六、桜祭
祭りをしている。
何を祀っている神社なのだろうか?
境内には屋台が出ていて駄菓子の原色と焼きそばの香りが気分を盛り上げる。
幼いころ少ない小遣いを握りしめて縁日へ繰り出した記憶が蘇る。
どれもこれもが物珍しく、目を皿のようにして品を物色したものだった。掬った金魚はいつも長生きをさせてやることができなくて悔やんだものだっけ。なんとなく子供の頃に帰ったような気がしてわたしも祭りを楽しむこととした。
むき出しの地面は柔らかい土の色で、一層郷愁を掻き立てる。周囲には色とりどりの浴衣を着た人たちが楽しそうに行き交っている。しかし、老若男女問わず裸足なところが不可解だ。柔らかい土の上であるので、怪我などはないだろうが……
裏山の入り口にもひっそりと鳥居が建てられており、境界が区切られている。鳥居越しの山はすべて桜で、柔らかな色で山を染め上げている。祭りの客たちは皆その山へ入っていくようだった。では、わたしもと、裏山へ向かったところで引き留められる。
「あア、ダメだよ。お兄さん」
祭り客の一人だろう。派手な浴衣を着ている。
「ここは初めてなものでして、立ち入り禁止、でしょうか?」
祭り客は「イヤイヤ」と首を振った。
「旅人さんかい。通りで。イヤ、あすこへは誰であろうとも入れるよ。いけないのは足元さ」
と、自らの足元を示す。筋の目立つ足は履き物を着けていなかった。
「アンタ、立派な靴を履いてるだろ。ここは裸足でなきゃァ、イカンのさ。屋台のあるトコまでなら、ソレでもイイがね。あすこへ入るんならそれじゃあダメだ。」
「裸足になれば、入れますか」
祭り客はにっこりと笑った。わたしはすぐに靴から足を出し、靴下を外した。地面の柔らかく乾いた質感が、足の裏から実感として伝わってくる。
「イイもんだろ」
「ええ、なんだか軽くなったような気がします」
そうだろう、と言うように頷き後ろを向いた。山へと入るつもりらしい。わたしも付いていくことにした。
鳥居の前には既にたくさんの人が集まっていた。皆、旧知の仲なのだろうか。親しげに笑いあっている。談笑する声がさざ波のようで耳に心地良い。人々の輪に祭り客は片手を挙げながら入っていき、それを皆は柔らかく受け入れる。
と、祭り客がこちらを向いて手招きをした。
「あらマア、見掛けない人ねえ」
「あア、旅人さんなんだよ」
「旅人サン、アンタも来るのかい?」
ええ、と頷いて足を示す。僅かながら土に汚れた裸足に、そうかい、と皆が似通った顔で笑う。
皆血縁があるのだろうか?
山へ入る人々の顔は誰も彼もが似通っていて、個人としての印象が溶け集団としか認識できない。柔らかな塊が山の桜と同じ色の甘やかな笑みを浮かべ、山へと入っていく。わたしも皆に付いて鳥居をくぐった。
鳥居の向こう側は一面の桜色に染め抜かれていた。下草も見えないほどに桜の花弁が敷き詰められて、それでも足りないと言いたいのか花弁が降り注いでいる。土の感触とは変わって、ふわふわとした雲の上を歩くような心地だ。先程はあんなにも談笑していた人々は口を閉ざし、この山と同じく柔らかな沈黙を湛えながら山を登っていく。
桜の花弁のような羽毛の小鳥が飛んできた。
なんという種類だろうか。黒い瞳で小首を傾げながら、鈴を振るような声で歌った。歌声に聴き入っているうちに、皆からかなり離れてしまった。
ああ、はやく追いつかなくては
そう思って足を踏み出したところで、我に返る。
見渡せば荒れ果てた境内と、朽ちた鳥居に枯れ木山。
狛犬の憂いを帯びた瞳に、
呼ばれていたのかな
と思った。
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