂いは美味しそうなんだけどなあ、問題は味…)

昔から、生き物を拾って世話をしていたからキャットフードの匂いはかぎなれてはいた。それでも、やはり口に含むのは躊躇われるものだ。だが、どうせ食べなければならない、意を決して食べる事にする雛は目を瞑り思いきってキャットフードを口に入れ必死に味を感じないように『ゴクンッ』と飲み下す。

(…あれ?不味、く、ない?)

あれ?と思い兄を見上げ、まん丸の目をパチクリさせれば兄が「美味しかったか?」と安心したといった具合に頬を緩ませていた。不味くも、美味しくもない、何とも微妙な感覚、取り敢えず猫としてやって往けそうである。

キャットフードを食べ終えリビングで寛ごうとしていた私よりも先にソファーに腰掛け頬杖をついて此方の様子を見ている男は先程自分を悪魔だと名乗った男だ。兄との再会ですっかり忘れていたが、何故この男が私の、私達の家に我が物顔で居座って居るのだろう?

「あなた、なんで此所に居るの?」

「?なんでって、そんなの君達を見物するために決まってるじゃないか」

ソファーの肘掛けに身を乗り出し掌の上に顔をのせ笑みを浮かべる。

「…ホント最低、はぁ」

男は自分が楽しむことしか考えていないという事を短い間で知った雛は小さく毒づいてイラついた気持ちをやり過ごし、ソファーから少し離れたクッションの上に座る。

座ると言っても猫であるので、実際はクッションが柔らかすぎて乗っかっているというのが正解だろう。

「それはそうと、実は君にあるゲームを持ち掛けようと思ったんだよ。暫く僕の姿を見れる相手が居なかったからね、良い退屈しのぎになると思ってね。勿論君にとっても良い話だと思うよ?」

ゲームと言いながら、しっかりと自身の退屈しのぎと言ってのけるこの男に若干殺意が湧いた。

(どこが良い話だって言うのかしらね、自分の退屈しのぎに私を捲込もうなんて冗談じゃない)

「で、内容なんだけどね、至って単純なゲームで僕の名前を当てること、ただし回答権は3回まで。ここからが君にとって良い話になるんだけど、もし、君が僕の名前を当てられたら一つ願いを叶えてあげられる。そして、君が僕の名前を当てられなかったとしたらだけど、僕は何もする気はないから安心してくれて良いよ?」

雛の事を無視しているというか、どうでもいいのかどんどん話を進めていき、どう?いいはなしでしょ?と言いたげな顔でこちらを見る。

「そんな話を私が真に受けると思うの?それに私はあなたの暇つぶしに付き合うきは無いは」

「フフフ、まあそうだろうね、僕はどちらでも良いけれどでも、君はきっと僕の話にのってくれるよ。きっとね。」

男は立ち上がり、雛に背を向けリビングからでるのかと思ったら数歩あるいた所で立ち止まり、肩ごしに振り向く。何かしたのかと不思議に思い小首をかしげると意識している訳でもないのに、つい耳がピクリと動いた。

「そうそう、言い忘れていた。このゲーム、期限があるんだよ、たしか…期限は六日後の午前8時までかな?うん、それじゃ、ちゃんと言ったからね」

と、言って男は突然姿が空気に溶け込むように消えた。音もなく違和感に気付いた次の瞬間にはいなくなっていたのだ。

「え?」

残された雛はひとり呆然とするしかなかった。

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メフィストフェレス フジノハラ @sakutarou46

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