四、真鍮都市

 一体どのような材質なのか、全ての建物が真鍮のような金色をしている。

 町並みは、決して古くはないのだが近代都市のような懐かしさとでも表現できるような柔らかな息遣いが見える。どこもかしこも金色であるのに、目に痛くなくむしろ重厚な時間を感じさせる街だ。

 重厚な街の雰囲気か、住民性か、その両方か、大通りに立ち並ぶ建物は、時計屋や博物館、図書館、書店等が多い。反対に生活用品や食料品を売る店は、目立たないようにひっそりと息を潜めて路地裏に建っている。少しでも人々の営みを見せまいと努力しているような所は、住宅街とは真逆である。

 同じ商品を扱う店が決して隣り合わないように配置されているようだ。ウィンドウを覗き込む度に、金と革で装丁された本が立ち並び、歯車ひとつの配置さえもデザインの一部と化している技巧の凝らされた時計が時を刻み、白磁の美しい肌の人形が淡く微笑みかける。

 幼い頃にそっと父の書斎に忍び込んで、宝物たちを眺めていたときのような高揚感が其処にはあった。

 あの時魔が差して、わたしは父の時計の一つを持っていってしまったのだっけ。すぐに返すつもりであったのに、時計の中をどうしても見たかったわたしは、それをバラバラにしてしまった。

 無惨な死骸となってしまったものを、わたしは庭に埋めてしまった。父は当然気づいていただろうに、時計についてわたしに何かを言うことは、ついになかった。

 目の前のショーウィンドウに飾られる時計は、あの時の時計ではないだろうか。そう思うと居ても立っていられなかった。

 カロン

 ドアベルが鳴ったにも関わらず、店内に人気はない。Closedの札は下がっていなかったから営業はしているのだろうが。中には時計以外にもヴァイオリンやワイングラス、ベル等が琥珀のような光に照らされ輝いていた。

 「いらっしゃいませ。……大変お待たせしました……」

きらびやかな品々に見惚れている最中に、後ろから控えめな声がかかる。

 「あ、いえ。お休みでしたらこちらの方こそ」

 「い、いえ。営業中です。作業に没頭しておりまして……大変申し訳ございません。お決まりですか?」

 「ショーウィンドウに飾ってあった時計が気になりまして、おいくらですか?」

 店主が言った値段は、土産物としては些か高価ではあるものの、十分手の届く額だった。

 「では、いただきます」

 「ありがとうございます。贈り物用ですか?」

 「……はい」

 ショーウィンドウの時計を鳥の巣が詰まったような箱へそっと納めて、明かりと同じ琥珀色をした、リボンを巻いていく。

 「クッションは詰めましたが、壊れやすいので強い衝撃にお気をつけください。それから、溶けてしまうので暑い場所も」

 「溶ける?……時計がですか」

 「あっ、すみません。ご説明もせずに、てっきりご存じだったのかと……実は、お求めいただいた時計も含めてすべて飴細工なのですよ」


 わたしは時計を父の手土産にすることやめ、その日の夜に宿で食した。

 舌を柔らかくつつむ味は、あの飴屋の琥珀色の光を思わせる、凝った時間の甘さだった。

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